第十三話:ANALYSIS
七階には城山一人で戻ってきた。もう場所はわかっているので、案内は不要だった。三好の部屋へと声をかける。案内が終われば真田は城山をこちらへ連れて来るように言われていたらしい。
「城山です」
「あ、はい。どうぞ入ってください」
三好の部屋の襖は中央の広間と似たような装飾があって、重厚な雰囲気だった。他の部屋とは一線を画しており、そこが責任者の部屋であるということを来訪者に再認識させる。
スルスルと襖を左にずらしていくと、三好のほかに十河の姿もあった。二人はちゃぶ台に向かい合って座っていて、茶菓子などを堪能していた。上質な和紙を破いてオカキを取り出していた三好が顔を上げる。
「どうでしたか? 真田君は中々の好人物でしたでしょう?」
「ええ、そうですね。とても良い方でした」
城山は自分の言葉が上滑りしているような気がした。彼は鈍感ではない。自分のせいでその好人物との間に微妙な空気を生み出してしまっていたことには気付いていた。付き添うという彼の厚意も丁重に断ってここへきた。
ともあれ三好が城山に席を示す。丁度向かい合う二人の間に挟まるような感じで座布団が敷かれていた。座ると両者の横顔が見える位置だった。
「部屋はどうでしたか?」
「ええ。僕には勿体無いくらいのお部屋でした」
城山の声が硬いのには気付いていたが、三好は何も言わなかった。世間話はここらへんで。そういう雰囲気を発していたし、城山の方もそんな彼女の様子に気付いた。三好が黙って傍の畳に置いた紙片を台の上に差し出す。契約書のようだ。城山の方もポケットから印鑑を取り出した。だがキャップを外したその手が止まる。
「死んでも何ら責任は負わない…… なるほど」
城山が思い起こしているのは先刻自分が殴りつけた牛島のことだった。淡白な対応の裏には、彼の人となりの他にもこういった事情があるのかもしれない。マズイことはマズイが、自分達に何か直接帰結するような責任はない。だからこそ冷静で居られる。あの場に居た人間の殆どは、純粋に労働力が一つ削れた、という程度の認識だったのかもしれない。それも城山が替わりに加わることで、言ってしまえばいってこい。
「残念ながら……」
三好はそれでも遺憾そうな顔をする。それが演技か本心からかは城山にはわからなかった。
城山の手が印鑑を紙に押し付ける。パッと離すと赤丸の中に彼の苗字が刻まれていた。契約は成立。三好が胸を撫で下ろした。
「これで正式に貴方も今日から私たちの仲間です」
手を差し出してくる三好。仲間、という言葉が随分陳腐で安っぽく聞こえた。城山は漫ろに手を重ねながら十河の方を見た。苦いものを口にしたような顔で両者の握手を眺めていた。
「それで、城山さん」
「はい」
「職務に当たって何かご質問はありますか?」
城山は少し思案顔をしたが、やがて口を開いた。
「あの妖魔とかいう異形。アレについて現状わかっていることを教えてもらえませんか?」
ある程度予期していた質問だったのか、質問が来なくても説明するつもりだったのか、三好は大きく頷いた。
「現状わかっていることは、三点」
少ないと見るべきか、多いと見るべきかは判断に迷うところだった。兎に角黙って詳細を待つことにした。
「まずは、あれらに色んなタイプがあること。それらを我々は二つに大別しています」
「はい」
城山が返事をすると、三好は対面の十河を見た。二人で何かアイコンタクトをしているようだった。微妙な疎外感を味わいながら、そっと包帯の巻かれた右拳を左手で撫でつけた。
「……大きく分けると、獣タイプと妖人タイプ」
十河が後をついで話し始めた。これを促す目配せだったらしい。現場の人間の方が勝手がわかっているだろうという三好の判断だった。
「獣タイプというのは僕が実際に一戦交えたような奴ですね?」
「ああ。字の如く、獣の外見をしている。そして習性もほとんどそのままで、頭脳も知れている。だが凶暴で野生の獣さながらだ」
そこらへんは直接対峙した城山は理解していた。
「それで妖人タイプというのは?」
「一言で説明するのは難しいが、人と似た外見をしている。知能も高く、緻密な戦い方をするものが多い」
城山も理解が難しいと感じたのか、三好が写真を一枚ちゃぶ台の上に乗せる。映っているのは、ハーピーというのか、ほとんど裸体の女性だが、背中から大きな羽根を生やしている。足も膝下は鳥の羽毛で覆われている。
「おお。いやらしい」
三好がいつもより低い咳払いをして写真を引っ込める。
「……妖人タイプと獣タイプは、大体4:6くらいの割合で出没している」
ほう、と城山は頷いた。
「では続いて二点目に移ります」
まだ横目で写真を盗み見ようとする城山を睨むようにして、三好は続ける。
「二点目は、奴等の目がとても悪いことだ」
「というと?」
「奴等は建物内に居る人間には牙を剥かない。コレは単純な獣タイプが、目に見える人間に舌鼓を打ってばかりで頭が回らないだけかと思われてきたが、どうやらそれは勘違いのようだと最近になってわかってきた」
「妖人タイプもまた、建造物内に居る人間を標的にしたケースが今までないんです」
二人の言を聞いて、城山はここ最近この街でちょくちょく起きる変死体事件を思い起こした。確か全て被害者は屋外で発見されているはずである。ポツンと奈々華の顔が浮かんだ。学校に残してくるのも不安だったくらいなので、心底安堵したような顔をする。城山は夜勤を希望しているが、最悪安全が保障されないようだと、職場へと帯同させる腹づもりすらあった。三好が訝るのを感じて、城山は慌てて言葉を紡いだ。
「ですが、それだけで一概に視力が弱いとは断定できないんじゃないですか?」
「……目が悪いというのは一種、比喩といいますか、推論といいますか、とにかくそういった状況をしての表現の一つです」
「なるほど。わかりました。では三点目というのは?」
三好が受けて、はいと再び資料のような紙を取り上げる。折れ線グラフのようだ。睡眠の状態を量るような、時間区切りが横軸に伸びている。対して縦軸には特に何の数字もなく、城山は説明を求めて三好を見た。
「横は一日の、時間ですね。夜の十二時から始まって、そこに終わる…… 縦は、妖魔の出現数です」
そう言われて城山が再び表に目を落とすと、夜間から明け方までの間は大して線は伸びていないが、朝方に行くにつれて右肩上がりになっている。
「見てもらえばわかるように……」
城山が顔を上げる。
「奴等はほとんどが昼行性だ」
それから、二人してチョコチョコ補足説明を飛ばす。いわく、つまりはこの仕事にあって一番重要で危険なのは昼間ということになり、夜間の勤務は半分以上休暇のようなもので、戦闘員はすべからく月の大半以上を昼勤にあたることになる。いわく、特に危険視している妖魔は矢張り昼行性のモノがほとんどである等々。
城山は戴いた茶菓子を頬張りながら二人の説明を聞いていた。