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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第四話:蛇

三好みよしハルが現場まで出張るということは普通はないことだった。組織の中枢とまではいかないまでも、若くして中間管理職のような立場に居る彼女は出世街道をひた走るホープでもあった。そんな彼女が隔月で現場に数度足を運ぶ期間がある。視察のようなものでもあるし、同時に査定も兼ねていた。本日の査定対象は十河由弦とがわゆずる、組織の枝葉の中で珍しい女性である。歳は三好の一つ下。そのせいもあってか二人は比較的殺伐とした職場にあって良好な関係を築いている。とはいえ三好は当然公私は弁えている。査定はあくまで平等に行う。ボードに留めた査定書、ボールペンを鞄から取り出し、十河の戦働きをつぶさに見物するつもりだった。

「……かなり楽な相手の筈よ。音邑おとむらさんの予知では、鬼火程度のはず」

駅と隣の私鉄百貨店のビルを渡す歩道橋の手すりに腕を乗せて三好は微笑む。ここからだとロータリーが見渡せる。少し通勤ラッシュから外れているためか、あまり人通りは多くない。

「わかってます。わたし一人でもやれます」

十河の表情は対照的に少しだけ強張っていた。鼻白むように言った部下に対して、三好がさらに言い募ろうかという時、

「……きます」

周囲の空気がピンと張り詰めたようだった。隔離世かくりよ、彼女等はそう呼ぶ。幽世ではなく、隔離世。そこには人はほとんど居らず、寡数存在する人間は、通常の世から隔離されたものだけ。有り体に言ってしまえば獲物。偶然に迷い込むのではなく、意図的に呼び込まれる。だからこそ、そこにあちら側の意図があるからこそ、隔離世と呼ぶ。

今回のターゲットはどこだろう、今回の被害者はどこだろう、目を皿のようにして二人は探す。ほどなく見つける。見つけて、

「ちょ、ちょっと話が違うわ」

三好が悲鳴のような声を出した。

速獅子はやじし!」

二人同時に声を上げる。と、近くのビルから不思議そうに出てきた少女が一人。キョロキョロして、やがてその異形を見つけて固まった。高校生だろうか、とても整った顔立ちをしている。

「まずいですよ! どうします?」

「どうもこうも…… あんなの三人掛かりでやっと討伐命令が出せるくらいよ?」

完全に平静を失ってしまった三好というのは非常に珍しい光景だが、十河にもそれを楽しむ余裕などない。見るうち、少女の方へ獅子が歩み寄っていく。耳をつんざくような悲鳴を上げるが、あれほどの妖魔になると、獲物の悲鳴くらいで昂ぶりも驚きもしない。ゆっくりと追い詰めるように、ややもすると感情があり、それが嗜虐に歪んでいるかのように、歩いていく。

「まずい!」

十河が階段へと向かう。

「待ちなさい!」

「しかし!」

十河は止まらない。三好は彼女の面接も執り行った。志望動機に、弱い人間を守りたいというのがあったことを思い出す。それは時として力にもなるが、時として蛮勇と化す。そんな危うい気炎なのだ。今回は後者である。まだ歳若く、査定も初めてというような若輩の彼女が敵う相手ではない。小さく舌打ちして三好が後を追う。と、急に十河は立ち止まった。

「ど、どうしたの?」

声を潜めて話しかける。少し近づいたことにより、相手に聞かれないか、そんな心配をしてしまう。そんな保身を考えてしまう自分と彼女は対極かもしれない、三好は場違いなことを考える。

「あれ……」

十河が指差した先、一人の男が妖魔に飛び掛り、そして押し倒すところが三好にも見えた。何か言いかけた口が開いたまま言葉を見失う。その間にも男は獅子の目を抉っていく。男の顔が二人にもはっきり見えた。細い目で、顔の起伏もあまり顕著ではなく、平凡な顔立ちのその男は、何の感情も顔に浮かべていない。パンチを獅子の腹に繰り出す肩の筋肉が隆起していた。剛健で柔らかだった。無駄という無駄が一切なく、最低限の動きで拳には最大限の力が込められているように思えた。そのうち男は獅子の首に指を突き立てる。ほじくるようにゴリゴリと食い込ませていくと、無音の世界にあって、二人の耳にまで不快な音が届いた。一瞬、男がせせら笑ったように見えたのは三好だけだろうか。それも気のせいかも知れないというような感覚で、ずっと無表情であったと言われればそのようにも思う。獣が抵抗する力が弱まっていき、やがて動かなくなった。唾を飲むのも忘れて二人は金縛りのように見入っていた。すると……

男が二人の居る高架の方を見た。恐ろしい顔をしていた。三好も十河も体の芯が一瞬で凍てついたような錯覚を覚えた。恐ろしい顔というのは先刻から見ている無表情のことだ。あの顔で獅子を児戯のように殺し、そして今二人の人間を同じ顔で見た。男が見たのは一瞬で、すぐに立ち上がって少女の方へ話しかける。そこでやっと三好は動けた。トスンと尻餅をついて、やや尻が痛むのが嬉しかった。十河も腰が砕けたように膝を付いた。




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