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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第三十三話:BE NICE TO HER

9月13日(WED)


「査定をしましょうかね」

五連勤も、半ばを過ぎた三日目。出社するとすぐに三好に呼びつけられた城山は、彼女の部屋でそんな提案を受けた。質実剛健、と太い筆で書かれた掛け軸にぼんやり目をやっていたが、何かまた面倒そうなことを言い出したと胡乱な瞳で三好に向き直った。

「確か、僕が入る少し前、九月の頭にやったばかりと聞きましたが?」

次は三ヶ月後、十二月の頭にやるという話を十河から聞いていた。だから城山もそういう腹積もりでいた。

「ええ。ですが貴方はやっていないでしょう?」

「それはそうですが」

そもそも加入して二週間も経たないうちに査定もクソもあったものではない。そういう論旨で切り返した。

「なんですか? 折角の昇給のチャンスだというのに、あまり乗り気ではないのですね?」

「まあ、それは魅力的なお話だとは思いますが、公平に失するのではないですか?」

「確かに、新加入の人間に対してこういう措置はあまりないかもしれません」

「じゃあ」

「いえ。でもそれは新人がすぐに音を上げてやめてしまうから、必要がなかったといった方が正しいかもしれません。また音を上げなくても、まともに使えるようになるまで三ヶ月はゆうに掛かるという事実もあります」

どこか挑発的な笑みを浮かべて城山を見る。

「その点、貴方は即戦力として活躍してくれています。倒した妖魔は何体くらいでしたか?」

聞いておきながら、三好は自分の手元の資料をめくる。

「九体ですか。素晴らしいの一言に尽きます。しかも取りこぼしが一つもない」

「……」

「こうなってくると、普通の新人と同じ給与というのはおかしな話だとは思いませんか?」

「ですがそれは、十河さんのご助力もあっての話です。僕個人の実力に直ちに結びつけるのは、乱暴じゃないですか?」

「ああ」

三好が感嘆したような声を出す。

「なんですか、気持ち悪い」

「気持ち悪いとはなんですか。素直に感激したのですよ」

「何に?」

「今の言葉、由弦に聞かせてあげたかった。きっと喜んだ筈です。いえ、そうですね。後で話してあげましょう」

「もしもーし」

城山が幾らか白けた目で見ると、やっと三好は平静に戻ったようで、例のわざとらしい咳払いを一つ挟んだ。

「とにかく。チームは一つです。どちらの手柄、誰の手柄、というような区切りはしていません。ですからこれまでの功績は貴方のものであり、由弦のものです」

そこまで言われても、釈然としないものがあった。正直後ろ暗い。考えているのは真田のことだった。彼も正当な評価を受けているのだろうか。勤務が増え、負担が増し、彼の言葉を借りるなら、それこそ馬車馬のようになって働いているが、その評価の見直しが三ヵ月後なのだろうか。その実、この懸念には個人的な感情が大きく影響しているのも城山は自覚している。不可抗力に近かったとはいえ、牛島を戦力外に追い込んだ。本来ならその責を感じて、自分こそが多く働くべきなのだろうが、奈々華のこともある。これ以上勤務を増やすのも正直難しい。

煮え切らない城山に、三好は困った。

「貴方もよくわからない人ですね。いつも信じられないほどいい加減に生きているのに、こういうことには正義感を発揮するのですね」

正義感、という言葉にひどい違和感を覚えた。そういう言葉は自分ではなく、十河や真田にこそ送られるべきだろうと、城山は思う。

「まあいつもの軽い調子で受けて下さればいいんですよ。ラッキーくらいに思って。それにいつまでも人間性や貢献度が低いと見なされているのも癪でしょう?」

冗談めかして言うが、三好は知っている。十河から報告があったのだ。報告、というよりは申請の性格があったが。それはそれは嬉しそうに、もし尻尾がついていたら、パタパタ忙しく左右に振られていただろう、そんな過日の来訪を思い出す。城山もデータベースの編集、管理に加わるから許可してくれという内容だった。断る理由もないので、勿論認可したのだが、こうなると、冗談でもなく貢献度についても考え直さなければいけないのだ。

一体どんな魔術を使ったのか、城山はすっかり十河を懐柔してしまっている。彼自身が無自覚なのか、頓着しないのかは知らないが、こっちには特段変化はない。だが向こうには大きな変化。あれほど嬉しそうな様子の妹分を見るのは、三好にしても久しぶりだった。

考えてみれば、最初から兆候がないわけでもなかった。嫌悪というのは、よほど相手を意識していないと成り立たない感情である。磁力のように強く引っ張られていることが前提条件である。そして、それはひょんなことから、或いは相手を良く知っていく過程で、くるんと向きを逆にしてしまう可能性も同時に内包している。コンパスのように、針の向く方向が変わるだけで、引っ張られる力は据え置き……

「三好さん?」

「ああ、はい」

思考に埋没していた意識を、名を呼ぶ城山の声で呼び戻される。

「なんですか?」

「いや、それはこっちの科白ですよ。何をぼーっとしてるんだか」

城山は鼻を鳴らして、続けた。

「了承と言ったんですよ」

「え、ああ。査定、受ける気になったんですか」

「まあ。貴方の方にも色々と事情があるでしょうし、僕は使われる立場ですから、貴方の言葉には従いますよ」

冷たくならないよう、事務的に聞こえないよう、配慮しているような雰囲気が言葉尻から感じられた。

決して押し付けがましくはない、さりげなく細やかな心遣いの出来る人間。三好は彼の人格に対して、温かみを感じていた。これでもう少し勤勉で真面目な態度で勤務に当たってくれれば、評価を更に上げれるのにと思う。二週間と経たないのに、控えようという決意とは裏腹に、もう四度も遅刻を犯している不真面目な男の顔をまじまじ見た。彫刻刀で簡単に彫ったような、薄く細い目が、どことなく絵に描くようなデフォルメされたキツネを思わせる。

「……由弦はこういうのに弱いんですね」

「なんですか? 十河さんがどうかしたんですか?」

「いえ。何でもありません。それでは思い立ったが吉日。午後から一体妖魔が出る予定ですので、それにしましょう」

城山が頷くと、一時解散となった。

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