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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第三十一話:ITCHY,ITCHY

フラワーマンというそうだ。セイタカアワダチソウのような毒々しい黄色の花を頭につけた小人。本当に小さいが、手や足もあり、それは肌色をしている。顔はのっぺらぼうで、頭髪の部分が花弁で覆われている。そんな小人がうようよ居る。さながら花畑のようでもあるが、茎の部分が人間の格好では、景観としては下の下だった。

「ただの変態のちっさいおっさんじゃないんですか?」

「油断するな。ヤツらの頭から飛ぶ花粉は、有害だ」

十河はホルダーからクナイを取り出すと、険しい表情で前を見据える。

「有害?」

猛毒か、と城山の顔にも緊張が走る。

「ああ。触れるとな」

小人たちが、数匹連れ立って城山たちに向かってくる。どこかファニーな光景だった。

「痒くなるんだ」

へ? と拍子抜けしたような城山の下へ一体、やってくる。頭を振り乱し、花粉が舞う。狙ったように城山の股間へと纏まった花粉が飛来した。



午前十一時を少し回った頃に、現場へと到着した。場所はビルからかなり近い。ビルの東側に広がる工場地帯の中に、景観や空気清浄を目的に作られた自然公園の中だった。いつか城山が宵闇に窓から探してみた、それだった。車で向かうと十分とかからなかった。

敵は弱い。そう聞かされた城山だが、名前だけ聞かされてもよくわからなかった。例のデータベースは暇を見つけてはちょくちょく覗いているが、獣タイプの方から順に見ていってそれはまだ終わっていない。妖人タイプとなると、このペースだと来週くらいになりそうだ。

車内で説明を求めたのだが、十河は向こうに着いて、現物を見てから説明をすると言ったきり、彼の要望に取り合わなかった。実は少し機嫌を損ねていた。朝、折角来るのを待っていて、珈琲でも共に飲もうかと思っていたのに、黒い缶を見せて気まずそうに笑う彼に腹を立てた。諸々身勝手なのは分かっていたが、彼女としても中々に勇気を振り絞った行動だっただけに、袖にされて不愉快な気持ちの方が勝った。またデータベースを少しずつ見ているのは感心だが、何とも亀のようにとろくさい進捗も癪だった。

だから、少し困らせてやろう。そんな意地悪な気持ちがむくむく心の中で鎌首をもたげ、それに従った。従った結果は……



「かゆ! 何これ、チンチンめっちゃ痒い」

女性の前であることなどすっかり失念してしまったようで、城山はトランクスの中に手を差し入れて、盛んに性器の辺りを掻き毟る。フラワーマンはまるで得意になったようで、クルクルと城山の周りを回って喜んでいる。

「この。ふざけやがって」

城山が踏み潰してやろうと足を振り下ろすが、意外に素早い動きでそれをかわして、また踊るようにその場で飛び跳ねたりする。城山はすぐにでもとっちめたい気持ちだったが、如何せん股間が痒すぎて、今は両手を差し込んで交互に掻き回すことに忙しく、足を振り上げて下ろすという攻撃方法くらいしか残されていなかった。それも股間に両手を当てていることから、普段より幾分も緩慢な動作で、妖魔は容易く避けてしまう。まるでその場で地団駄踏んでいるようだった。

スカッとするかと思った十河だったが、まるっきり遠慮のない城山の掻きっぷりに、むしろ呆れかえってしまった。すまないな、少し説明が遅かった。わざとらしい笑みを浮かべて吐いてやるつもりだった科白も頭からすっぽり抜け落ちてしまった。

この男は、女である自分の前だというのに、少しは良い所を見せようだとか、股間の痒みを我慢しようだとか、そういった色気はないのだろうか。一心不乱と言っていい。本能の赴くまま、体の反応に従うまま。

「痒い。バカか。くっそ痒い。何かいじっとったら、若干勃ってきたし。もうやだ。こんな仕事もうやだ。おかあさーん」

ブツブツ不平を言っていたが、最後の母を呼ぶ声だけは十河の耳にも聞こえてきた。

頭を振って、クナイを持ち直すと、スッと一本投げる。城山の周りで挑発するようにしていたフラワーマンの頭の部分、花弁をサッと散らす。ピギャーと小さな悲鳴が聞こえて、小人は膝から崩れ落ちて動かなくなる。

「し、死んだんですか?」

「いや。活動を休止しただけだ。また花をつければ動き出す」

「お、おかあさん」

「誰がおかあさんだ」

立て続けに、二本、三本と投げると、城山の周囲でおちょくっていた一団が次々たおれていく。

あまり害がなく、性格もイタズラ好きではあるが、凶暴性などはないこのフラワーマン。殺してしまうのは忍びない、と最初に担当した者がこの退治方法を発見した。だが花を散らすだけでは、また数ヶ月すれば元に戻ってしまい、性懲りもなく人にイタズラを仕掛けるという困った欠点もこの方法は抱えていた。だが差し当たっては有効であるし、良心が痛まないので、ほとんどの職員がこの対処法を実践していた。また幾度かの退治を経てなお、あの花の部分を弱点としない個体の報告が今のところないのも、この方法が好まれる一因である。

「やーい。つるっぱげじゃねえか。花がないと何にも出来ないとは、情けない。はーげはーげ」

今度は城山が得意になる番。間断なく十の指を動かしながらというのは格好がつかないが。

途端に後ろで様子を見ていた残りのフラワーマンの群れが城山目掛けて走ってくる。ああ、ごめんなさい。調子に乗りました、すいません。股間はやめてください。一転して泣き言を垂れる城山は、実は重要な役割だった。彼がああやって一手に引き受けてくれているからこそ、十河のクナイは十分に狙いをつけた上で、精密機械のように無駄なく正確に頭の花びらを舞わせるのだ。即ち囮である。

快刀乱麻の投げっぷりで敵をなぎ払い、時に足りなくなったら城山にクナイを拾わせに行き、約三十分ほどで、花吹雪はおさまった。後にはつるつるの小人が大量と、泣きそうな顔で股間をいじくる成人男性が一人。

世界が元の様相に戻ると、城山の片手運転でビルへ戻った。

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