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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第二章:東京夢物語
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第四十三話:UNLUCKY NIGHT

清澄な夜の空気を、剣戟の音が震わせる。一合、二合と斬り結ぶうち、城山の目は油断なく妖魔を観察し、その弱点、すなわち重点的に庇うポイントを炙りだしていた。銀に覆われた体毛の、深く、下腹部の辺りだ。

「十河さん!」

右の前足を振り上げて、切り裂くように爪を振るってくる。城山がバックステップで妖魔から距離を取る。牙はそれほどでもないが、鋭い爪は脅威となりえる。それを無闇やたら振り回すのではなく、確実に城山の隙を突こうというタイミングで、無駄なく振るうので少々厄介だった。十河と城山の視線が一瞬交錯した後、それぞれ散会。

城山の方を標的に定めたようで、背に生えた鳥のような翼をばたつかせ、加速装置のように空気を裂いて、駆けてくる。天馬と狼を混ぜたような姿は、そうしていると神々しいオーラを発しているかのような錯覚も覚える。

城山への距離を猛然と詰める妖魔は、しかし途中で歩みを止めざるを得ない。後ろに回りこんだ十河のクナイが正確に二枚の羽の付け根を穿ったからだ。妖魔が低い声で唸りを上げて、攻撃してきた相手を体ごと振り返る。爛々とした瞳には怒りの炎が灯っている。いかに直線上とは言え、動体にこれだけ寸分違わず打ち込めるとは……

城山は柄にもなく、気障な様子で口笛を一つ吹いた。十河には見えない位置だったのでやってみた。ヒューと囃すような音がなって、直後、風になる。見えない位置、すなわち二人の間には妖魔の体がある。それが遮蔽物となっている。挟み撃ちの格好である。したがって、十河のほうを向いてしまった妖魔は城山に尻を向けている。必然、弱点と踏んだ下腹部も近くなっている。

「バカが」

低く落とした体で駆け込んだまま、目標まで最短距離で寄せて、トンと小さく跳ね上がる。刀を逆手に持ち、突き立てるように降った。降り落ちたるは、後ろ足の少し上。背中から寸分違わず、先ほどから過剰に守っていた下腹部を貫き通す。

断末魔は非常に聞き苦しく、ガチョウを絞め殺すような声。ガーガーとやかましい。ペガサスを連想させていた、その妖魔の印象は城山の中で一新される。どちらかというと、危機管理の鈍磨した都会の鳩に近い。

刀を突き刺したまま、ゆっくりと距離を取る。少し暴れた後、横向きに倒れこんで動かなくなった。

「あれでもう少し知恵があると、本格的に厄介な相手なんだがな」

十河が呟く。城山も同感だった。戦力を二分して、挟み込んだ途端、どちらつかずに体を右往左往させるものだから隙だらけというものである。


死骸から刀を引き抜くと、互いに労う言葉もそこそこに、車に乗り込んだ。

「ふう。終わりましたね。しかし二件もとは」

シートベルトを締めると、助手席の十河に疲れた笑みを向ける。

「三時の一体は、違うチームがやってくれるとは言え、今日だけで三件ですか」

「文句を言うな。仕事だ」

「いえ、文句を言いたいわけじゃないんですけどね」

「だったら何だ?」

城山はタバコに火をつけると、すぐに一口吸って灰皿に置き、サイドブレーキを引いて、ドライブに切り替え、車を発進させる。タバコについてももう苦言を呈されることはなくなった。粘り腰の勝利と思っているのは城山だけで、実際のところは言っても無駄だと十河が諦めただけのことだった。あまりうるさく言い過ぎて、疎ましく思われるのも避けたい、という思いも多少なり働いてはいたが。

「いえ。こういうのって時々あるんですか?」

以前にも言っていた通り、夜勤というのは昼間に比べて幾らか楽なことが多く、休憩回しと揶揄した十河の表現もあながち間違っていない、という認識だった。だが、今夜に限って言えば、昼間より忙しいかもしれない。何せ日も変わらないうちに、立て続けに二体の妖魔を肉塊としたのだから。

あの後、それぞれシフトを確認し終わると、例の掲示を見て、城山は驚いた。十時台に一件、十一時に一件、と妖魔の出現が予見されていたのだ。しかもそれを二つの現場が近いからと言って一つのチームで当たるように振られていて、しかも二つ詰めているうちの、城山十河のチームという、二重三重の驚きに見舞われた。申し訳程度に、三時台の一件はもう片方で、更にスクランブルが入った場合も向こうが対処してくれるという話にはなっていたが、スクランブルなど、所詮緊急事態で、もし向こうが出払っているときに入れば、自分たちが出る以外ない。あくまで原則ということだ。まあ起こるかもわからない事態の優先まで目くじら立てるつもりは城山にもないが。

「ううん。まあ珍しいことではあるが、奴らはこちらの事情などお構いなしだからな」

「まあ、そうですよね」

わかってはいる。現に今まではこれほど忙しい夜は無かったわけだから、少なくとも夜より昼の方が辛いということは身に染みてわかっている。それがまあある程度は常態で、しかしたまにイレギュラーが出るのは生き物相手のことだから仕方の無いこと。わかってはいるのだが、だからこそ、夜勤は楽であって欲しい。そういうエマージェンシーに自分がぶつかるのは勘弁して欲しい。そういう思いだった。まさしく十河が渋面作って話した、休憩回しの側面というのに、どっぷり漬かってしまっているのが彼女の相棒だった。

「そう、不貞腐れるな。これで民間の被害を事前に防いだと思えばいい」

「……そう、ですね」

「それに、あれくらい物の数ではないだろう。身一つで戦っていた時もたいしたものだったが、刀を持つとそれ以上だな。その、なんと言うか、少し憧れる」

「……そう、ですか」

霧雨が降りだして、開け放っていた窓を閉める。フロントガラスには、滲んだ街の光が映っていた。

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