表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/50

開会

やってきたぞー!!ここで私たちは最強になる!!」


会場の前で、ひなたが両腕を突き上げた。

その声に、周囲の観客がちらりと視線をよこす。笑う人もいれば、スマホを向ける人もいる。入口付近は人の波で詰まり、ガラス越しの熱気が肌にまとわりつくようだった。


風に乗って、いろんな音が混ざって届く。

歓声、シャッター音、アナウンスの試験放送、配信者の甲高い声。スポンサー名の入った横断幕が何枚もぶら下がっていて、スーツ姿の大人たちが名札を揺らしながら速足で行き交っていた。


初開催。高校生限定。新人発掘。

言葉としては聞いていた。でも、目の前の現実はそれ以上だった。


「ひなたは出場しないけどね」


澪が短く返す。

そう言いながらも、視線は会場の奥へ吸い寄せられていた。


(……すご)


不思議な高揚感が、腹の底からじわじわ湧いてくる。

喉が渇くわけでもないのに、無意識に拳を握りしめていた。握った指が白くなる。ほどこうとしても、うまく力が抜けない。


ここで戦う。

それだけで、体が勝手に“始まって”しまう。


「緊張してる?」


ひなたが、顔を覗き込む。

心配しているというより、何かを確かめるような目だった。まっすぐ見ているのに、表情だけがやけに軽い。


澪はその意図が分からないまま――答えようとして、口を開きかける。


「やあ。待たせてすまない」


横から声が割り込んだ。澪は反射的に振り返る。

神谷と石崎が立っていた。


いつも通りのはずなのに、二人ともどこかぎこちない。会場の空気に飲まれかけているのか、それとも別の理由か。

神谷は笑っている。普段と同じ、柔らかい顔。

石崎は……目が妙に落ち着かない。周囲を一度見回してから、澪を見た。


「遅い」


「すまない。石崎君との合流に少し手間取ってしまってね」


「……すまん」


石崎がぶっきらぼうに謝った。謝罪の形はしているのに、いつもの勢いが薄い。

澪が違和感を覚えた、その瞬間。


「初めまして」


小さな声がした。


石崎の後ろに、小学生くらいの背丈の女の子がいた。

背は低いのに、姿勢がやけに落ち着いていて、目だけが静かに澪を見ている。会場の熱気に飲まれていない。むしろ、周りを“観察”している目だった。


「石崎朱莉です。本日、兄がお世話になります」


澪は固まった。

石崎の妹――? 似ていない。雰囲気も、顔立ちも、何もかも違う。

勝手に“神谷の妹”だと思ってしまっていた自分に、遅れて驚きが来る。


その横で、ひなたは迷いなく前に出た。こういう時のひなたは速い。


「初めまして!朱莉ちゃん!私は朝倉ひなた!石崎くんの友達なんだ!」


朱莉はぺこりと頭を下げる。


「よろしくお願いします」


澪はまだ言葉が出ない。

その沈黙を石崎が見逃すはずもなく、眉を吊り上げた。


「おい、なんだその反応は。挨拶くらい返せ」


睨まれて、澪は我に返る。

舌が少しだけもつれる。こんなことで固まるのが腹立たしい。


「……は、初めまして。相澤澪。よろしく」


自分でも硬いと思った。

朱莉は気にした様子もなく、もう一度小さく頷いた。


ひなたが満足そうに笑い、神谷が穏やかに会釈する。

澪はそれを横目に見ながら、石崎のほうへ視線を戻す。


……石崎の目つきが、朱莉に向いた時だけ柔らかくなる。

ほんの一瞬。誰にも見せないところを見てしまった気がして、澪は視線を切った。


石崎が小さく舌打ちし、ひなたに向き直る。


「今日は妹の面倒を見ててくれ。くれぐれも頼んだぞ」


普段の口調のままなのに、妙に“頼んでる”響きが混じっていた。

ひなたはそれを受け止めるように、わざと大きくうなずく。


「りょーかい!!任せてよ!!」


石崎がむず痒そうに顔を背けた。

照れではない。たぶん、弱みを見せた自覚がある顔。


「……まあいい。行くぞ」


その場でひなたが手を叩いた。


「じゃあ!選手組は開会式の会場へ!私たちはスタッフさんについて観客席に行こう!」


スタッフに案内され、ひなたと朱莉は観客席の方向へ。

澪たち三人は選手導線に吸い込まれていった。


澪は一度だけ振り返る。

ひなたが朱莉の歩幅に合わせて、少しだけ歩く速度を落としている。

その姿を見た瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた。




開会式は――澪にとって、正直退屈だった。


協会の挨拶、普及活動の話、若い世代への期待、スポンサーの紹介。

拍手は多いのに、内容は頭を滑っていく。数字の話。未来の話。安全性の話。全部“正しい”。正しいから眠くなる。


澪は欠伸を噛み殺しながら、選手導線の通路を歩いた。

通路は選手専用なのに、壁際には報道用のカメラが並び、スタッフがインカムで連絡を取り合っている。

機材の光がチカチカして、視界の端が落ち着かない。


一方で神谷と石崎は静かだった。会場の空気を、黙って吸っている。

神谷は落ち着いてる。

石崎は……さっきから落ち着いてない。歩幅が微妙に速い。足音が強い。


「おい」


石崎が苛立った声を出す。


「なんだよその顔。緊張感ねえのか」


「別に」


澪は肩をすくめる。


「長い話が嫌いなだけ」


「ふざけてんのか」


「ふざけてない」


空気がピリッと立つ。

石崎が一歩寄り、澪もわずかに顎を上げた。目線がぶつかる。

ほんの一瞬、周囲の音が遠のいた気がする。


「まあまあ」


神谷が、間に入るように笑った。

声の温度がちょうどいい。熱を冷ましすぎない。火種だけ消す。


「二人とも、今やることじゃない。落ち着こう」


石崎が鼻を鳴らし、澪は視線を逸らした。

少しだけ、空気が戻る。


「……それにしても」


神谷が小さく言う。


「思っていた以上に、レベルが高そうなチームが多いね」


神谷の視線は、人の流れの向こう――別の控室へ向かう選手たちに向いていた。

歩き方、肩の力の抜き方、周囲の見方。

同じ学生でも、空気が違う奴がいる。


「……だな」


石崎も短く同意した。

その声が少し固い。澪はそこに“理由”を感じる。朱莉の顔が頭をよぎった。

だが澪は、そこに深入りしない。


「関係ない。叩き潰すだけ」


二人が一瞬だけ面喰らった顔になる。

神谷は小さく笑い、石崎は舌打ち混じりに吐いた。


「……まあ、そりゃそうだ」


通路の端で三人はスマホを開き、端末の大会ページを確認した。

試合時刻、対戦相手、集合場所。機械的な表示が淡々と並ぶ。

それが妙に現実的で、澪の高揚がまた一段上がる。


「初戦……時間、近いね」


神谷が静かに言う。

澪は頷く。


「行こう」


三人は対戦型ダンジョンへ向かった。

次の扉の先で何が待っていようと、やることは一つだ。




観客席は、スポーツの会場みたいにドーム状になっていた。

中央にリング。上部の巨大スクリーン。四方の観客席。

照明が強く、空気が熱い。人の体温と機材の熱が混ざって、肌に貼りつくようだった。


観客席はチケット制だったが、選手の関係者には優先枠があるらしい。

同じチームの関係者が近くなるよう配置されている。

だから、ひなたと朱莉は比較的近い場所で並んで座ることになった。


「朱莉ちゃん、見やすいね!ラッキー!」


ひなたが座席に腰を下ろし、前のリングを覗き込む。

朱莉は小さく頷き、手すりに手を置いたまま落ち着いている。

落ち着いているのに、指先だけは少し固い。手すりを握る力が微妙に強い。


……その時だった。


ひなたの隣、少し前の列に座る夫婦の姿が目に入った。

二人とも落ち着かない様子で、何度もスマホを確認している。

視線がリングに向くたび、表情が硬くなる。

緊張というより、祈りに近い。


(……なんか、澪ちゃんに似てる)


雰囲気が少しだけ。特に、視線の鋭さが。

ひなたは迷ったが、結局、声をかけた。


「すみません。あの……相澤澪ちゃんの関係者の方ですか?」


夫婦が驚いたように振り返る。

少し間があって、女性が小さく頷いた。


「……はい。娘です」


やっぱり。


「私、朝倉ひなたです。澪ちゃんと一緒にダンジョンに入ってる友達で……」


夫婦の顔が一段、強張る。

母親の目が、ひなたの顔を見てから朱莉に行く。

朱莉の存在に気づいたのか、ほんの少しだけ息を飲んだ。


「……澪が、あなたと?」


「はい。いつも一緒に行ってます」


父親の方が、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。


「澪は……昔、無能者だと言われていた。今は違う。しかし――」


母親が続ける。


「再生能力だって聞いて。戦闘向きじゃないんじゃないかって……。正直、心配で」


不安は、きっと今まで積もっていた。

“娘が戦う”という事実を受け止めるだけで長い時間が必要だったのだろう。

まして今日みたいな場所で、その不安は濃くなる。


ひなたは笑ってみせた。軽く、でも適当に聞こえないように。

笑って、息を整えて、それから言い切る。


「大丈夫です」


夫婦の目がひなたを見つめる。

ひなたは言葉を選ぶ。選びすぎない。相手が欲しいのは理屈じゃない。


「澪ちゃんはダンジョンで大きく成長しました。体も、心も。間違いなく今回の優勝候補です」


まだ不安そうな目。

ひなたはそこで、少しだけ声を落とした。


「……それに、澪ちゃんはいずれ最強になります。私はそう思ってます」


夫婦が言葉を失う。

今は“納得”じゃなく、“見てもらう”のが先だ。


前方のリングが照明に照らされ、会場全体の熱が一段上がった。

試合開始が近い。アナウンスの声が、観客席を撫でるように流れる。


ひなたは前を向く。


(見せてよ。澪ちゃん)


朱莉も、同じ方向を見ている。

小さな手が、手すりを少し強く握った。


やがて、アナウンスが響いた。

澪たちの試合が、始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ