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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第三十四話:こき逃げは犯罪です

世田宮せたみやの街に降り立つと、天気雨が降っていた。夕方の薄いオレンジの日光が降り注ぐ中、同時にそこそこの大きさの雨粒も空から落ちていた。南国のスコールのようで、清々しくて好きだという話をしたが、三好は芳しい反応はしなかった。雨は嫌いなんですよ、と一緒くただった。

準備良く折り畳み傘を持ってきていた三好はそれを差して、城山はしょっちゅう傘の先で肩や腕を突かれながら歩く羽目になった。相合傘の提案は、一笑に付された。

世田宮の街は、高級住宅街として知られているが、居並ぶ建物たちは、とてもそうは見えないのは初めてここを訪れた人間が誰しも驚くところである。身も蓋もない言い方をすれば下町然としている。道は細く入り組んでいて、肩を寄せ合うように軒を連ねる民家も、結構古いものが多くて、小洒落た店もあまりない。駅から遠ざかると、その傾向はより顕著で、十分も歩くと、ノスタルジックというか親近感のようなものを覚えて、すっかりセレブの街というようなイメージは取っ払われてしまう。

「まだですか?」

城山の質問に、三好は左手の内側に目をやる。ピンクの可愛らしい腕時計の盤面が見えた。次いで顔を上げると道の先を見据えた。まだ、とは時間の方か距離の方か、と無言のうちに問うているらしい。

「目的地の方です」

城山も腕時計はしているので、時間は自分で見れる。存外察しの悪い。苦笑しかけたが、傘を差した状態なら城山の左手に嵌った安物のそれに気付かないのは無理からぬことだと思い直した。

妖魔が現れる時間は、音邑が言うには、午後の四時十五分前後ということだった。四時に差し掛からんとしているから、もうそろそろ着いてもらわないと困る。三好の足が、女性の中でも、少し遅めだと感じている城山は、大丈夫なのかと不安に駆られた。

「もうすぐ。そこの角を曲がった辺りです」

人差し指の先を見ると、古ぼけた木造の建物に挟まれた、獣道のような狭いアスファルトが、右に折れて続いている。城山は一先ず安堵した。

「相手は妖人タイプでしたっけ?」

「ええ」

三好は角には入らないらしく、近くの板壁に背中を預けた。腕を組んで、一度唇を舐めてから詳細をくれる。

「非常に賢い種です。ですが、実際に人に怪我を負わせたり、まして命を奪ったりするようなモノではありません」

「へえ」

「本当は先に情報を入れてしまうより、一応新人ですから、その場での判断なんかも考査してみようかと思ったのですが」

三好はそこで言葉を切って、城山の方をなんとも言えない表情で見た。何となく城山には、彼女の言いたい続きがわかった。

「何の情報もないと、問答無用で叩き殺しそうだから?」

困惑したような表情のまま、口元だけ笑みを浮かべた。肯定の意味だろう。

「だけどよくわかりましたね?」

「いえ。まあ以前フラワーマンなるヤツを退治しましたから」

やっつけたのは十河さんですけど、と襟足に手を入れた。

「あの時、僕は愚息をやられていたので、ぶっ殺してやろうと思ったんですけど、十河さんは殺さないまま行動不能にしたんですね」

「具足?」

「チン……」

「いいです。わかりました。脳内で変換が完了しました」

「……それで大きな害のない相手には、殺さない方法で当たるんじゃないかって」

そう考えたときに、城山のフットワークの軽さが祟って、瞬殺に掛かるのではないかと。それを防止するために前情報を入れたのではないかと。

「察しが良くて助かります。そういうわけですから、なるべく殺さないようにお願いしますよ?」

本当は前情報など入れずに、戦ううちに強い害意の無いことを悟って、その上でどういう行動に移るのか、という所も含めて見てみたかったのだが、已む無し。

お喋りが一通り終わるのを待っていたかのように、僅かな沈黙と同時に世界が色を変えていく。二人とも一瞬だけ目線を下げて時計を確認する。まだ十分そこそこだった。


大きな猫。体はそうである。顔もそうである。ただ、地面についている手足だけが、人のものだった。三毛猫のような茶色がかった体毛に覆われた体から、人の腕と足が生えている。愛らしいクリクリした瞳がこちらを窺っているが、その下に目を向けると、やや褐色の人体の一部があるのだから、なんともえげつない対比である。

「あれは…… 中におっさんが入ってるんですか?」

「おっさんなど入っていません」

猫のような物体は動こうとしない。こちらの様子を見ているようだ。

「ビッグキャット、と呼んでいます」

猫野郎、と城山の脳は書き換えたかった。

「弱点とかは無いんですか?」

「そこまでの大盤振る舞いはしませんよ」

「けちんぼ」

「けちんぼって……」

城山はとにかく行動を起こすことにした。少し距離を詰め、中腰になって、チチチと舌先で音を出してみる。大抵の猫は警戒しながら逃げるか、懐っこいものであれば、ためつすがめつ寄って来たりする筈だ。しかしビッグキャットは何を思ったのか、くるりとその場で反転、お尻をこちらに向ける。

ブー、ブブ、ブボ

空気を震わせ、濁点の多い音を奏でた。

「殺す」

「だ、だめですよ!」

「いいや、殺す。ぶっ殺してやる」

本家の糞と同じで、強烈な匂いに、両人も鼻を塞ぎながら会話をする。

城山は駆ける。猫は尻尾でケツをぺチンと一つ叩くと、追いかけっこに乗ってくる。走り出して気付いたのだが、この妖魔、足と手の長さがほとんど同じで、人間が地面に手足をつけて獣のマネをして走るよりずっと速い。タッタカタッタカ。

「待て! てめえ、また屁こきやがったな! くっせ、くっさ」

腕を鼻の辺りに当てながら追尾する。その城山の後ろを、かなり離れて三好が走る。傘はいつの間にか仕舞って、代わりにボードのような物を小脇に抱えて走っている。絵に描いたような女の子走りで、両手を横に振っている。

「ま、待ってくださーい。わたしは査定に来ているんですよー」

その監督官を放って、かけっこに興じるなど言語道断なのだが、如何せん城山だ。猫をとっ捕まえて、お返しにその優れた嗅覚を誇る鼻っ柱に屁をぶちかましてやらないと、収まりがつかない。

閑静な住宅街、その夕暮れ。一匹と二人の一方通行なマッチレースが、人知れず開幕した。

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