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中堅戦

先鋒戦が終わり、石崎が待機室に戻ってきた。


「お疲れ。雑魚だったな」


澪がさらっと言うと、石崎は鼻で笑った。


「全くだ。この大会のレベル、大丈夫なんだろうな?」


「まあ高校生限定大会だからピンキリさ。でも僕たちくらい強い人もいるかもしれないよ?」


神谷が穏やかに言う。


対戦が終わったとは思えないほど、三人はいつも通りの空気を纏っていた。

先ほどの試合があっけなかったせいか、張り詰めていたものが少しほどけている。緊張の糸が切れた、というより――「これならいける」という手応えが、先に来てしまった感じだった。


「次は私だから」


澪が立ち上がる。


「負けたら笑ってやるよ」


石崎がいつもの調子で煽り返す。短い付き合いなのに、すっかり馴染んでしまったこのやり取りに、神谷は苦笑いを浮かべた。


(このまま勝ち進めたら、優勝も狙える)


ふと、そんな考えが頭をよぎる。

高校生が大会に出て、勝って、騒いで――そういうのを青春と呼ぶのだろうか。神谷は自分でも意外なくらい頬が緩むのを感じた。


「じゃあ一回戦、終わらせてくる」


「おう」


「うん。頑張って」


澪は短く頷き、待機室から姿を消した。



「ヤバいって!!あいつらマジでヤバいって!!」


チーム《フルスロットル》は、控室の隅で揉めていた。


「やべえのはお前だよマジで。何あっさり降参してんだよ」


手塚が噛みつくと、足立は顔を真っ赤にして言い返す。


「しゃあねえじゃん!!見ただろ!あいつの馬鹿力!!なんであんなやつが先鋒なんだよ!!」


「でも、あっさり降参しすぎだろ。蘇生があるんだから、もうちょい粘れただろ」


その言葉に、足立の喉が詰まった。

理屈は分かる。ダンジョン内では、よほどの例外を除けば死亡事故は起きない。今回のケースなら、なおさらだ。


でも――怖かった。


“死ぬ”ことじゃない。

壊されること。痛み。あの一撃が当たる瞬間を想像しただけで、身体が勝手に縮こまってしまった。


「じゃあてめえなら、あいつに勝てたのかよ!!」


足立が叫ぶ。


「わかんねえが、俺は負けたことを責めてんじゃねえ。すぐに降参したことを責めてんだよ」


手塚の言葉は正しかった。

しかも公衆の面前での情けない降参だ。チーム《フルスロットル》は、ただの寄せ集めだと。大会に出るために人数を揃えただけの雑魚だと――そう見られたに違いない。


「まあしょうがない」


控室の空気を割って、三人目が口を開いた。


「足立が早々に降参してしまったことを責めても、時間は戻らないよ」


井口だった。

このチームのリーダー。彼が二人に声をかけてチームを結成した。彼がいたからこそ、二人は大会に出ようと思えた。


「井口……でもよ……」


手塚がまだ納得していない顔をする。


井口は淡々と続けた。


「次は俺が出るよ。さすがに次、落としたら終わりだからね。手塚くん、いい?」


本来の計画では中堅は手塚だった。

だが順番変更は自由。二勝しないといけない以上、ここで落とせば挑戦は終わりだ。つまり、アピールの機会もここで潰える。


手塚は舌打ちをして、目を逸らした。


「……まあ、しょうがねえ」


「必ず勝つよ」


井口はそれだけ言った。



フィールドに二つの影が降り立った。

広大な対戦フィールドの外周は観客で埋め尽くされ、視線と熱気が波のように押し寄せてくる。表示パネルには選手の拡大映像が映り、遠い位置に立つ二人の表情まで引き伸ばされていた。あちこちで歓声が弾け、空気がわずかに振動している。


『さあ続いて中堅戦!!フルスロットルは1敗の崖っぷち!!巻き返すことができるのか!?』


実況が一段声を張り上げる。


『チーム・フルスロットル中堅は――井口源斗選手!!』


続けて、澪の名が呼ばれた。


『対するは!!チーム澤崎谷の紅一点!!ここで1回戦を勝ち抜くことができるのか!?チーム澤崎谷中堅――相澤澪選手!!』


澪はフィールドに足がついた感触を確かめ、ぐるりと周囲を見回す。

床の硬さも、空気の匂いも、いつもと大差はない。違うのは――外側を埋め尽くす観客だけだ。


肌に刺さるみたいな注目が、背中に貼りつく。


その圧に、澪は顔を少しだけ歪めた。


正面の男が槍を手に、軽く肩を回して身体をほぐしている。

槍は長い。間合いの外から刺せる武器だ。穂先がわずかに揺れ、その揺れが止まった瞬間、男の目が澪を捉えた。


余裕、と言い切るには曖昧な表情。だが少なくとも“怯え”はない。


「あれ?俺の相手、女の子か」


井口が呟く。


「なんか文句ある?」


澪が返すと、井口は肩をすくめた。


「いや?でも……」


言葉を切ってから、嘲るように続ける。


「僕たちは大将戦までは戦えそうだと思ってね」


「……」


澪は言葉の意味を正確に拾い、苛立ちが腹の底に沈むのを感じた。

――こいつ、私に勝ったつもりでいる。


だが同時に、澪の中で小さな予感が芽を出す。

こういう余裕は、崩した瞬間の顔が一番面白い。


「どうだろうね」


澪が短く返す。


「それより珍しいね。女の子な上、素手なんて。身体能力強化系なの?」


二人が言葉を交わしている間にも、カウントは進んでいく。

周囲のざわめきが少しずつ遠のき、フィールドの中心だけが浮き上がっていく感覚がある。


「さあ」


澪はチラリとカウントを確認した。残り十秒。

足裏を僅かにずらし、重心を落とす。膝が沈み、体が“前”へ向く。


「すぐに終わったらつまんないから、ちゃんと準備して」


六秒。


澪の声が落ちた瞬間、空気が変わった。

観客のざわめきが一段引き、フィールド全体が澪の方へ寄る。


三秒。


井口の表情が引き締まる。背筋が伸び、槍の穂先が澪へ向いた。

片足が半歩引ける。突きに備えた型。全神経を、澪の動きだけに集中させる。


《START》


澪が消えた。


――そう見えた次の瞬間。


澪の踏み込みが起点になって、地面が“跳ね上がった”。

井口のいた場所の床が爆発したようにめくれ、石と金属の破片が噴水みたいに噴き上がる。


爆発じゃない。

澪の拳が地面を叩いた衝撃で、床そのものが砕けたのだ。


轟音。

衝撃が遅れて井口の腹に響く。空気が震え、砂埃が視界を白く塗りつぶす。

中心には、人が作ったとは思えないほどのクレーターが穿たれていた。


砂埃の柱の向こうに、ひとつ影がある。


「よかった」


澪の声が、やけに近い。


「お前……なんて身体能力してるんだ……!」


井口は咄嗟に体を浮かせていた。跳んだのではない。

地面から逃げるように、身体がふわりと“離れる”。浮いたまま後ろへ滑るように距離を取る。

勘と能力がなければ、今ので終わっていた――そう思わせる距離だった。


だが井口はそこで“勝ち筋”を見つけた気がした。


澪の腕から血が滴っている。拳から肘にかけて皮膚が裂け、手首が不自然に揺れていた。

井口に攻撃する余裕はなかった。つまり――澪が自分で壊した。


衝撃の中心に拳を叩き込んだ代償。

人間の腕なら、ああなる。


「もうその腕、使えないだろ。後先考えないで突っ込むからだ」


井口はそう言い切った。ここで一度でも鈍れば、槍で距離を取って――。


だが澪は、顔色ひとつ変えない。


「別に」


澪はその腕を、見せびらかすように天へ掲げた。


裂けた皮膚が逆再生みたいに塞がっていく。

骨が戻り、筋が繋がり、血が止まる。

――腕が“元に戻る”。


観客席のざわめきが、そこで途切れた。

誰もが息を止めたように静まる。表示パネルが澪の腕を大写しにし、静寂が一段深くなる。


「お、前……身体能力強化系なんじゃ……?」


井口の声が震える。

さっきの異常な踏み込みが能力ではなく“素”で、今目の前の治癒が能力だとしたら――。


澪は口の端だけをわずかに上げる。笑うというより、息が漏れたみたいな形だった。


そして――構えを取り直した。


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