中堅戦
先鋒戦が終わり、石崎が待機室に戻ってきた。
「お疲れ。雑魚だったな」
澪がさらっと言うと、石崎は鼻で笑った。
「全くだ。この大会のレベル、大丈夫なんだろうな?」
「まあ高校生限定大会だからピンキリさ。でも僕たちくらい強い人もいるかもしれないよ?」
神谷が穏やかに言う。
対戦が終わったとは思えないほど、三人はいつも通りの空気を纏っていた。
先ほどの試合があっけなかったせいか、張り詰めていたものが少しほどけている。緊張の糸が切れた、というより――「これならいける」という手応えが、先に来てしまった感じだった。
「次は私だから」
澪が立ち上がる。
「負けたら笑ってやるよ」
石崎がいつもの調子で煽り返す。短い付き合いなのに、すっかり馴染んでしまったこのやり取りに、神谷は苦笑いを浮かべた。
(このまま勝ち進めたら、優勝も狙える)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
高校生が大会に出て、勝って、騒いで――そういうのを青春と呼ぶのだろうか。神谷は自分でも意外なくらい頬が緩むのを感じた。
「じゃあ一回戦、終わらせてくる」
「おう」
「うん。頑張って」
澪は短く頷き、待機室から姿を消した。
*
「ヤバいって!!あいつらマジでヤバいって!!」
チーム《フルスロットル》は、控室の隅で揉めていた。
「やべえのはお前だよマジで。何あっさり降参してんだよ」
手塚が噛みつくと、足立は顔を真っ赤にして言い返す。
「しゃあねえじゃん!!見ただろ!あいつの馬鹿力!!なんであんなやつが先鋒なんだよ!!」
「でも、あっさり降参しすぎだろ。蘇生があるんだから、もうちょい粘れただろ」
その言葉に、足立の喉が詰まった。
理屈は分かる。ダンジョン内では、よほどの例外を除けば死亡事故は起きない。今回のケースなら、なおさらだ。
でも――怖かった。
“死ぬ”ことじゃない。
壊されること。痛み。あの一撃が当たる瞬間を想像しただけで、身体が勝手に縮こまってしまった。
「じゃあてめえなら、あいつに勝てたのかよ!!」
足立が叫ぶ。
「わかんねえが、俺は負けたことを責めてんじゃねえ。すぐに降参したことを責めてんだよ」
手塚の言葉は正しかった。
しかも公衆の面前での情けない降参だ。チーム《フルスロットル》は、ただの寄せ集めだと。大会に出るために人数を揃えただけの雑魚だと――そう見られたに違いない。
「まあしょうがない」
控室の空気を割って、三人目が口を開いた。
「足立が早々に降参してしまったことを責めても、時間は戻らないよ」
井口だった。
このチームのリーダー。彼が二人に声をかけてチームを結成した。彼がいたからこそ、二人は大会に出ようと思えた。
「井口……でもよ……」
手塚がまだ納得していない顔をする。
井口は淡々と続けた。
「次は俺が出るよ。さすがに次、落としたら終わりだからね。手塚くん、いい?」
本来の計画では中堅は手塚だった。
だが順番変更は自由。二勝しないといけない以上、ここで落とせば挑戦は終わりだ。つまり、アピールの機会もここで潰える。
手塚は舌打ちをして、目を逸らした。
「……まあ、しょうがねえ」
「必ず勝つよ」
井口はそれだけ言った。
*
フィールドに二つの影が降り立った。
広大な対戦フィールドの外周は観客で埋め尽くされ、視線と熱気が波のように押し寄せてくる。表示パネルには選手の拡大映像が映り、遠い位置に立つ二人の表情まで引き伸ばされていた。あちこちで歓声が弾け、空気がわずかに振動している。
『さあ続いて中堅戦!!フルスロットルは1敗の崖っぷち!!巻き返すことができるのか!?』
実況が一段声を張り上げる。
『チーム・フルスロットル中堅は――井口源斗選手!!』
続けて、澪の名が呼ばれた。
『対するは!!チーム澤崎谷の紅一点!!ここで1回戦を勝ち抜くことができるのか!?チーム澤崎谷中堅――相澤澪選手!!』
澪はフィールドに足がついた感触を確かめ、ぐるりと周囲を見回す。
床の硬さも、空気の匂いも、いつもと大差はない。違うのは――外側を埋め尽くす観客だけだ。
肌に刺さるみたいな注目が、背中に貼りつく。
その圧に、澪は顔を少しだけ歪めた。
正面の男が槍を手に、軽く肩を回して身体をほぐしている。
槍は長い。間合いの外から刺せる武器だ。穂先がわずかに揺れ、その揺れが止まった瞬間、男の目が澪を捉えた。
余裕、と言い切るには曖昧な表情。だが少なくとも“怯え”はない。
「あれ?俺の相手、女の子か」
井口が呟く。
「なんか文句ある?」
澪が返すと、井口は肩をすくめた。
「いや?でも……」
言葉を切ってから、嘲るように続ける。
「僕たちは大将戦までは戦えそうだと思ってね」
「……」
澪は言葉の意味を正確に拾い、苛立ちが腹の底に沈むのを感じた。
――こいつ、私に勝ったつもりでいる。
だが同時に、澪の中で小さな予感が芽を出す。
こういう余裕は、崩した瞬間の顔が一番面白い。
「どうだろうね」
澪が短く返す。
「それより珍しいね。女の子な上、素手なんて。身体能力強化系なの?」
二人が言葉を交わしている間にも、カウントは進んでいく。
周囲のざわめきが少しずつ遠のき、フィールドの中心だけが浮き上がっていく感覚がある。
「さあ」
澪はチラリとカウントを確認した。残り十秒。
足裏を僅かにずらし、重心を落とす。膝が沈み、体が“前”へ向く。
「すぐに終わったらつまんないから、ちゃんと準備して」
六秒。
澪の声が落ちた瞬間、空気が変わった。
観客のざわめきが一段引き、フィールド全体が澪の方へ寄る。
三秒。
井口の表情が引き締まる。背筋が伸び、槍の穂先が澪へ向いた。
片足が半歩引ける。突きに備えた型。全神経を、澪の動きだけに集中させる。
2
1
《START》
澪が消えた。
――そう見えた次の瞬間。
澪の踏み込みが起点になって、地面が“跳ね上がった”。
井口のいた場所の床が爆発したようにめくれ、石と金属の破片が噴水みたいに噴き上がる。
爆発じゃない。
澪の拳が地面を叩いた衝撃で、床そのものが砕けたのだ。
轟音。
衝撃が遅れて井口の腹に響く。空気が震え、砂埃が視界を白く塗りつぶす。
中心には、人が作ったとは思えないほどのクレーターが穿たれていた。
砂埃の柱の向こうに、ひとつ影がある。
「よかった」
澪の声が、やけに近い。
「お前……なんて身体能力してるんだ……!」
井口は咄嗟に体を浮かせていた。跳んだのではない。
地面から逃げるように、身体がふわりと“離れる”。浮いたまま後ろへ滑るように距離を取る。
勘と能力がなければ、今ので終わっていた――そう思わせる距離だった。
だが井口はそこで“勝ち筋”を見つけた気がした。
澪の腕から血が滴っている。拳から肘にかけて皮膚が裂け、手首が不自然に揺れていた。
井口に攻撃する余裕はなかった。つまり――澪が自分で壊した。
衝撃の中心に拳を叩き込んだ代償。
人間の腕なら、ああなる。
「もうその腕、使えないだろ。後先考えないで突っ込むからだ」
井口はそう言い切った。ここで一度でも鈍れば、槍で距離を取って――。
だが澪は、顔色ひとつ変えない。
「別に」
澪はその腕を、見せびらかすように天へ掲げた。
裂けた皮膚が逆再生みたいに塞がっていく。
骨が戻り、筋が繋がり、血が止まる。
――腕が“元に戻る”。
観客席のざわめきが、そこで途切れた。
誰もが息を止めたように静まる。表示パネルが澪の腕を大写しにし、静寂が一段深くなる。
「お、前……身体能力強化系なんじゃ……?」
井口の声が震える。
さっきの異常な踏み込みが能力ではなく“素”で、今目の前の治癒が能力だとしたら――。
澪は口の端だけをわずかに上げる。笑うというより、息が漏れたみたいな形だった。
そして――構えを取り直した。




