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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第二章:東京夢物語
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第四十二話:シフトのこと

出社するとすぐに、十河と出くわした。広間の椅子に腰を落ち着けて、長机の上に紙片を二枚乗せて、交互とも同時ともつかない目の運びで穴が開くほど見つめていた。部屋に入ってきた城山に気づき、顔を上げる。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。というか遅刻だぞ?」

二分くらいは誤差の範囲内だという認識は少なくとも日本では通らない。受け流すように首をすくめて、カードリーダに向き合う。一発で読み込んだ。感度が悪いと、三好が新調を検討していたある日、城山が出勤してきて、ほんの出来心で社員証ではなく、パチンコ屋の会員カードを通してみたことがある。その時はきっちりエラーが出たのだが、間髪入れずけたたましい警報音が鳴り響き、おっとり刀で駆けつけた三好にこっぴどく叱られた。どうも社員証以外のものを通すと、警報装置と連動して異常を知らせる仕組みになっているそうだ。しかしよくわからないもので、その事件以来、非常にスムーズに社員証を読み込むようになった。丁度、普段使われずに凝り固まったツボを刺激して、体全体の代謝やら血行が良くなったような感じだ。

十河の横から顔を出して、何を見ているのか確認してみる。

「シフトですか?」

新しい月になったから、新しいシフト。月末締めの月末払いだが、25日以降、31日までのシフトは先月分のシフトの範疇で、1日からの分はこうやって月初めに貰う。もちろん締めた後の、その数日間の給与については、不払いなわけもなく、次の月に加算される。

十河が少し椅子を引いて、紙片を見せてくれる。

「って、それ俺のじゃないですか!」

「あ、ああ」

「どうして十河さんが持っているんですか?」

「普段は自分のことを俺と呼んでいるんだな」

「質問に答えてくださいよ」

十河は目を瞬かせる。

「三好さんに貰ったんだ。後で城山に渡しておいてくれと」

「それでどうして、ガン見してるんですか」

またパチクリ。少し色素の薄い瞳が瞼に覆われたり現れたりする。

「チームなのだから、当然だろう? 城山もわたしのを見てもらって全く構わない」

城山は考える。あまりに十河が堂々としたものだから、ひょっとすると自分の方がおかしいのだろうかという気になってくる。この職場では当たり前のことなのではないかと。

確かに別に見られて困るようなものでもないのだが、一応は個人のものであり、城山の所有物であるのだから、見せてくれと一言断りを入れるのが筋ではないかと、城山は思うわけだが、自信が無くなってくる次第。どころか自分がひどく狭量な気すらしてくる。

「何か…… まずかったか?」

気づけば十河がしょぼんとした様子で、城山の様子を上目に窺っていた。

「ああ、えっと、いえ。どうぞ、気の済むまでご覧になってください」

くたびれた様子で白旗をあげるが、すぐに城山はあることに気づく。

「でも、そういえば、自分のシフトだけで事足りるんじゃないですか? 確か、ほかの人の出勤状況も乗っていた気がしますが?」

横軸に日付が伸びていて、それぞれ対応マスに昼、夜、公休とついている。縦軸には職員の名前が載っていて、ずらりとそれぞれのマス、すなわち彼らの出勤状況を伝える。

「……これだ」

十河が紙の一部を指差す。彼女のシフトの方で、彼女のマスの勤務時間帯を示す文字がカラフルである。

説明によると、シフトは三好の側ではこうして欲しいが、本人の方で前もって要望を伝えている場合で、都合をつけて欲しいという意思を込めたものが赤字。人員が余っているので出ても出なくても良いよ、という場合は黄色。その他、真田のようにヘルプとして他チームに加わる旨は緑。それぞれの色がそういう事情に対応しているそうだ。シフトはこれで決定じゃなく、あくまでも暫定的なもので、最終決定は10日過ぎくらいになるそうだ。また一旦は決まっても、何せ不測の事態が多い職種、随時変更などもあるらしい。

城山などは、調整の必要もなく、一枚目と丸っきり同じ内容で済んだので、三好が決定版を渡さなかったようだ。一枚目のシフトにも色など何もついていなかった。こちらが休暇中の大学生という、時間を切り売りできるほど持て余した存在だという事情を知っている彼女に良いようにシフトを組まれたという話のようである。ついでに言うと、こちらの都合で一時間実労が少ないという引け目もあって、それ以上要望を言おうという発想に至らなかった。案外したたかに足元を見てくるし、案外扱いが悪い。

「まあ事情はわかったんですけど。だけど、どうして?」

「どうしてとは?」

「だって僕と十河さんはいつも一緒でしょう?」

十河がドキリとしたようで、座ったまま体を強張らせる。視線をさまよわせ、落ち着かない様子になる。城山はどうやら言葉選びに失敗したらしいと理解する。

「変な意味じゃなく、チームなのだからそこらへんも調整してあるんじゃないですか、ということです」

「あ、ああ。そんなことはわかっている」

本当ですか、とぼそぼそ言う。聞き流したいようで、十河は三好のような咳払いをする。

「そうは言っても、我々も我々のしがらみがあるんだから、そういつもいつも都合がつけれるわけでもないだろう?」

城山は少し意外な気持ちになる。怪訝な顔の十河に、思ったことを言った。

「いえね。てっきり人命が懸かっているのだから、そういった私事は二の次だ、くらいは仰るのかと」

「わたしは、わたしに出来ることしか出来ない。体が二つも三つもあるのなら、そうも思うだろうが…… だからといって別に見捨てようとか言っているわけではない。そのためにここには複数の人間が複数のチームを組んで勤務しているんだろう?」

「なるほど」

そこらへんは割り切れているのか、と。もう少し危うい精神性をしているのかと考えていたが、これで大人の部分もキチンとあるらしい。或いは城山が以前差し出がましくも諭すようなことを言った成果なのかもしれないが、そこらへんは彼は彼女ではないので正確なところはわからなかった。

「別にわたしが全てを救うとは考えていないし、そうする必要も無い。誰が助けたっていい。結果的に助かっているのならそれでいい。その上でわたしが助けられる命は、すべからく助ける」

決意表明のようだった。立派だと思った。だが、城山の心には妙なしこりが残る。その正体がよく掴めないまま、十河の方が照れくさそうにして、話を戻す。

「今月はわたしは野暮用があって、空けることも多くなる。だから、少し変則的なシフトになるはずだ」

「はあ。寂しくなりますね」

「本当か!?」

「え?」

「寂しいのか?」

「え、ええ、まあ」

今更、社交辞令だったとは言いにくい食いつきっぷりに、城山は戸惑った。

喜色に緩めていた顔を、しかし十河は少しして元に戻した。

「とにかく、寂しくても、がんばるんだ。ちゃんと臨時のチーム編成もある。いいな?」

「は、はい」

やや疲れた顔でうなずいた。

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