一回戦先鋒
澪たち三人は控室で待機していた。
控室は思ったより広い。ベンチとロッカー、簡易の給水スペース。壁には注意事項と対戦表が投影され、時刻が淡々と進んでいく。
「私たちって何ブロック?」
澪が訊くと、石崎がスマホを操作しながら答える。
「Cブロックの第2試合だ。ちゃんと確認しとけよ」
トーナメント表には、澪たちのチーム名――『澤崎谷』が、Cブロックの枠に表示されていた。
澪はちらりと見ただけで視線を戻す。
「口頭で確認した方が早いでしょ?」
澪が悪びれもせず言い放つと、石崎は舌打ちして黙り込む。
舌打ちの音だけが妙に大きく響いた。石崎の指先がスマホの端を強く押している。
神谷が苦笑いを浮かべた。
そうこうしているうちに、壁の表示が次の案内に切り替わる。
集合時間まで、あと数分。
石崎が立ち上がった。バトルアックスの柄を握り直し、肩を鳴らす。
「時間だ。行ってくる」
「負けてもいいよ。私が勝つから」
澪が平然と言うと、石崎は鼻で笑った。笑いというより、息を吐いたに近い。
「ほざけ。てめえが負けろ」
会って間もないのに口喧嘩が絶えない。
澪が煽り、石崎も煽り返す。
(……勝つって、決めてんだろ)
神谷は何も言わず、二人を見比べる。飽きもせずよくやるものだと内心で思った。
(相性がいいのかもね。この二人は)
二人に聞かれたら鳥肌が立ちそうなことを考えながら、神谷は石崎の背中を見送った。
石崎が控室の出口を出た瞬間、空気が少しだけ軽くなる。
*
「さあー!続きましてCブロック第2試合!高校生限定ダンジョン対戦大会!」
フィールドに降り立った石崎の耳に、場内へ響き渡る実況が飛び込んでくる。
足裏に伝わる床の硬さが、ダンジョンのそれと違う。石と金属が混ざったような感触。境界ラインが淡く発光していて、広さがあるのに“枠”だけははっきりしている。
「チーム『澤崎谷』先鋒、石崎龍成選手バーサス!チーム『フルスロットル』先鋒、足立和也選手の対戦でーす!!」
実況の声は大きい。さすが協会主催、スケールが違う。
石崎は一度だけ息を吸い、吐く。胸の奥のざわつきを、呼吸で押し込める。
(飲まれんな)
視線を正面に据えた。
足立和也。
似合っていない金髪に、軽薄そうな笑みを貼りつけた男子生徒。手にはオーソドックスな剣が握られ、へらへらと笑っている。
足の置き方は雑だ。重心も高い。――なのに、妙に余裕がある。
石崎はカウント表示を確認し、バトルアックスを構える。
斧は軽くしてある。最初から重くすると動きが鈍る。速度を出して当てる。重くするのは当てる瞬間だけでいい。
すると足立が、妙に馴れ馴れしく声をかけてきた。
「なあなあ、石崎くんだっけ?君、何年?」
「二年」
足立は目を丸くして、次の瞬間には笑い出す。
「マジ?一個下じゃん。あははは!無理すんなよー?」
何がおかしいのか、足立はずっと笑っている。
石崎は舌打ちを返し、余計な口を開くのをやめた。相手に合わせると、こっちの熱が散る。
勝てばそれでいい、という顔だ。
カウントが近い。足立もようやく思い出したように剣を構え直す。
構えはそれなりに形になっている。基礎だけは教わっているらしい。
3
2
1
《START》
石崎は足立の構えを観察しながら走り出す。
自分は近接で仕留めるしかない。だが相手の能力が分からない以上、まずは“何をしてくるか”を見極める必要がある。
足立が剣を振るう気配はない。
代わりに視線が、石崎の足元へ落ちる。
(来る――)
「おいしょ」
間の抜けた掛け声と同時に、石崎の足元の地面が隆起した。
石崎は即座に跳び退き、足場を外す。遅れて隆起した地面が、空振りのまま盛り上がる。
(地面に干渉する能力か)
足立は剣を構えたまま、楽しそうに肩を揺らす。
「お?避けたのか?」
緊張感の欠片もない。
石崎は苛立ちを抑え、斧を握る手に力を込めた。柄が軋むほど握ると、逆に落ち着く。
この大会に懸ける思いは、誰より強い自覚がある。
ここで勝たないと意味がない。――初戦で躓くわけにはいかない。
(くだらねえ。さっさと終わらす)
「もう、終わらせるぞ」
「は?」
足立の間の抜けた声が返る。
石崎は斧を大きく振りかぶり、地面を強く叩いた。
とてつもない振動波がフィールドを襲う。
地面が“鳴る”。空気が震える。足立の膝が一瞬遅れ、視線が揺れた。
足立は咄嗟に地面を操作し、足場を安定させようとする。
地面が盛り上がり、沈み、無理やり均す――その操作の瞬間、手元の剣が止まった。
「そんなことしても――」
言い終える前に、足立の腹が沈んだ。
「ぐほっ!」
石崎のラリアットが刺さり、足立は派手に吹き飛ばされた。
息が抜ける音が、遠目にも分かった。
足立は腹を押さえ、うずくまっている。
石崎は間合いを詰める。斧を振りかぶる。止めを刺す角度。
勝負はもう、ここで終わる。
「は、反則だろ……あんなの……」
足立がか細い声を出す。
石崎は鼻で笑う。怒りすら湧かない。
「何言ってやがる。反則なわけあるか」
石崎が踏み込もうとした、そのとき。
「ひいいいい!!!降参!!降参します!!!!」
足立が情けない声を張り上げた。
石崎は振り下ろしかけた斧を止め、眉をひそめる。
(……マジかよ)
フィールドの空気が、一瞬だけ抜けた気がした。
熱が冷める、というより、拍子が外れる。勝つのは当然でも、こんな勝ち方は……。
石崎は唇を噛み、斧を肩に戻した。
*
『試合終了!!先鋒の勝者、チーム《澤崎谷》――石崎龍成選手でーす!!』
実況の声が会場を揺らした。
観客席が一瞬遅れて沸く。拍手と歓声が混ざり、どよめきが波のように広がっていった。
「今の、早っ」
「澤崎谷、本命っぽいな」
そんな声があちこちから漏れる。
圧倒的な勝ち方は、それだけで“強い”を証明してしまう。
「勝ったー!石崎くん、勝ったね!朱莉ちゃん!」
ひなたが身を乗り出して叫ぶ。隣で朱莉が小さく頷いた。
「ええ。兄さんが勝ってくれて……嬉しいです」
言葉は落ち着いているのに、手すりを握る指先だけが少し強い。
ひなたはそれを見て、口元を緩めた。
(よかった。まず一勝)
終わってみればあっけない。けれど一勝は一勝だ。
むしろ、無駄な消耗がない。先鋒としては理想的に近い。
『しかし石崎選手の圧倒的な強さ、凄まじかったですね!どんな能力だったのでしょう?』
『今の試合だけでは断定は難しいですね』
解説の声が落ち着いて返す。
『と言いますと?』
『まず、放出系の能力ではないでしょう。放出系なら、あそこまで詰める必要がありません。
それに“瞬間的に速度だけを引き上げる”タイプの能力とも違う。――ただし、彼の素の身体能力が高いのは確かです』
『素の身体能力、ですか?』
『ええ。選手データでは試練型の到達も十分です。探索者の基礎能力として、あれくらいは出せる。
むしろ、揺さぶりと間合いの取り方が上手い。――この先、試合を重ねれば見えてくるでしょう』
『なるほど!今後の石崎選手の活躍に目が離せませんね!』
観客席から「たしかに」と納得したような声が上がる。
今の情報量だけでここまで組み立てる解説の手腕に、ひなたは素直に感心した。
隣で朱莉が、フィールドの方を見つめたまま呟く。
「……兄さんは、どうやって勝ったんですか?今の試合だけだと、よく分からなくて」
「うん。分かりづらいよね。でもね――」
ひなたはすぐに思い出せる。あの一瞬の隆起。そこから全部繋がった。
「相手、地面を動かす能力っぽかったんだよ。ほんの一瞬だけど、石崎くんの足元が盛り上がったでしょ?」
朱莉の目が少しだけ細くなる。
「そんな一瞬の出来事、よく見切れましたね」
「慣れ、かな。探索者の試合って“最初の一手”が一番大事だから」
ひなたは言葉を選びつつ、簡潔に続けた。
「石崎くんは、相手が“地面に意識を置いてる”って分かった。
だから地面を揺らして――相手に地面を制御させたの。安定させないと自分が転ぶからね」
朱莉が小さく頷く。
「それで……隙ができた」
「うん。相手の意識が“石崎くん本人”から外れた瞬間に、距離を詰めて打ち込んだ。あれで終わり」
「なるほど……ありがとうございます。勉強になりました」
朱莉の声は相変わらず落ち着いていた。
でも、さっきより少しだけ柔らかい。
(それにしても……)
ひなたは、フィールドの向こうを見た。
初戦だから相手の強さはピンキリだ。分かっている。
それでも、ここまで“あっけない”と逆に嫌な予感がする。
(澪ちゃんが、退屈しなければいいんだけど)
手応えのない相手は、事故を呼ぶ。
勝てる試合ほど、余計なことをしてしまう時がある。
ひなたは息を吐いた。
視線はもう一度フィールドへ戻る。
次は中堅戦――澪の番だ。
更新が遅れてすみません。
体調不良が続いて書くことが難しくて更新ができませんでした。
なるべく毎日投稿をしますので応援よろしくお願いいたします




