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試練型ダンジョン

ダンジョンの情報が画面に映る。

青白い光を帯びた文字列が、規則正しく並んでいた。


澪はスクロールする手を止め、表示された文字をじっと見つめる。

指先が、わずかに冷えているのが分かった。


――試練型ダンジョン。


その文字だけが、妙にくっきりと目に残る。


対戦型と違い、モンスターと戦いながら強くなることを目的としたダンジョンだ。

人と競うのではなく、ひたすら“敵”を倒し、階層を進む。


「……」


喉の奥で、小さく息が鳴った。


対戦型ダンジョンでは、勝敗に応じてダンジョンマネーと呼ばれるポイントが付与される。

それを水晶盤の端末から引き出し、資源やエネルギー結晶と交換できる。


一方、試練型ダンジョンでは、基本的にモンスターからドロップするのはエネルギー結晶のみ。

ボス部屋であれば、稀にアイテムが手に入ることもあるらしいが、市場に出回るほどの数はない。


その代わり――


画面をスクロールする指が、自然と止まった。


「……恩恵、か」


澪は小さく呟いた。

声に出したことで、言葉の重みが胸に落ちてくる。


試練型ダンジョンは、対戦型に比べて“ダンジョンの恩恵”が大きい。

身体能力の底上げ。反射神経の向上。筋力、持久力、回復力。

そして魔力器官の成長による固有能力の強化。

積み重ねた分だけ、体そのものが作り替えられていく。


画面に並ぶ項目を追いながら、無意識に肩を回す。

関節が軋む感覚はない。

それが少しだけ、心許なかった。


神谷との勝負で感じた、圧倒的な身体能力の差。

あれも、この恩恵の差なのだろう。


踏み込む速さ。

間合いの詰め方。

一瞬の判断。


どれもが、こちらの想像を超えていた。


しかも、その強化はダンジョンの外に出ても消えない。

体が元に戻ることはなく、力だけが残る。


だから探索者には、力の制御が義務付けられている。

ダンジョン外で故意に力を行使すれば、軍による処罰対象になる。


警察では力不足だからだ。


画面の端に表示された注意書きを、流し読みする。

赤い文字が、やけに目についた。


もっとも、近年は警察もダンジョン演習をカリキュラムに取り入れており、

軍が直接出動するケースは減ってきているらしい。


それほどまでに、ダンジョンの恩恵は絶大だった。


「……全部、都合がいい」


思わず、鼻で息を吐いた。


誰にでもチャンスがある。

無能者であっても、努力次第で身体能力は引き上げられる。


理論上は――

澪が神谷と渡り合える可能性も、ゼロではない。


「まあ……」


椅子の背にもたれ、天井を見上げる。

白い天井が、やけに遠く感じられた。


「普通の探索者の、何倍も努力しないといけないけど」


無能者。

女性。

身体能力も低め。

頼れる仲間もいない。


一つずつ、頭の中で条件を並べていく。

並べるたび、胸の奥が少しずつ重くなる。


条件を並べるほど、ため息が出た。


今日の対戦が、否応なく思い出される。


目を閉じると、拳を砕くような衝撃。

空を切った攻撃。

何もできなかった感覚。

手も足も出なかった現実。


視界が揺れたあの瞬間が、やけに鮮明だった。


胸の奥が、じわじわと熱を帯びていく。


――もう、あんな負け方はごめんだ。


澪は息を大きく吐いた。

肺の奥に溜まったものを、全部吐き出すように。


諦めたくない。

負けたまま、終わりたくない。


その夜、澪は一睡もできなかった。





翌日。


学校へ向かう足取りは、ひどく重かった。

眠気というより、体が内側から張りつめている感覚に近い。


足を前に出すたび、地面を強く踏みしめているのが分かる。


「相澤さん。大丈夫かい?」


背後から声をかけられる。

神谷だった。


名前を呼ばれただけで、肩がわずかに跳ねる。


昨日のことを思い出し、視線を逸らした。


「……問題ない」


短く答える。

それ以上、言葉を足す気にはなれなかった。


席に着くと、机に肘をつく。

頭は重く、授業の内容はほとんど入ってこない。


黒板の文字を追っても、意味が抜け落ちていく。

チョークの音だけが、やけに大きく聞こえた。


それでも、ダンジョンのことだけは頭から離れなかった。


放課後を待つ時間が、異様に長く感じられる。


休み時間。


机に突っ伏して目を閉じていると、声をかけられた。


「ねえ、相澤さん」


顔を上げると、クラスメートの女子が立っていた。

ほとんど話したことのない相手だ。


反射的に、背中がこわばる。


「神谷君と、仲いいの?」


問いの意図を測ろうとするが、頭が回らない。

眠気と疲労で、思考が鈍っていた。


「……別に」


それだけ答えて、再び目を閉じる。

それ以上、会話を続ける気にはなれなかった。





放課後。


澪は寄り道せず、まっすぐダンジョンへ向かった。


平日だからか、周囲は静かだった。

人の気配が少なく、風の音だけが耳に入る。


淡く光るダンジョンの入り口が、変わらずそこにある。


立ち止まり、光を見つめる。


(……ここで、戦うんだよな)


モンスター。

倒さなければ進めない存在。


頭では分かっている。

ダンジョンに入る以上、それは前提条件だ。


でも――


(私、本当にやれるのかな)


怖いわけじゃない。

逃げたいわけでもない。


ただ、生き物を殺すという行為を、

自分が実際にやったことは一度もない。


映像で見るのと、

誰かの話を聞くのと、

自分の手でやるのとでは、

きっと決定的に違う。


その違いを、まだ想像しきれていなかった。


澪は自分の手を見る。

指はしっかりと動き、力も入る。

爪が掌に食い込み、微かな痛みが走る。


(できるか、できないかじゃない)


(やるしかないだけ)


考え続けても答えは出ない。

だから、足を止める理由にもならない。


澪は深呼吸をして、誓いを思い出す。


――強くなる。


「……行こう」


小さく呟き、光の中へ踏み出した。


その一歩は、迷いを断ち切るためのものだった。

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