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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第十七話:U-U-

音邑拓心が、三好の部屋を訪ねたのは、丁度正午を迎える頃だった。自室からここまで、淀みのない足運びで目の不自由を傍目からは感じさせなかった。それもそのはずで、彼がこうして三好の部屋へ向かうことは決して珍しいことではなかった。多いときなどは日に複数回ということもある。

「三好、居るか?」

バリトンのような、渋く低めの声が三好を呼ぶ。三好はすぐに襖を開けた。緊張したような面持ちだ。

「出るんですか?」

「ああ」

「場所と時間は?」

大金井おおがねいの商店街、の外れ。時間は今から二時間ほど先か」

古い記憶を引っ張り出すように、たどたどしい。

「相手のタイプは?」

「獣のようだ。データベースにはない」

「新種ですか…… 急造のタッグには荷が勝ちすぎている気がします」

「俺に言われても困るな」

伝えたいことは伝えた、という風で、音邑は踵を返す。実際彼の役目はここまでで、それが終わると決まって再び瞑想に入るべく自室へ戻る。三好の方も特に引き止めるようなことはせず、渋面を作ったまま部屋を出て行く。向かうは当直の戦闘員が待機している部屋。まずは同じ階の十河である。

「さて、急拵えのチームですが…… いや、コレは逆に良い機会かもしれませんね」

歩きながら独りごちた。


誰かが部屋へ入る気配を感じて、城山の意識はぼんやり覚醒した。薄っすら開けた瞳に人影を見つけると、やおら身を起こした。まなじりを拭って真っ直ぐ見据えると、三好と十河の両人だった。

「どうしたんですか?」

「城山さん。スクランブルです」

「すくらんぶる…… 卵ですか?」

「緊急事態ということです。というかよくも初日から職場で寝れるものですね」

皮肉のつもりで言ったのだが、城山は面映ゆそうにした。見当違いの謙遜が口から出てくる前に、簡潔に言った。

「さっき音邑さんが予知しました。今から二時間後、場所は大金井の商店街。妖魔が出るんです」

城山は寝起きの頭をフル回転させる。音邑の能力というのは、こうやって実際に発揮されるらしい。信憑性は如何ほどのものだろうかと懐疑的ではあるが、城山は先を促した。

「つきましては、城山十河両名には今から現場へ向かってもらいます」

ぼんやりと初仕事であるという認識が頭の中に浸透していく。まさか惰眠を貪りに来ている、などと傲慢な認識であるわけでもなかったが、本当に妖魔を退治する仕事という実感はここに来て初めてだった。

三好が何かを城山の方へ突き出す。車のキーのようだった。城山はそこいらに散らばっている自分の持ち物を見た。彼の車の鍵はその中にあったので、別のものだとわかった。ウチの所有車です、と先手を打つように三好が告げた。

「まさか俺は運転手までやるんですか?」

十河は免許を取得できる年齢に達していない。必然的に城山が運転することになる。三好の顔に険が募るのを見て、城山は慌ててキーを受け取る。労使の関係になるや、存外厳しいのだと城山は彼女への印象を改め始めていた。

「いいですか、今すぐにですよ?」

念を押してから、三好は部屋を辞していった。


変哲のないセダンに乗り込むと、十河が助手席に乗り込んだ。仄かに香水の匂いがして、城山は意外な気持ちになった。あまり化粧っ気もなく、着飾るでもない彼女でも、やはり年頃の女の子なんだな、とぼんやり思う。

車を発進させる。すぐに十河は地図帳を開いた。

「すぐ先の信号を右だ」

「知ってますよ」

「む?」

「大金井でしょう? 行ったこともあるし、わかります」

件の信号につかまり、城山はサイドブレーキを引いた。今いる道路は、大通りに入り込む道で、そういった交通事情から信号待ちが長い。

「そ、そうなのか?」

驚いたような顔をするもので、城山は対応に困った。まさか馬鹿にされているんじゃないだろうな、と穿ってもみた。だがどうやら本当に驚嘆しているだけのようだった。

「以前真田さんの運転で現場に向かった時には、寺本さんと二人で苦労しながら道案内をした」

真田が地理に疎いのか、そもそも方向音痴なのかは知らないが、城山はその小さな視野に噴出しそうになった。誰も彼もが、助手席の道案内を頼りにハンドルを切るとでも思っているのだろうか。落ち着いているように見えても、まだ子供の部分もあるのだな、と少し安心した。そう言えば、と真田が言っていたことを思い返す。どこぞの良家の子女という話だった。他人の車に同乗するというのはあまり経験が無いのかもしれない。例えば年上の彼氏に連れられてドライブ、なんてのもないのかもしれない。そういう余計なお世話、と言っていい領域まで考え及んだ。

「まあ。人命も懸かっているんだから、カーナビくらいあっても良いんじゃないかって感じですけどね」

対向が黄色になったところで、サイドブレーキを戻した。

「ああ。その点に関しては同感だ。到着が遅れるようなことがあって、救える命を徒に散らしては、何のための我々かわからない」

クリープで進みながら、助手席の十河を盗み見た。真剣な面持ちで前を見ている。なるほど、と城山は得心した。どうやら真面目な話題ならば多少は、私情関係なく話してくれるらしい。

「そうですね」

だが残念なことに、城山の方に真面目な話をし続ける程の徳はなかった。そしてまた、そうまでして話を続けたいとも思わなかった。だから適当に相槌を打って、胸のポケットから煙草を取り出す。吸っても良いかと尋ねた。明らかに嫌そうな顔をした。

「不謹慎ではないか。仕事の最中だぞ」

「……」

カタブツ。喉まで出かかった言葉を無理矢理押し込めて、両手でハンドルを握った。あまりスピードは出さずに、車の流れに逆らわずにまったりとアクセルを加減していた。

「間に合うのか?」

「え? ああ。大丈夫ですよ。のんびり行っても一時間もかからないです」

「そんなことまでわかるのか?」

「は?」

何を言っているんだ、という顔で城山は流し見た。やはり十河は真顔だった。これはもう、車どうこうというより常識がないと言わざるを得ない。城山は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、説明してやることにした。

「時速60キロで走っています。現場までは40キロと離れてないですから、一時間かかりません」

「そうなのか」

ええそうです、と疲れた声音で返してやるが、なにやら反芻しているようで、城山の様子には頓着していない。

「もし間に合わなさそうだったら」

「……」

もはや何も言うまいという顔をした。十河は助手席のアタッシュケースを開いてみせる。

「ウーウーがある」

「ウーウー?」

少し背もたれまで体を戻し、ケースの中を見る。

「着脱式のパトランプのことですか?」

それはあった。二基あった。

「ああ、そうとも言うな」

「そうとしか言わない気がします」

「い、いいだろう。ウーウー鳴るんだから」

「……」

警察でもなく、そういうモノを点けていいのだろうか、とか。実際どれくらい緊急の場合に用いることが許されるのか、とか。色々尋ねておくべき点はあるのだろうが、城山はそういった気分になれなかった。

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