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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第十六話:デタント難く

9月5日(TUE)


職場へ着くと、待ち受けていた三好がシフト表を渡した。受け取って目を通していく。月の六割程度は昼間に働くことになっていた。出勤日数自体も二十日ほどあり、十二時間体制の勤務としては相応に過酷であることが予測された。

「何かご質問は?」

「ええっと、昨日話したとおり、夕方の二時間ほどは抜けたいのですが……」

首尾はどうだという確認。三好は微かに首を縦に振ってから、

「労働法というものはご存知ですね?」

と尋ねた。調べた、とは事前に聞き及んでいたが、城山が法学部の学生であることも調査済みなのだろう。質問と言うより念押しのような口調だった。

「ええ。まあ」

城山としては意外だった。この職場、使用元は確かではあるが、実態はブラック企業のようなもの。そういう印象を持ってしまっていたために、コンプライアンスというか、法律を遵守しているようには思っていなかった。

「貴方の休憩時間はそれに当てればいいでしょう。加えて、残りの一時間程度も基本勤務時間から差っ引き、残業時間分へ繰り上げます。そうそう、時間外手当については別途支給ということで」

どういうことかと言うと、一日八時間以上の労働を課す場合に設けられる一時間以上の休憩というものを、奈々華へ迎えに行く時間にあて、勤務地へ戻ってくる一時間の移動時間は、勤務外として扱う。その一時間分は本来なら残業となるべき時間外勤務へと割り込んでいく形となる。つまり八時間基本勤務の、三時間残業と言う形になり、他の人間より一時間分労働時間が少ない計算の、一日十一時間勤務となる。当然戻ってくる空白の一時間には給与は発生しないから、純粋に一時間分少なくなる。

「なるほど。わかりました」

存外みみっちいなと思ったが口には出さない。無理を言ったのは城山の側である。それに城山だけ二時間分の休憩を与えて、その間の給与も保障するのでは、他の職員と格差を生むことになる。

「他にご質問は?」

「いえ、質問と言うほどのことではないですが」

城山は勤務表をじっくり見返す。表には他の人間の出勤状況もつぶさに入っているのだが、表横の名前の欄を見て、表を見返すと、城山とほとんど同一のスケジュールの人物が一人居る。

「本当に、彼女と組むってことなんですね」

「そう言ったではないですか」

ええまあ、と口ごもる様子に、三好が怪訝な顔をする。

「何かご不満でも?」

「いえ…… むしろ不満があるのはあちら側のような」

昨日の会合を思い出す。三好はああ言ったが、とても納得している様子には見受けられなかった。

「ですから、彼女は了承したと。それに些細な不満があったとしても、残念ながらこれは慈善活動でもお遊戯でもありません。れっきとした仕事である以上、ある程度のことには目を瞑って働いてもらいます」

使用者の顔で言い放つ三好に、城山は口をつぐんだ。

「丁度今日も出勤してきています。まあ貴方が居るということは、彼女も居るということですけど」

そう言って渡した表を指差す。

「挨拶でもしてきたらどうですか? 折角ですし」

何が折角なのかと問いたくなったが、城山は素直に従うことにした。真田の言を思い出す。無愛想だが、理由もなく人を嫌う奴ではない。鵜呑みにするわけでもないが、実際そういうタイプに見えた。だったら何か理由があるのだろうかと、その一端でも垣間見えたら、多少はやりようもあるのではないか。そんな風に一々理由付けないと、彼女の居室へと足は向きそうになかった。


「城山です。おはようございます」

簡素な、無地の襖の向こうに声を掛ける。一瞬舌打ちのような音が聞こえたが、城山は聞こえなかったことにした。二十秒ほど経って襖が開く気配もないので、もう一度声をかけようとしたことろで、やや緩慢な動きで開いた。笑みの一つもない、愛想の悪い顔が出迎えた。襖は最小限しか開いておらず、絶対に招き入れることはないとでも言いたげだった。

「おはようございます」

繰り返す。

「何か用か?」

寝起きのような低い声だった。十河の薄茶色の瞳から目を逸らすようにして、城山は来意を告げる。

「いえ。今日の仕事の内容を確認しようかと思いまして……」

「ない」

「え?」

「今日は何もない。音邑さんの予知にも、今日は特段妖魔が現れる兆候はないということだ。スクランブルがあるまで待機だ」

「内容はないよう、ということですか?」

「……」

「すみません」

ピシャリと襖が閉まった。



無理だということがわかった。

自室に入ると、城山は大きな溜息をついて、自宅から持ってきた灰皿をほっぽり出した。アルミの簡素なタイプで、無造作に放られたそれは、ヘリでドリフト走行してやがて畳の中央で仰向けになった。

「あのクソガキ、こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって」

毒づきながら今度は自身の足を放り出して天井を仰ぐ。車のキーやら煙草やら、携帯やら財布やら、ポケットに詰まっていたものを全部畳に放ると、随分と身軽になった気分だった。

「ああもう、シラネ。知ったこっちゃない」

寝転がったままテレビをつける。エアコンを点けようとして、その手が止まる。冷蔵庫はまだ届いてないらしく、部屋は昨日見たままだった。真田の話だと三点を同時に稼動させると、ブレーカが落ちるということだったが、用心してテレビだけにしておいた。今日は曇り空で比較的涼しい。このまま気温が上がらない日が続いて、秋の到来となればいい。

テレビには通販番組が映っている。タダでも要らないような物を口八丁でよくも売りつけるものだと、感心していたが、それも飽きて城山は少し眠ることにした。目を閉じて、座布団を枕にして深く呼吸する。

携帯電話が鳴った。安眠への旅立ちを阻害されて、城山は不機嫌そうに開いた。奈々華からのメールだった。

「お仕事どうですか? こっちは一時間目が終わりました。数学難しいです。お兄ちゃんも頑張ってください」

筆まめだなと苦笑する。兄にだけ働かせてる引け目がそうさせるなら、逆に城山としては申し訳ない気持ちだった。

「こっちは愛想の悪いガキにいびられて、不貞寝します。奈々華ちゃんも勉強頑張ってね」

そう返信しようかとも思ったが、奈々華の文面は別段返事を期待するような感じには見受けられないと思い直し、やめにした。第一コレでは愚痴っぽくて仕方ない。

携帯をマナーモードに切り替え、城山は今度こそ目を瞑った。

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