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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第二十一話:GOOD SCHEME

「さっき貴方を抱えて走っていた時から気になっていたんです」

「何が?」

「随分と長く暴れまわっているな、と」

今なお、狂乱にある。また一声大きく鳴いた。

「一撃が効いたんじゃないか?」

城山は肩をすくめた。

「いえ。あれで仕留めようとまで思って殴ったわけでもないです。それにしてはあの錯乱ぶり、何かおかしいと思いませんか?」

「……もったいぶらずに教えてくれ」

十河ももうすっかり立ち直り、モモの外側につけたホルダーの中の刃物をカチャカチャ言わせながら、妖魔の動きを見守っていた。正気に戻った理由が、義務感なのか、恐怖からなのか、彼女自身にも未だわからなかったが。

「弱点ですよ」

「弱点……」

「ええ。恐らくは、延髄の少し下、首の付け根、それも背中側」

そう言って自分の首の後ろをパンパンと平手で叩いた。十河は妖魔と城山を見比べる。その瞳に懐疑の色を見た城山は、少し考えるような素振りをした後こう切り出した。

「貴方の投擲は完璧だったと先程、言いましたよね?」

「あ、ああ。結局仕留めるには至らなかったが」

「それは……」

城山は言いかけて、口を噤んだ。妖魔の方がやっと自分を取り戻したようだ。落ち着き六本の足を下ろしたその体からは湯気のようなものが立っている。汗が体温で蒸発しているものだった。それは激しい運動からくるのが主だが、怒気もいくらかは含んでいるのかもしれない。

「さて、お喋りは終わりのようですね」

城山がトントンとその場で跳ね始めた。徒手空拳にあっては、よく見られる動作であるが、彼がやると獲物を殺すタイミングを計る肉食獣のウオーミングアップのようだと十河は思った。



城山が駆け始めると、妖魔は低く鳴いた。威嚇とも気勢とも付かないが、今までにはなかった行動である。足りない脳みそでも、本能は勿論備わっているわけだから、相手が大人しく狩られるだけの餌ではないと嫌でも悟ったのだろう。現に走りこむその動作にあって、今までにない迫力のようなものがあった。鬼気迫るとはこのことで、しかし城山にとっては大差なかった。飄然としたまま牛飼いのように、巧みに行き先を絞り込んでいく。チラリと十河の方を見ると、離れた場所でクナイを胸に握り締めている。何かぶつぶつと呟いている様から見るに、集中力を高めているようだった。その姿に満足気に一つ頷くと、城山は妖魔と正対しなおす。

商店街の一角に、今はもう店じまいしたらしい商店が一つあった。高井たかい商店なんて名前が良くなかったのかは知らないが、そんなことはどうでもよく、城山が目を付けたのはその構造だった。低く張り出したアーケードを鉄の支柱が持ち上げている格好。少しの間だけなら、妖魔の侵攻を止めれるのではないか、下手をすると支柱の先っぽでも体のどこかに刺さってくれるのではないか。ほんの、本当に少しの間でよかった。

城山はその商店の方へ後ろ向きに走ると、妖魔を待った。足を器用に動かして鋭角に曲がるその様はやはり見ていて愉快なものではなかったが、兎に角正面からやってくる。勢いに乗った後ろ足が、バカになった化粧煉瓦を一つ跳ね上げた。

妖魔が最終目的点を城山の体に定めて、飛び込むように襲い掛かった。城山は直前でバックステップ。距離にして二、三歩離れた商店のシャッターまで一気に詰めた。ガシャと大きな音を背中が奏でて、行き止まったことを告げる。城山が突然避けたことによって最大限の力を持った突進は、その慣性を以って商店までの僅かな距離を滑る。それでも十分勢いがついていて、鼓膜が痛くなるような大音響で妖魔の体がアーケードを壊した。城山はというと、アーケードの下、随分深く身を縮ませていた。軒先から張り出したアーケードに進行をいくらか遮られた妖魔、アーケードの下でシャッターまで目一杯体を引っ付けて作り出したエアーポケット。その空間とも呼べない狭い場所で、城山は膝に力を溜めて飛ぶ。

「しょーりゅーけーん!」

顎にヒットさせるアッパーカット。鈍い音がして、妖魔の上体が浮き上がる。巨体の突進力、前に進む力を、下から上へ突き上げる力で殺す。アーケードに突っ込んで弱まっているとは言っても、実際にやるには城山の桁外れの膂力が要件であった。ともあれ、ふわりと前足が浮き上がるのを見て、城山はすぐにエアーポケットから横滑りに脱出する。崩れ落ちるアーケードの瓦礫を喰らったのではつまらない。

「は!」

裂帛の気合というには、随分押し殺した声だったが、十河の掛け声は城山の耳にも届いた。妖魔の浮き上がった体、当然弱点と踏んだ場所も最高に狙いやすくなる瞬間、それを待っていた。いや作り出した。

クナイが舞う。二本、ほぼ同じ軌道であるが、綺麗な平行線を辿り、どこまで行っても互いがぶつかり合うようなことはない。そしてそのまま、首下へズブリと突き刺さる。妖魔の今まで最高に甲高い声を聞く。それが断末魔の悲鳴であると、城山も十河も理解した。巨体が重力に従って、上げていたその前足を地に着ける。だが、それは足としての機能、自重を支えることが出来ず、膝から崩れる。横向きに倒れこむ巨体。その上からアーケードの幕や鉄骨が降り注ぐ。城山はそれを耳を押さえながら見つめていた。

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