澪VS石崎
澪たちは、来月の大会に向けて互いのことを知るため、対戦型ダンジョンへ来ていた。
この世界のダンジョンは、試練型でも対戦型でも、パーティ登録をしない限り同じ空間を共有できない。今回は観戦機能を使い、戦っていないメンバーは透明な壁の向こうから試合を見られる。
「じゃあ、澪ちゃんVS石崎くんから始めよっか!」
ひなたの声がやけに軽い。
澪はそれだけで肩の余計な力が抜けそうになるのを、呼吸で押し戻した。
(観戦されてるの、嫌いなんだけどな)
透明壁の向こうにはひなたと神谷。表情が見える距離だ。
澪は視線を戻して、石崎を見る。斧を握る指が太く、構えは雑に見えて無駄がない。体格も一回り大きい。
「期待を裏切らないでよ」
挑発のつもりで言うと、石崎はすぐ噛みついた。
「てめえこそ、弱かったら拍子抜けだ。あとで笑ってやるよ」
同時にカウントダウンが始まる。
澪はつま先の向きだけ調整して、重心をほんの少し前へ。石崎は斧を斜めに構え、踏み込みの足を決めた。
3
2
1
<start>
ゼロになった瞬間、二人とも飛び出した。
石崎のほうが先に間合いを潰す。武器のリーチがある分、攻撃の“届く場所”が広い。
斧が横から来る。風を切る音が短い。軽い――最初は軽い斧で速度を出している。
「うらあ!!」
澪は半歩だけ外へ逃がしてかわす。
すぐにカウンターの拳を返すが、踏み込みが甘い。掠るだけで終わった。
(今の距離じゃ浅い)
石崎は振り抜いた斧を返す。反転が速い。
二撃目。澪は距離を取って、刃先の軌道から外れる。
「おいおい。臆病じゃねえか。ゴーレムの時みてえな無鉄砲さはどこ行ったんだよ」
「うるさい」
澪は再生能力を持っている。だが“受けていい理由”にはならない。
切断されればその間は攻撃も防御も落ちる。再生の瞬間はどうしても隙が生まれる。
それでも澪は焦らない。最初の数手で、石崎の癖が見えてきた。
斧の戻し方、踏み込みの角度、重心の移し方――そして、当たる直前の妙な“溜め”。
「石崎。今ので決め切れなかった以上、お前の負けだ」
「は? 何言ってやがる。まだ始まったばかりだろうが」
「お前の身体能力はもう分かった」
「は?」
その瞬間、澪が踏み込む。
直線じゃない。斧の死角に入る角度で、半歩ずつ詰める。
石崎が迎え撃つように斧を振る。澪はひらりと身を捌き、蹴りを放った。
足の甲じゃなく、脛に近い硬い部分。体重を乗せて刺す。
「ぐっ……!」
石崎は斧で受けた。防げたはずなのに、腕が痺れる。
澪はそこを逃さない。追撃の拳が伸びる。
澪の拳が石崎を貫き、石崎はものすごい勢いで壁に吹き飛ばされた。
「……なんだ?」
手応えが抜けた。
硬い肉に当たったはずの感触が、途中で“空振り”みたいに軽くなる。
観戦席の方でひなたが思わず声を上げた。神谷も小さく息を漏らす。
石崎は壁にぶつかったのに、動ける。息は荒いが致命傷ではない。
澪はその理由にすぐ辿り着く。
「自分の質量を落としたのか」
「一瞬で見抜くんじゃねえよ。難しいんだぜこれ」
殴られる瞬間だけ、極限まで軽くして衝撃を逃がす。
“吹き飛ぶ”のはダメージを受け流すための選択だ。
「でも無駄。これを繰り返すだけで私の勝利は揺るがない」
「その前に殺してやるよ」
石崎が斧を構える。握り直しが一瞬だけ遅い。さっきの衝撃が残っている。
澪が走り出した瞬間――
「おおおお!」
石崎は掛け声とともに斧を地面に叩きつけた。
轟音と振動が空間に走る。床が跳ねたように澪の足裏が浮き、視界が揺れた。
「……っ」
離れていたのに影響が来る。
叩きつける瞬間に莫大な質量を載せたのだろう。衝撃が“波”みたいに広がってくる。
石崎は自分の質量も高めているのか、振動に耐えたまま先に動けた。
澪が体勢を整えるより一瞬早く、距離が詰まる。
(今か)
「終わりだ!!」
限りなく重い一撃が澪を襲う。
澪は避ける。だが刃の端が腕をさらった。
左腕が切断される。
澪は腕に目もくれず、かわした体勢のまま石崎を蹴り飛ばした。
重い一撃の“あと”は、どうしても隙が出る。そこに蹴りを差し込む。
「うお!?」
石崎が吹き飛び、距離が開く。
その一瞬で澪は落ちた左腕を拾い上げ、切断面に押し当てる。
ぐちゃり、と嫌な音がして、間もなく腕がくっついた。
皮膚が縫われるみたいに閉じ、骨が中で噛み合っていく。
「バケモンかよ」
「失礼なやつだな」
澪はあえて平然として見せる。相手の心を折るための言葉だ。
「お前の攻撃はもう治った」
「……ほざけ」
強がる石崎だが、劣勢を感じているのは隠せていない。呼吸が一段深い。肩の上下が大きい。
「終わらせる」
澪が呟き、突撃を始める。
今度は無理に一撃を狙わない。石崎の斧の戻しに合わせて、じわじわ距離を詰める。
石崎は迎え撃つが、明らかに動きが鈍い。
(やっぱり…)
さっきの一撃には石崎自身にも負荷がかかっていたのだろう。
質量が大きくなっても体の強度は変わらない。無理に質量を増やせば、その負担は自分に返ってくる。
だが、
「負けるかよ。負けるわけにはいかん」
石崎が気合を入れなおす。
呼吸を整え、足の運びが少し戻る。斧の軌道が鋭くなった。
澪は“戻っていく瞬間”の隙を突き、渾身の拳を叩き込む。
石崎がどうにか腕で防いだが、骨が粉砕した音が聞こえる。
だが、石崎は武器を放り投げた。
空いた腕で澪の体を掴む。指が食い込み、力が抜けない。
澪の体が妙な感覚に包まれ、石崎に持ち上げられる。
(軽い――)
自分の体重が消えたみたいになる。
石崎が質量を弄った。澪の反射が遅れる。
「らあああ!」
澪の体を振り回し、勢いよく床に叩きつける。
叩きつける瞬間に質量を重くし、ものすごい運動エネルギーを澪の体に叩き込む。
澪はバケツをひっくり返したような量の血を吐き出した。
体が焼けるように熱い。息が入らない。それでも思考だけは冷えていた。
(次を出させるな)
石崎が再度持ち上げようとした瞬間、澪は脚を振る。
深刻なダメージのせいで威力は出ない。だが、今の石崎を離すには十分だった。
澪は血を吐き出し、息を整えながら言う。
「やるじゃん。マジで死んだかと思った。」
石崎は息も絶え絶えに文句を返す。
「うるせえっ……むしろ……なんで、生きてんだよ?」
澪の体は再生を続けている。普段壊れる箇所ではない分、再生に時間がかかっているようだった。
澪が動かないのを見て、石崎は「もう勝ち筋がそこしかない」とでも言うように、ふらつく足を無理に前へ出す。
「いい加減死ね」
しかし精彩を欠いた一撃は澪に届かず、空を切る。
澪の視界がはっきり戻る。身体の熱が引いていき、息が入る。
再生が終わると同時に、澪は距離を詰めた。
「これで終わり。」
顎を殴り、意識を飛ばす。
石崎の目が一瞬見開かれ、それから糸が切れたように崩れた。
試合終了。
澪は肩で息をしながら、拳を握り直した。
*
観戦を解いたひなたと神谷が合流する。
石崎は復帰して早々、澪を見て吐き捨てた。
「対戦中にも思ったが、お前の戦い方化け物かよ。」
「失礼なやつだな。」
ひなたが笑って頷く。
「あははー。でも結構事実だと思うなー。はたから見てたら、なんで生きてるのーって感じだから。」
神谷も穏やかに頷いた。
「そうだね。でも石崎君もすごく強かったよ。」
今の対戦の振り返りで、澪の異常性と石崎の強さは十分に共有できたようだった。
「まあ認めてやるよ。てめえは今の俺より強い。このチームならこの大会も勝ち抜けるだろうよ。」
「なんで上からなんだよ。雑魚。」
澪はイラっと来たようで不要な喧嘩を始めた。
「もう!澪ちゃん!そんなことで喧嘩しない!!」
「にぎやかだねー。」
ひなたになだめられ、澪は咳ばらいをして三人を見回した。
言い合っても意味がない。
ひなたがぱん、と手を叩く。
「よし!来月の大会に向けて、澪ちゃん・神谷くん・石崎くんはダンジョンで仕上げる!」
「私は情報収集と作戦!相手の傾向とか会場のルールとか、そのへんまとめる!」
神谷は拍手で応えた。
「いいね。助かるよ。」
石崎は舌打ちで返した。
「……好きにしろ。」
まるでバラバラなチームに澪はため息が出るが、優勝できる予感に心が躍った。
ひなたが勢いよく拳を上げる。
「みんなでがんばろー!!」
神谷は拍手で応える。
「うん。頑張ろう」
石崎は舌打ちで返した。
「……好きにしろ」
澪は一歩だけ先に歩き出す。振り返らない。
「置いてくよ」
「待ってってば澪ちゃーん!」
ひなたの声が後ろから追いかけてきた。
その賑やかさを背中で聞きながら、澪は口元だけわずかに上げた。
(悪くない)
補足:ダンジョンで大怪我を負ってしまった場合、ダンジョンマネーでポーションの購入ができます。石崎の腕は蘇生による治癒ではなく、ポーションによる治癒で治っています
作中で説明がなかったため、後書きにて補足させていただきます




