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一回戦先鋒

澪たち三人は控室で待機していた。


控室は思ったより広い。ベンチとロッカー、簡易の給水スペース。壁には注意事項と対戦表が投影され、時刻が淡々と進んでいく。


「私たちって何ブロック?」


澪が訊くと、石崎がスマホを操作しながら答える。


「Cブロックの第2試合だ。ちゃんと確認しとけよ」


トーナメント表には、澪たちのチーム名――『澤崎谷』が、Cブロックの枠に表示されていた。

澪はちらりと見ただけで視線を戻す。


「口頭で確認した方が早いでしょ?」


澪が悪びれもせず言い放つと、石崎は舌打ちして黙り込む。

舌打ちの音だけが妙に大きく響いた。石崎の指先がスマホの端を強く押している。


神谷が苦笑いを浮かべた。


そうこうしているうちに、壁の表示が次の案内に切り替わる。

集合時間まで、あと数分。


石崎が立ち上がった。バトルアックスの柄を握り直し、肩を鳴らす。


「時間だ。行ってくる」


「負けてもいいよ。私が勝つから」


澪が平然と言うと、石崎は鼻で笑った。笑いというより、息を吐いたに近い。


「ほざけ。てめえが負けろ」


会って間もないのに口喧嘩が絶えない。

澪が煽り、石崎も煽り返す。


(……勝つって、決めてんだろ)


神谷は何も言わず、二人を見比べる。飽きもせずよくやるものだと内心で思った。


(相性がいいのかもね。この二人は)


二人に聞かれたら鳥肌が立ちそうなことを考えながら、神谷は石崎の背中を見送った。

石崎が控室の出口を出た瞬間、空気が少しだけ軽くなる。



「さあー!続きましてCブロック第2試合!高校生限定ダンジョン対戦大会フロンティアカップ!」


フィールドに降り立った石崎の耳に、場内へ響き渡る実況が飛び込んでくる。

足裏に伝わる床の硬さが、ダンジョンのそれと違う。石と金属が混ざったような感触。境界ラインが淡く発光していて、広さがあるのに“枠”だけははっきりしている。


「チーム『澤崎谷』先鋒、石崎龍成選手バーサス!チーム『フルスロットル』先鋒、足立和也選手の対戦でーす!!」


実況の声は大きい。さすが協会主催、スケールが違う。

石崎は一度だけ息を吸い、吐く。胸の奥のざわつきを、呼吸で押し込める。


(飲まれんな)


視線を正面に据えた。


足立和也。

似合っていない金髪に、軽薄そうな笑みを貼りつけた男子生徒。手にはオーソドックスな剣が握られ、へらへらと笑っている。

足の置き方は雑だ。重心も高い。――なのに、妙に余裕がある。


石崎はカウント表示を確認し、バトルアックスを構える。

斧は軽くしてある。最初から重くすると動きが鈍る。速度を出して当てる。重くするのは当てる瞬間だけでいい。


すると足立が、妙に馴れ馴れしく声をかけてきた。


「なあなあ、石崎くんだっけ?君、何年?」


「二年」


足立は目を丸くして、次の瞬間には笑い出す。


「マジ?一個下じゃん。あははは!無理すんなよー?」


何がおかしいのか、足立はずっと笑っている。

石崎は舌打ちを返し、余計な口を開くのをやめた。相手に合わせると、こっちの熱が散る。

勝てばそれでいい、という顔だ。


カウントが近い。足立もようやく思い出したように剣を構え直す。

構えはそれなりに形になっている。基礎だけは教わっているらしい。


《START》


石崎は足立の構えを観察しながら走り出す。

自分は近接で仕留めるしかない。だが相手の能力が分からない以上、まずは“何をしてくるか”を見極める必要がある。


足立が剣を振るう気配はない。

代わりに視線が、石崎の足元へ落ちる。


(来る――)


「おいしょ」


間の抜けた掛け声と同時に、石崎の足元の地面が隆起した。

石崎は即座に跳び退き、足場を外す。遅れて隆起した地面が、空振りのまま盛り上がる。


(地面に干渉する能力か)


足立は剣を構えたまま、楽しそうに肩を揺らす。


「お?避けたのか?」


緊張感の欠片もない。

石崎は苛立ちを抑え、斧を握る手に力を込めた。柄が軋むほど握ると、逆に落ち着く。


この大会に懸ける思いは、誰より強い自覚がある。

ここで勝たないと意味がない。――初戦で躓くわけにはいかない。


(くだらねえ。さっさと終わらす)


「もう、終わらせるぞ」


「は?」


足立の間の抜けた声が返る。

石崎は斧を大きく振りかぶり、地面を強く叩いた。


とてつもない振動波がフィールドを襲う。

地面が“鳴る”。空気が震える。足立の膝が一瞬遅れ、視線が揺れた。


足立は咄嗟に地面を操作し、足場を安定させようとする。

地面が盛り上がり、沈み、無理やり均す――その操作の瞬間、手元の剣が止まった。


「そんなことしても――」


言い終える前に、足立の腹が沈んだ。


「ぐほっ!」


石崎のラリアットが刺さり、足立は派手に吹き飛ばされた。

息が抜ける音が、遠目にも分かった。


足立は腹を押さえ、うずくまっている。

石崎は間合いを詰める。斧を振りかぶる。止めを刺す角度。

勝負はもう、ここで終わる。


「は、反則だろ……あんなの……」


足立がか細い声を出す。

石崎は鼻で笑う。怒りすら湧かない。


「何言ってやがる。反則なわけあるか」


石崎が踏み込もうとした、そのとき。


「ひいいいい!!!降参!!降参します!!!!」


足立が情けない声を張り上げた。

石崎は振り下ろしかけた斧を止め、眉をひそめる。


(……マジかよ)


フィールドの空気が、一瞬だけ抜けた気がした。

熱が冷める、というより、拍子が外れる。勝つのは当然でも、こんな勝ち方は……。


石崎は唇を噛み、斧を肩に戻した。



『試合終了!!先鋒の勝者、チーム《澤崎谷》――石崎龍成選手でーす!!』


実況の声が会場を揺らした。


観客席が一瞬遅れて沸く。拍手と歓声が混ざり、どよめきが波のように広がっていった。


「今の、早っ」

「澤崎谷、本命っぽいな」


そんな声があちこちから漏れる。

圧倒的な勝ち方は、それだけで“強い”を証明してしまう。


「勝ったー!石崎くん、勝ったね!朱莉ちゃん!」


ひなたが身を乗り出して叫ぶ。隣で朱莉が小さく頷いた。


「ええ。兄さんが勝ってくれて……嬉しいです」


言葉は落ち着いているのに、手すりを握る指先だけが少し強い。

ひなたはそれを見て、口元を緩めた。


(よかった。まず一勝)


終わってみればあっけない。けれど一勝は一勝だ。

むしろ、無駄な消耗がない。先鋒としては理想的に近い。


『しかし石崎選手の圧倒的な強さ、凄まじかったですね!どんな能力だったのでしょう?』


『今の試合だけでは断定は難しいですね』


解説の声が落ち着いて返す。


『と言いますと?』


『まず、放出系の能力ではないでしょう。放出系なら、あそこまで詰める必要がありません。

それに“瞬間的に速度だけを引き上げる”タイプの能力とも違う。――ただし、彼の素の身体能力が高いのは確かです』


『素の身体能力、ですか?』


『ええ。選手データでは試練型の到達も十分です。探索者の基礎能力として、あれくらいは出せる。

むしろ、揺さぶりと間合いの取り方が上手い。――この先、試合を重ねれば見えてくるでしょう』


『なるほど!今後の石崎選手の活躍に目が離せませんね!』


観客席から「たしかに」と納得したような声が上がる。

今の情報量だけでここまで組み立てる解説の手腕に、ひなたは素直に感心した。


隣で朱莉が、フィールドの方を見つめたまま呟く。


「……兄さんは、どうやって勝ったんですか?今の試合だけだと、よく分からなくて」


「うん。分かりづらいよね。でもね――」


ひなたはすぐに思い出せる。あの一瞬の隆起。そこから全部繋がった。


「相手、地面を動かす能力っぽかったんだよ。ほんの一瞬だけど、石崎くんの足元が盛り上がったでしょ?」


朱莉の目が少しだけ細くなる。


「そんな一瞬の出来事、よく見切れましたね」


「慣れ、かな。探索者の試合って“最初の一手”が一番大事だから」


ひなたは言葉を選びつつ、簡潔に続けた。


「石崎くんは、相手が“地面に意識を置いてる”って分かった。

だから地面を揺らして――相手に地面を制御させたの。安定させないと自分が転ぶからね」


朱莉が小さく頷く。


「それで……隙ができた」


「うん。相手の意識が“石崎くん本人”から外れた瞬間に、距離を詰めて打ち込んだ。あれで終わり」


「なるほど……ありがとうございます。勉強になりました」


朱莉の声は相変わらず落ち着いていた。

でも、さっきより少しだけ柔らかい。


(それにしても……)


ひなたは、フィールドの向こうを見た。


初戦だから相手の強さはピンキリだ。分かっている。

それでも、ここまで“あっけない”と逆に嫌な予感がする。


(澪ちゃんが、退屈しなければいいんだけど)


手応えのない相手は、事故を呼ぶ。

勝てる試合ほど、余計なことをしてしまう時がある。


ひなたは息を吐いた。


視線はもう一度フィールドへ戻る。

次は中堅戦――澪の番だ。


更新が遅れてすみません。

体調不良が続いて書くことが難しくて更新ができませんでした。

なるべく毎日投稿をしますので応援よろしくお願いいたします

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