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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第十二話:案内人

真田啓という男は、見た目通りの好青年だった。

城山が広間を辞去すると、真田が待っていた。事前に三好から施設の案内を頼まれていた、ということだった。まず七階を巡った。真田の説明によると、こっちは女性が詰めているということだった。夜勤になることもあり、また公務の特殊性から、このビルで待機というケースが比較的多いそうで、それぞれが自室を持たされるということ。廊下を時計回りに行き、一番北、つまりエレベータから見て一番奥には三好の自室があった。立ち寄ることはせず、続いて歩いて行くと、南東側に小松の部屋があるということで、

「行ってきな」

真田は城山の拳をチラリと見ると、顎で部屋をしゃくった。自身は柱に背中を預けて腕を組んだ。待っているということらしい。

城山が中へ声をかけると、どうぞと明るい声が返ってきた。やはり歓待の意思が感じられ、やや気持ちを軽くして障子を開けた。途端に薬品のにおいが鼻についた。


八階へ上がると、今度は男が自室を構える構図だ。北西に音邑の部屋があるそうだ。他の部屋については城山の知らない人間たちが使っていることもあって、簡単に名前だけを告げていった。さすがに男やもめということで、廊下に雑誌なんかのゴミを纏めて出している部屋もあり、生活感があった。

「ほんで、ここが俺の部屋な」

東側の真ん中あたりで、真田が足を止めた。

「お前の部屋はその隣。つまり隣人ってわけだ」

その右を指差して鷹揚に笑う。

「僕も部屋がもらえるんですね」

「当然。ここで働く以上はもらえるさ」

真田は聞けば城山の一つ上で、城山の方はかしこまったが、仕事上も人生上も先輩だというのに偉ぶったところがなく、どこまでも気さくだった。

「入ってみるか?」

城山が頷くと、二人は今は無人の部屋へと入った。こざっぱりとした和室で、六畳くらいだろうか、まあ個室ということなら十分だった。まだ家具類はテーブルと座布団、小さいテレビがあるくらいで、余計に広く見えた。

「冷蔵庫はあとから来るらしい。七階の方には給湯室なんかもあるけど、個室には最低限の設備しかないからな」

「はあ」

「男どもは面倒くさがって茶なんか入れないけど、エレベータの脇に自販機がある」

「ええ」

両階ともに同じような位置にあった。待ってろ、と残した真田が部屋を出ていく。少しして戻ってきた手には缶ビールが二本あった。自室から持ってきたらしい。

「まあ俺からの歓迎だ。ぶっちゃけ案内なんて言ってもそんなに案内するところもないからな」

「はあ。それなら遠慮なく戴きます」

プシュッとプルタブを開ける小気味いい音が部屋に響いた。しばらくゴクゴクと喉仏を動かしていた二人だが、城山が思い出したように質問を口にした。

「さっき、小松さんの部屋を出るときに、ありがとうと言われたんですが……」

真田はカンを傾けたまま目だけで笑った。

「どういう意味かわかりますか?」

カンをちゃぶ台に置いて一呼吸。

「ああ、あの人は牛島に言い寄られて迷惑してたからな。俺の方ももうやめとけって注意してみてはいたんだが、あの通りアイツはこれでな」

そう言って左耳に指差して、右耳から抜けていくようにもう一方の指を動かした。なるほど、と城山は苦笑して、残った缶ビールに手を伸ばした。随分豪快に煽って、残り少ないそれを一滴残らず嚥下えんかする。そんな城山の様子を見ていると、言わずにはいれなかった。三好の鶴の一声で彼の落ち度をあらためるようなことはしない方針であるにも関わらず。それでも、真田はしこりのようなものが確かにあるにはあった。最後に決定的な挑発をしたのは城山だ。

「平然としてんのな」

真田は少し目を伏せて自分のカンをチャポチャポ揺らしながら言った。

「何がですか?」

「いや。牛島のことさ。人をぶん殴って…… 今は危険な状態らしいのに」

「ああ」

今思い出したというような顔をした。

「ウチの連中も、幸か不幸か生き物が壊れる場面ってのは慣れてはいるんだが……」

言い淀んだ真田は、じっと城山の目を見た。

「まあ加減はしたんですがね。死んでしまったかもしれません」

「そんな」

いい加減な、と続けようとした言葉を飲んだ。

「僕は頭の悪い人間が嫌いでして」

「……」

「つい。死んでも良いかくらいの気持ちで殴ってしまいました」

屈託無く笑う城山に、真田は内心冷たいものを感じた。まるで嫌いな虫を払いのけた、というような、ひどく雑で無配慮な力加減。それを平然と初対面の人間に対してしてしまう。真田も牛島にはほとほと愛想が尽きてはいたし、小松のように迷惑を被っている人間も居たことである。私情で糾弾しようなどという意思は正直到底持ち合わせてはいなかった。だが、牛島にしても、処罰を受けるなら、それは解雇や懲戒であって、死罪ではない筈だ。

「もっとやりようはあったんじゃないか? 少し見ただけだから何とも言えないが、お前の力はどう考えても牛島を凌駕するものだろう?」

それも、大人と赤子ほどの差をつけて。

「ああやって無思慮な悪意を向けてくる相手は、正面から叩いた方が遺恨がない」

「……」

「語弊がありましたか? 遺恨がないというのは主に僕の精神衛生上の話です。後になって、何故あの時ぶちのめしてやらなかったのかと後悔しないように、ということです」

真田は絶句した。どこまでも利己的で横暴な言い分だった。怒り狂って見境のなくなった牛島から、三次を守るため、という大義を掲げるものだと、真田は思っていた。だが実際にこうして対峙して、理由を聞いて、人となりを少しはかってみれば、牛島がまだ可愛いものだと思えるほどの欠陥を抱えていた。一見物腰も柔らかく、人として大切な部分、包容力や他者の痛みへの共感といったような感情が欠落しているようにも感じられないのに、恐ろしく残忍だった。

「電気は、通っているんですか?」

城山は話したいことは話してしまったようで、もう牛島のことなど興味がないという風に部屋を見回しながら尋ねた。

「あ、ああ。もうテレビも点く」

真田は当惑したような顔で答えた。

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