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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第一章:城山仁とその周囲についての簡単な考察
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第十一話:SHOW YOUR MONSTER

三好ハルは、自身の油断を認めないわけにはいかなかった。実は悪い男でもないのかもしれない、与し易いとまではいかずとも、存外理知的な男なのではないかと考え始めていた矢先のことだった。実際その考え自体も直ちに改めるには早急が過ぎた。振り返って大丈夫ですかと尋ねる男の目には少しの親愛がこもっていた。一筋縄ではいかない男。それが現状最もしっくりくる表現かもしれない。三好が状況整理に頭を働かせながらも、小さく頷くと、それ以降広間には音がなくなった。

丸々三十秒は沈黙が続いただろうところで、居合わせる一人が声を上げた。

「まあまあ、怪我をしてるわ。診せて御覧なさい」

女性だった。さっき制止に加わっていない方である。白衣を着ており、下に着た服は少し胸元が開いていて、近づかれて城山は視線を意図的に逸らした。女性のふちなし眼鏡の奥で心配そうな瞳が揺れている。

「小松さん。手当ての順序が逆です」

三好がやっとこさ声を出す。自分で思うより小さな声だったのか、補足するように指をさした。先ではうつ伏せた牛島がピクリともしていなかった。小松と呼ばれた女性はキョトンとした顔で皮のめくれた城山の拳と、牛島の体を見比べた。その体に寄っていく人影。

「意識が戻っていない状態だし、最悪このまま死ぬかもしれない」

制止に掛かっていた色男が、牛島の巨体をひっくり返し、気道だけ確保した。牛島はだらしなく口や鼻から血を垂らしていた。

「ああ、まだ生きていたんですか?」

素っ気ない言い方をする小松。彼女が牛島にしつこく言い寄られて迷惑していたのは、ここに居る人間で知らない者は居ないほどで、城山を除くが、不謹慎と誹る声はなかった。そもそも、先程の様子からも牛島が好人物などと思っている人間は居ないようで、城山に非難めいた目が向くこともなかった。

ただ好奇の目というか、感嘆のようなものは城山は感じていた。しかし二対だけは違った。三好と二番目に制止に入った少女、十河である。三好はただ困ったことになったという感じだが、十河の方は明らかな敵意を持って城山を見ていた。敵意である。彼のやったことを非難するような色ではなく、もっと根源的なものに根差しているような感じだ。それは恐怖であると、城山は経験則から知っている。振り下ろされる刀をぶち抜いて、男の顎を叩き割るような真似、尋常ではない。感嘆や好奇とは逆ベクトルではあるが、それは人としては当然の反応かもしれない。パンパンと手の平を打ち鳴らす音がした。三好がやっと事態の収束に動いた。

「ほら。音邑さんと真田君は牛島さんを運んで。タンカがあったでしょう?」

真田というのは、先程の好青年で、音邑というのは、唯一事態に何ら干渉していないサングラスの男である。アゴヒゲをたっぷり蓄えており、耳に黒いピアスをしていた。サングラスは濃い色でその奥の双眸を城山が窺うことは出来なかった。前者は快い返事をして、後者は黙って広間の奥、押入れのような場所の襖を開けてタンカを持ち出した。しばらく四苦八苦した後、牛島の体を乗せると二人は部屋を辞して行った。

「城山さん。座ってください」

やや冷たい言い方をした三好は、先立って中央側、入ってきた方角からは一番奥のパイプ椅子に腰を下ろした。城山は言われたとおり、末席であろう、机の一番端に座った。丁度三好とは対角線上に位置する。立ち上がっていた女性陣も倣った。小松は城山の手当てを、などと見当違いの抗議をしたが、十河に腕を取られて座った。

「いきなり問題を起こしてくれましたね」

「あ、すいません。斬られそうだったんで殴りました」

「知っています。その、わたしを守る意思もあったようですし……」

三好は言いにくそうに俯いてぼそぼそ喋り、

「あちらにも相応の非があったということで、今回は不問とします。一般の刑法に照らし合わせても十分に正当防衛の範囲でしょう」

と結論づけると、それについては残った女性二人も文句はないようで、十河は小さく、小松は大きく頷いていた。

「貴方が殴ったのは、牛島浩輔うしじまこうすけ、タンカで運び出して行った一人、若い方が真田啓さなだけい、ヒゲを生やした方が音邑拓心おとむらたくしん

紹介のようだ。続けて三好は女性たちに目を向ける。

「わたしは小松芽花こまつめいか、一応ここで医師のような真似をしてるわ」

好意的な笑顔である。

「あ、非戦闘員ということで。よろしくね、えっと?」

「城山仁と言います。こちらこそよろしくお願いします」

にこりと笑いかけた小松は、後で怪我を治すからね、と受け答えて隣に座る十河を見た。目を瞑ったきり、さっきから意図的に城山と目を合わせないようにしている。三好がほら、と促すとやっと目を開けた。それでも正面を見たきり、城山の方を向くことはなかった。

「十河由弦だ」

ゆずる、という漢字を城山がアレコレ考えていると、

「城山さん。覚えていませんか? 先日わたしと一緒に居た……」

三好が口を挟む。

「ええ、そう言われてみれば」

「……」

遠目には男性のように見えた、とは口が裂けても言えない雰囲気だった。

「この子は貴方と同じ戦闘員だから。仲良くね」

小松が二人の間に走る剣呑な空気を知ってか知らずか、のんびりした声音でどちらにともなく言う。城山は返事をしたが、十河は黙りこくったままだった。

丁度その時になって、先の男性陣も帰って来た。城山から二つほど離れた席に真田という若者が座る。その奥に音邑という配置になった。互いに紹介をしていたところなの、と三好が言うと、真田が後に続いた。彼も戦闘員ということらしく、二人は握手した。その後、音邑も見た目通りの低い声で挨拶する。

「音邑さんも非戦闘員で、探索の役目を担っています」

三好が補足説明を入れるが、城山は怪訝な顔をした。すると音邑の方が立ち上がり、

「この通り俺は目暗でな」

言ってサングラスを上げる。両目とも義眼のようで、焦点は城山に合っていなかった。ぎょっとしてしまい、城山はしまったと思う。目が見えない分、こういった雰囲気には敏いはずだ。だが音邑は気にした風でもなく続ける。

「戦闘なんて芸当は出来ないが、俺には目がある」

「……はあ」

「未来が見えたりするって言ったら、頭までおかしいと思うか?」

城山が何と言っていいかわからず苦笑していると、三好が彼の発言に従う。彼の予言を判断基準に行動の指針が決まると言っても過言ではない、と。城山が苦笑を濃くするのを見ると、後々わかるだろうということでそれ以上は説明がなかった。

あらかた終わり、城山がぐるりと各々を見回す。やはり十河は目を瞑ったままだった。早く終わらないか、と言外に滲んでいる。数拍置いて、三好が指示を出す。

「そういうワケだから、今日は皆解散してくれていいです。勤務がある者は戻って下さい」

いの一番に十河、次いで音邑と真田、小松の順で部屋を後にしていく。

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