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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第十五話:CONTRADICTION

城山が校門の前に停車させると、既に奈々華はその近くで待機していた。携帯を開いた状態で胸に抱くようにしていた彼女だが、車を見つけるやいなや、駆け出すような勢いで向かってきた。ちなみに携帯は兄からのメール画面だった。彼が数分前に送った、そろそろ着くという簡素なメールが届いてから向こう、彼女はそうして兄を待っていたのだ。

助手席のドアを開けると、兄に向かって、ただいまと元気に挨拶した。お帰りと答えた城山の口の端から紫煙が漏れ、ふかしていた煙草を車の灰皿に押し付けた。

「どうだった?」

遠慮がちに聞く奈々華。城山は考えた。奈々華の質問の意図がわからないからではない。正直に話してしまって良いのか、それが問題だった。初日から一人ダメにしてしまった。明らかに嫌われている相手とチームを組むことになった…… 数瞬考えて、結局それはやめた。

「ああ、決まったよ。君の送り迎えも何とかなりそうだ」

城山としては心配要らないというつもりで言ったのだが、奈々華はやや萎縮してしまった。ごめんね、と言った頃には、城山は自分の言葉が足りなかったことに気付く。足手まといだなんて考えていないよ。そう優しく声を掛けたかったが、それすらも嘘くさく聞こえるのが怖くて、結局話を変えた。

「学校はどうだった?」

まるで久しぶりに会った親戚が聞くような内容だと、城山は思った。

「うん。普通」

そっか、とだけ受けると、車内に気まずい空気が漂った。城山はラジオでもつけようかと思ったが、それも結局やめた。白々しいDJの空騒ぎを流したところでどうなるとも思えなかった。

「あのさ」

「何?」

「あの化け物のことについて少しわかったことがあるんだ」

そう前置いて、三好たちから聞いた話をそっくり聞かせた。事務的な口調になっていることは途中で気付いていたが、やめられなかった。奈々華は口も挟まず最後まで聞いた。

「だから、申し訳ないんだけど、当分は一人で外出するのは控えて欲しいんだ」

城山はそう言いながら、矛盾と疑問を感じていた。矛盾。今朝、友達とも沢山遊べばよいと言っておきながらコレはないだろう。笑いたくなった。すぐに会話が途切れてしまうような微妙な関係の兄を、外出するときは帯同しろと言う。

「お兄ちゃんが謝ることじゃないよ? お兄ちゃんは守ってくれるんだもん。凄く感謝してる」

奈々華は泣きそうな顔で何度も首を横に振った。

「そう言ってくれると助かる。ありがとう」

疑問。閉塞感を伴って湧き上がる疑問。一体いつまで。当分というのはいつまでだ。一ヶ月か。一生か。奈々華はこう言ってくれているが、そのうちには嫌気も差してくるだろう。こんなクソ兄貴と一緒にしか外へ行けないなんて、馬鹿げている。だったら、いっそ好きに外出してもらうか。奴等がこの街の、奈々華の行動範囲内に現れて、彼女を標的にする確率は一体いくつくらいだ。恐ろしく低い確率なんじゃないか。だったら…… いや、ダメだ。そんな慢心で彼女が危険に晒されるようなことがあってはいけない。何のための力だ。

城山の思考は堂々巡りに陥りかけていた。陥穽。己の限界を突きつけられているような気分だった。



城山は結局逃げるようにパチンコ屋へ行った。月曜日。稼動は知れているが、夕方にもなれば、美味しい台が転がっているというような状況も少なくない。特に準新台なんかは狙い目だった。まだ解析情報が出回っておらず、天井性能はおろか、天井到達回転まで知らない人間が打ち散らかしてほったらかしていることも多い。天井と言うのはスロット台のほとんどが備えている言わば救済措置のようなものである。大抵はボーナス間のはまり、千回転前後に設けられている。当然、そこまではまるということは、それだけ回転数をまわしているということであり、多くのメダルを吸い込んでいるということである。だから天井機能はそのメダルを吐き出すことを主眼にしている。これを自分のメダルで回さずに、天井間近の台に座って低投資でその機能を享受すれば当然得をしやすくなる。ハイエナ。そう呼ばれる立ち回りだ。これを専門に立ち回っているプロも居るほど。大抵彼らはさもしいと煙たがられるが、実際台の機能としてついているものなのだから、利用できるのなら利用するに越したことはない、と城山は考えている。情報弱者が泣きを見るのは、実際この業界に限ったことではない。目くじらを立てるようなことではないと考える。いつもいつもそういう立ち回りをする、それこそエナ専(ハイエナ専門の略)ではないが、城山も時と場合によっては、これをした。主に今日のような出遅れた日の立ち回りだ。

三台ほどを渡り歩いて、一箱作る。大体千枚強のメダルを手に入れたことになる。そしてたまたま自分が知っているパチンコの潜伏確変を拾い、六箱積む。全体を通して六千円の投資である。

換金所から戻ってくる城山は五万弱の勝ち金を得ていた。

「……働くのか? この俺が?」

僅か二時間程度でまんまと金を手に入れると、働くことが馬鹿らしくなってくる。城山に限らず、こういったギャンブルに手を染めている人間なら一度といわず味わったことのある多幸感と、現実への虚しさ。しかしながら、彼は社会的には言い逃れも出来ない程のクズだが、実際自分のことだけを考えているわけでもなかった。思うのは彼のたった一人の妹。守らなくてはならない存在。その妹に危機が及ぶかもしれない現状。先も考えたように、奈々華が狙われる可能性というのは現実的に考えればとても低いものなのかもしれない。だが、彼は先日、彼女の命の危機の現場に居た。今でも、あそこで自分が居なければと思うとぞっとする。もし一本でも電車が早かったら、遅かったら。もしあそこで煙草を吸わずに、さっさと駅から離れていたら。城山はギャンブルなんてものをやるからこそ、低い確率、薄い可能性というものを馬鹿には出来ない性分だった。実際今日自分が打った台なんて、ボーナス合成確率は200やそこらの台が、簡単に五倍も六倍もその確率分母からはまっていたのだ。確率にすると何パーセントの話だ、と誰にともなく食って掛かりたくなる。沢山の人間が居る中で、事実奈々華が一度標的にされた。どうして二度無いと言い切れる。本音を言えば働かずに、彼女の意思まで無視してしまって、出来る限り彼女の傍にいてやりたい。少なくとも働かずに居れば、今日のように奈々華の方が出てくるのが早いなんてことにはならない筈だ。そうだ、外で待つのは控えるように後で言い含めておかなければならない。

「働かないで済めば最高なんだが……」

考えているうちに、小さな不安が城山の顔をかすめる。賢い妹だ。状況を話し、言いつけておいて、それを破って一人で外へ出るようなことはないだろう。ないだろう、とは信じていても、先日の獣に襲われかかった彼女の姿が脳裏から離れない。

城山は車に乗り込むと、警察に止められにくい、法定速度プラス十キロほどを心がけて、ショートカットを最大限生かして家路を急いだ。

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