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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第二十六話:牛丼屋はやめろ

9月7日(THU)


ぼんやりネオンの光を吸い込んだ、低い雲がたなびいている。星明りも、月明かりも、都会の空では主役ではない。東側の窓は西と違って嵌め殺しではなく、回転窓になっている。横に備え付けられたレバーを回すと、それが丁度螺子のような役割をしていて、緩んで開く。それでも昼間は、光化学スモッグ警報が流れることもあり、あまり進んで開けようという気持ちにはならない。警報がないときでも、淀み、濁った空気をしている。だから初めて開けた。夜になると、草木の寝息が、幾分か澄んだ空気を作り出しているのにも、今日初めて気が付いた。確か、近くに大きめの公園があったんじゃなかったか、と目を凝らして下を見回してみたが、見つけられなかった。

刀を作っている。

先程呼び出されたときに、三好から聞かされた言葉だ。調べたとは聞いていたが、まさかとっくに忘れ去った過去の栄光をこんな場所で他人の口から聞かされるとは思いもよらなかった。

中学の頃に、剣道の大会で全国制覇しているそうですね。わたしは詳しくはないのですが、ある程度上になってくると、実力差がはっきり出にくい競技だとも聞いています。その中で圧倒的だったと聞き及んでいます。貴方の武器は刀以外に有り得ないでしょう。

勝手なことを言ってくれる。上ってなんだよ。人を傷つける技能が優れているのを上と表現するのか。そうだった。そういう仕事なんだった。城山は心が暗澹としていくのをじっと耐えながら聞いていた。

今のままでも十分に戦力になると思ってはいますが、やはり貴方も得物があったほうがやり易いでしょう。特製のものを用意します。一週間程度で出来る筈です。期待していますよ。

「……」

窓枠から手を離すと、くっきりとレールの跡が手の平に残っていた。


日付が変わり、午前二時。城山は空腹を感じて街へ繰り出すことにした。エレベータの篭室を呼び寄せると、すぐに上がってきた。こんな時間まで人が居る階というのは、七階と八階だけだ。一階のボタンを押して壁に背を預ける。

がたん。小さな音を立ててすぐに止まった。あまりに早いので階数表示を見ると七階、すなわちすぐ下で捕まったらしい。開閉口に視線を下げると、仏頂面した十河がいた。チームなのだから同じ時間に休憩が回ってくる。夜勤に関しては、城山も皆と同じような勤務形態になる。奈々華のお抱え運転手をやる必要がないからである。

「……お疲れ様です」

「ああ」

城山とは反対側の壁に背もたれる。

「……」

気まずいが、特に話すこともないので、城山は黙っておくことにした。少しずつ若くなっていく階数表示のランプをぼんやり眺めてやりすごす。

「……これから飯か?」

「え?」

「食事を取るのかと聞いている」

「え、ええ。まあそうですけど」

「何処へ行くんだ?」

「いえ。決めていませんが、夜間でもやっているとなると、牛丼屋とか、ファミレスとか」

「そうか。牛丼屋はやめろ」

「何故ですか?」

「わたしはあまり好かない」

お前が食べるんじゃないだろう、と言ってやりたい所だが、城山は後輩だった。

「ファミレスにしろ」

「えっと」

困惑に顔がひきつる。

「そうすればわたしも一緒に行ける」

「はあ?」

素っ頓狂な声。城山は慌てて十河の顔を見た。真面目な顔、大真面目な顔。

「ええっと。ついてくるつもりですか?」

「わたしについてくるのだ。わたしの方がここら辺の地理には詳しい」

「いえ、そんなのはどっちでもいいんですけど」

「嫌なのか?」

「ええっと…… それはこっちが聞きたいんですけど」

「嫌ではない。一昨日は借りを作ったからな。一度飯でも奢ろうかと思っていたんだ」

「一昨日」

城山は中空を眺めながら、彼女の言っている意味を考える。

「ひょっとすると、あの妖魔の戦いの件ですか? お姫様だっこした」

「おひ…… そうだ」

「はあ。律儀な方ですね。これからチームで戦うのですから、ああいったこと一々を気にしていたらキリがないですよ?」

「それはわたしが足手まといだと、暗に言っているのか?」

「貴方はまだそんなこと……」

「冗談だ」

そう言うと、十河はほんの少し唇の端を持ち上げた。

「驚いた」

「何がだ?」

「貴方でも冗談を言うんですね」

しかも笑えない。

「わたしのことを何だと思っているんだ?」

城山は頬の辺りを掻いて、話を元に戻した。

「僕が貴方に助けられた場合は、どうすればいいんですか?」

「わたしに奢ればいい」

「それはまた面倒な」

城山はそう思うが、十河の性格を考えれば、借りだと感じてしまっている以上、何か返さなければ、気が済まないのだろう。そしてそれが彼女の流儀なら、恐らくは曲げない。

「……わかりました。ご馳走になります」

チーンと間抜けな音がして、一階に到着したことを告げる。さっきの言葉ではないが、十河が先導するように降りた。


白い壁に、赤い看板。奇しくも三好に奢ってもらったファミリーレストランと同系列店。城山が苦笑するのを他所に、十河は自動ドアを潜ると、さっさと店員に案内を受ける。窓側の席に通され、対面同士に腰掛ける。

「好きなものを頼め」

「ああ、はい。ビールはいいですか?」

「休憩中とはいえ、勤務もまだ残っている。控えろ」

「……わかりました。じゃあこの豚しゃぶライスにします」

「違うやつにしろ」

「何故ですか?」

「それはわたしが頼む予定だ」

「……」

一番値段が高いサーロインステーキに、ご飯を大盛りにしてやることにした。

黙って箸を進める城山。十河は何か会話の糸口を探しているように見えた。しかし二人に共通の話題というものは少なく、苦戦している。先程から何度も豚肉を胡麻ダレにひたして、持ち上げてはまたひたし、と挙動がおかしい。城山は内心で苦笑していた。

「十河さんは、休憩まで何をしていたんですか?」

「え? わ、わたしか?」

口に運びかけていた肉が、皿の上に落ちる。

「何をそんなに慌てているんですか?」

何か如何わしいことでもしていたんですか、とからかえる程には打ち解けていなかった。

「いや、なんでもない。わたしか。わたしは、パソコンをいじっていた」

何か如何わしいサイトでも覗いていたんですか、とからかえる程には。

「へえ」

「一昨日妖魔を倒しただろう?」

「ええ。あの虫のような牛ですね」

「ああ。アレのデータを反映していた」

「反映? どこにですか?」

十河が我が意を得たり、という感じで箸をカチカチ打ち鳴らした。

「データバンクだ。まあ簡単に言えば、妖魔の図鑑だな。わたしが記述と、実質上の管理を任されている」

「ほお。凄いじゃないですか」

「いや、それほどでもないがな」

照れくさそうに笑う十河。

「ああ、そう言えば写真を撮っていたのは、それに使う為だったんですか?」

「察しが良いな。実物の写真もあったほうが、色々理解が早いだろう?」

「理解が早い、って誰かに見せるものなんですか?」

「わたしたち職員は誰でも閲覧が出来る。勿論城山も。広間に共用のパソコンが置いてある」

「へえ。後で見てみます」

「本当か?」

「え? ええ。まあ他にやることもないですし」

「そ、そうか。なら見てみると良い」

そうか、そうかと口元に笑みを浮かべながら、目を細めている。

「そうだ! まだ名前を決めていなかったんだ。城山も考えてみるか?」

「名前? お子さんでも産まれるんですか?」

「違う。アレは新種だったのだ。だから呼称を決める」

命名も一任されている、と言う十河の顔は照れくささ半分、誇らしさ半分。城山はよくわからないが、気圧されるように頷いていた。

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