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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第二章:東京夢物語
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第五十四話:情報の出し入れ

10月4日(WED)


「犯人は三十代のOL。相木さんは昨日は朝方には解放されたのだけれど、その後、帰宅し、眠っていたところを殺されたようですね。窓から侵入した痕跡があり、凶器はバール。撲殺ですね」

「犯人とあの警備員との面識は?」

「ないそうです」

「動機は?」

「……未だ話さないそうですね」

「そうですか」

城山がタバコを深く吸い込む。

朝出社した後、三好を訪ねると、昼頃に時間を取ってくれる手筈になり、きっかり十一時に城山の部屋へやってきた。それで、相木の件について意見交換という運びになった。とは言っても、実際には彼女の方が立場上、多くの情報を持っているわけだから、どちらかというと城山が聞きっぱなしという状態になるのかと想定していたのだが、蓋を開けてみれば、彼女の方もあまり有意義な情報を持っていなかった。そもそも事件からそう経っていない現状、仕方のないことなのかもしれない。それでも一般では知りえない情報ではあるので、やはり公安と警察の連携というのは本当の本当らしい。

現状、情報管制が取られていた。事件の発生自体はニュースになったが、その概要や経過はほとんど報道されていない。具体的には、犯人についてはまだ見つかっていないことになっている。容疑者すら絞り込めておらず、通り魔的な犯行であるということになっている。実際は、事件の起こったタイミングから見て、何かしらの意図があると考えるのが筋である。その犯人の意図が明確になってから後にしか大々的には発表は出来ないということである。勿論、発表に際しても件の大量殺人事件との連関を感じさせるような動機であった場合には、これを心神喪失などに挿げ替えるが、それでも少しでも疑られるようなことがあってはならない。作為的な匂いを誰にも感じさせず、また民衆の関心を冷ますには、時を置くというのが最も効果的な方策なのだ。治安維持とは、民心の平穏のコントロールというところまでが範疇である。蛇足だが、本当は発生自体の公報も遅らせたかったのだが、相木の交友関係があれで中々広く、遅らせたと早晩、友人知人が不審がってしまう。犯行の音を聞きつけたアパートの大家が逸早く駆けつけて、第一発見者となってしまったというのもネックだった。

「それにしても、参りましたね。何も喋ってくれないのでは本当に手がかりゼロです」

件の情報コントロールであるが、大元の大量殺人についても、勿論なされているのだが、規模が規模だけに、警察の面々も苦慮しており、そう長くもつものでもない。既にネットやアングラな世界では噂が飛び交っている始末。そして、そんな玉石混交の中から真実を探すのは不可能に近い。事件の目撃者である相木、それが殺されてしまった今、その犯人の事情から全容に迫る以外に方法が思いつかない。

「城山さん」

三好が、どこか諌めるような口調で呼んだ。

「わたしが貴方に望んだのは、あくまでも妖魔の退治です。あまり深入りしませんように」

「……ええ」

そう言いながら、城山に相木への聴取の立会いを許したり、今だって事件の経過を話して意見を仰いだりしている。彼女は何がしたいんだろう、と城山は考えるが、きっとあまりに謎が深すぎて、藁にもすがりたいのだろう。

「まあ、僕としても本分ではないのはわかっているんですが、どうにもね」

「……」

「ちょっと気になることがあるんですよ」

「何ですか?」

城山は自分が相木の供述に感じた矛盾を事細かに説明する。

三好は表情一つ変えずに聞いていたが、聞き終わると、子供がブラックコーヒーを飲んだような顔になった。

「どうしてもっと早く言ってくださらないんですか?」

あまり首を突っ込むなと言ったそばから、これである。城山は何とも言えない。

「嘘を言っている可能性があったなら、すぐに警察に連絡して彼を帰さないように掛け合うことも出来たのに」

「それは、どうもすいませんでした」

「いえ、すいません。責めるつもりではありませんでした」

三好が困ったような顔で謝る。彼女自身、自分の感情や思いを御しかねている様子だった。

「とにかく、彼が事件当時、意識があったのか、なかったのか、そこから疑う必要性があるようですね」

そうは言うが、城山には彼のどちらの様子も観察する機会があった。即ち事件直後と、警察の審問、そのどちらにも。そういった立場から言えば、彼は嘘をついていた。そういう確信に近いものがあった。つまり相木は事件の顛末を意識のある状態で見ていた。

「まあ、今となってはその疑いを晴らすも濃くするも、無理ですけどね」

城山が嫌な感じの含み笑いをする。三好は感心しない。状況を憂慮している、その裏側で、どこか楽しんでいるように感じられたからだ。

事実、城山は楽しんでいた。

「挑発ですよ、これは」

「挑発?」

三好は鸚鵡返ししながら、その実、続きをあまり聞きたくなかった。

「ええ。わざと手がかりを与えて、すぐに無くす。そうやって、見つけてみろ、殺してみろ、って挑発しているんです。こっちを試すみたいに」

灰皿のふちで、タバコを叩く。灰を長くしては、落ちる直前で、払ってしまう。さっきからそんな吸い方をしていた。

「こういうのは、屈折した自信家がよくやる手口です」

「……」

へらへらと軽薄な様子で、深刻で彼にしかわからないことを話す。城山のそういう所は、三好は嫌いだった。

「正体を知られる気はないくせに、そこまでの胆力はないくせに、挑発だけは妙に巧い。小心者で狡猾で、歪んだ自信で強い気でいる」

フィルターの近くまで来たタバコを、やや乱暴に揉み消す。

「僕は好きですよ。そういう手合いの鼻っ柱を折ってやるの」

それだけ言って、城山は立ち上がる。どこか悠然とした歩みで、自室の冷蔵庫に向かう。しゃがみこんで小型のそれを開けると、中を吟味するように見る。もうさっきまでの雰囲気はまとっておらず、三好は少しほっとする。

「昆虫ゼリーがありますが、食べますか?」

「何故あるんですか?」

「美味しいんですよ? 虫に食わすには勿体無いほど」

がさがさと音がする。まさか要らないと返事する前に持ってくるつもりだろうかと、三好が危惧しているとそのとおりになった。

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