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石崎を加えてパーティ登録を済ませた四人は、夕方のダンジョンへ足を踏み入れた。

今回は石崎の到達に合わせる形で、四層六階を攻略しながら実力確認をする。もっと正直に言えば、石崎が「組む価値」を測りに来た。


四層は遺跡めいた石造りで、床の継ぎ目や壁の陰に罠の気配が潜む。空気もどこか乾いていて、足音が妙に響いた。


「まずは情報共有からだな」


先頭を歩いていた石崎が、唐突に足を止めた。背負っていたバトルアックスを下ろすと、柄を握り直し、こちらを振り返る。


「俺の能力は質量操作だ。俺自身の重さや、触れたもんの質量を変えられる」


そう言うなり、石崎は斧を澪に投げてよこした。


反射で受け取った瞬間、澪は眉をひそめる。

軽い。軽すぎる。刃の重みがまるでない。紙細工みたいに手に収まって、武器としての“圧”が消えている。


「……何これ」


「重さは変わっても密度も体積も変わんねえ。形はそのままだ」


石崎は鼻で笑い、続けた。


「ただし軽いままだと威力は雑魚だ。武器としては終わってる」


澪は無言で斧を投げ返した。石崎は片手で受け取り、肩に担ぐ。

ひなたが「わあ」と小さく声を漏らし、神谷は興味深そうに目を細めた。


そのとき、前方の通路の奥が鈍く軋んだ。金属が擦れ合う重い音。

石の床がわずかに震え、鋼の巨体が姿を現す。


スティールゴーレム。

鉄塊を繋ぎ合わせたような身体に、赤い目が灯っている。腕を振るたび、関節が甲高く鳴った。


「質量は、軽けりゃいいってもんじゃねえ」


石崎が一歩踏み込む。

さっきの“紙みたいな斧”のまま、振り上げる動きは異様に速い。軽いから当然だ。なのに、澪の背中がぞくりとした。嫌な予感――“ここで変える”という確信が、石崎の足運びに出ている。


斧が落ちる。

叩きつける寸前、空気が沈んだ。


次の瞬間、轟音が爆ぜた。


金属を叩いた音じゃない。地鳴りみたいな衝撃が通路を揺らし、ゴーレムの胸部が一気にへこむ。鋼板が割れ、火花が散った。


「……は?」


澪の口から、思わず声が漏れる。

軽かったはずだ。なのに、今の一撃は“重さ”があった。しかもただ重いだけじゃない。叩き潰すための重さ。破壊のための質量。


怯んだゴーレムが腕を振り上げる。だが石崎はもう次の動きに入っていた。

横薙ぎ。斧が走ったラインに遅れて、ゴーレムの胴がずれていく。鋼が裂ける音が遅れて響き、二つに分かれた巨体が膝から崩れ落ちた。


「らああ!!」


ゴーレムが灰のように崩壊し、光の粒になって消える。


石崎は斧を肩に担いだまま、こちらへ戻ってきた。


「……まあ見ても分かんねえか。重さがありゃ、硬い相手でも壊せるってことだ」


澪は舌打ちを噛み殺した。強い。腹立つほどに分かりやすい強さ。

神谷は「なるほど」と小さく頷き、ひなたは満面の笑みで拍手しそうな勢いだった。


「すごいね、石崎くん! 今の、ぶつかる瞬間に重さ変えたの?」


「まあな。軽いまま振って、当てるときだけ上げる。無駄がねえ」


「ダンジョンの恩恵って、どんな感じで効いてるの?」


ひなたが目を輝かせる。石崎は一瞬うっとうしそうに眉をしかめたが、答えた。


「幅が広がる。昔より、上げ下げの限界がデカいな」


「へえ……!」


ひなたが食いつく一方で、石崎は歩き出してしまう。言い終わった瞬間に会話を切る癖があるらしい。


「それより先に進むぞ。お前らのこと、まだ認めたわけじゃねえ」


「えー。もう仲間みたいなものだと思ってるのに」


ひなたが軽口を叩いて追いかける。石崎のこめかみがぴくりと動いた。


「まだ決まってねえ。てめえらが雑魚なら組む価値もねえ。勝てねえ勝負に時間かけるほど暇じゃねえんだ」


「アハハ! 言うねえ」


ひなたは笑っている。澪はため息を吐いた。

こういう時、ひなたは妙に強い。空気を読まないんじゃなくて、読んだ上で踏み込んでくる。


「話してないで行こう。歩きながらでもできるでしょ」


「待ってよー、澪ちゃん」


ひなたがくっついてくる。神谷が楽しそうに肩をすくめた。


「前から思ってたけど、二人とも緊張感がないね」


「大丈夫かよこいつら」


石崎が吐き捨てる。

四人の歩幅は揃っていない。それなのに、不思議と隊列だけは崩れなかった。



通路を抜け、次の広間に出る。罠の気配を読みながら、澪は自然と周囲を見回した。

石崎は前方を睨み、神谷は少し後ろで全体を見ている。ひなたは――いつも通り、口が動いていた。


「神谷くんは有名だから、説明しなくても強さは知ってるでしょ?」


「まあ、噂はね。六層に入ったんだっけか」


「運が良かっただけさ」


神谷が柔らかく返す。石崎は「ふん」と鼻を鳴らした。


「だが、この無口女のことは知らねえ。到達階層が上だからって強いとは限らねえだろ。相性もある」


澪は返事をしなかった。否定するのも面倒だし、肯定する気もない。

ただ、石崎の言う“相性”という言葉が妙に現実的で腹立つ。頭が回っている。


「そうかもねー」


ひなたが、妙にあっさり頷いた。


「今の実力だけで言うなら、石崎くんも澪ちゃんも、わりと互角だと思うよ」


「……ならいいだろ」


「でもね」


ひなたの声が少しだけ明るくなる。悪い予感がした。


「澪ちゃんは、もっともっと強くなる。石崎くんをおいて行っちゃうくらいに」


石崎の足が止まった。振り返る目が鋭い。


「……なんだと?」


「ごめんごめん! 石崎くんが弱いって言ってるわけじゃないよ? ちゃんと強い。さっきも分かったし」


ひなたは笑ったまま続ける。止まらない。


「でも澪ちゃんは、レベルが違う。たぶん、神谷くんも追い抜く勢いで成長してる。」


「おい。神谷まで巻き込む気か」


石崎が苛立つ。神谷は苦笑して、ひなたを見る。


「それは結構先の話じゃないかな?」


「ううん。遠くないと思う」


ひなたが即答した。澪は横目でひなたを見る。

まただ。この子は、確信がある時だけ声の芯が変わる。


神谷が眉を上げる。


「……それはなぜだい?」


ひなたは、あっけらかんと答えた。


「私がいるから」


空気が止まった。

石崎も神谷も、言葉の意味を取りにいって失敗した顔をした。

澪だけが、なんとなく“ひなたが何を言おうとしているか”を察して、周囲の警戒に意識を移した。


「お前がいることで何になるってんだ。精神論なら根拠もねえゴミだ」


石崎の声が低くなる。澪は一瞬イラついたが、黙った。今はひなたの番だ。


ひなたは笑ったまま、肩をすくめる。


「うん、その言い方は腹立つけど……言いたいことは分かるよ」


そして、笑いの温度だけを落とした。


「根性で勝てるなら、私だってもっと楽してる」


石崎が少しだけ目を細める。

ひなたは続けた。


「私が言いたいのは、“気合い”じゃなくて――きっかけの話」


「きっかけ?」


神谷が促す。


ひなたは一呼吸置いて、言葉を選んだ。言い切りすぎない。けれど曖昧にも逃がさない。


「澪ちゃん、前に“イレギュラー”に当たったことがあるの。黒いミノタウロスだったなー。

明らかに事前情報のミノタウロスより強すぎて絶望だったよー。」


石崎が眉をひそめる。


「……そんなの聞いたことねえ」


「そりゃそうだよ。あれ、出回る類の話じゃないもん」


ひなたがさらっと言い、次に核心を落とした。


「だって澪ちゃんが当たったの、一層の十階だから」


石崎の顔が固まる。神谷も目を見開いた。


「……一層?」


「うん。普通なら起きない」


ひなたは淡々と続ける。


「“深い層”で、イレギュラーが起こった話はたまに聞くけど、1層でイレギュラーが確認された例なんて存在しない。」


石崎が舌打ちする。


「……だから何だ」


「だから私は、仮説を立てた」


ひなたは指を立てたりしない。取引みたいに並べもしない。

ただ、真正面から言った。


「ダンジョンって、“強い人”にだけ反応するんじゃない」

「ある条件を踏んだ時、変な札を出してくる。……澪ちゃんはそれを踏んだ可能性が高い」


神谷が静かに問う。


「条件……何の?」


「まだ分からない」


ひなたは即答した。ここで背伸びして断言しないのが、逆に強かった。


「でも、分からないからこそ――私がいる意味がある」

「澪ちゃんが伸びる場面、伸びない場面。そういう細かいズレを拾って、当たりを探す。外したら修正する」


石崎が鼻で笑う。


「……研究者ごっこかよ」


「ごっこじゃないよ」


ひなたはニコッと笑った。


「私は本気。澪ちゃんも本気。勝ちたいから」


その瞬間、広間の床が軋んだ。

鈍い金属音が二重に響き、スティールゴーレムが二体、同時に姿を現した。


神谷が剣に手をかけ、石崎が斧を持ち直す。

だがひなたが、ほんの少しだけ手を上げた。


「……待って」


澪はため息を吐き、ひなたを見る。

ひなたはウインクした。言葉はない。“見せて”という合図。


澪は前へ出た。


ゴーレムの拳が振り上がり、叩きつけられる。

澪は避けない。迎え撃つ。


拳と拳がぶつかったのは一瞬だった。

鋼がひしゃげ、砕ける。ゴーレムの拳が粉々に弾け飛んだ。

同時に、澪の腕も無事ではない。皮膚が裂け、骨が折れる音がする。熱い血が飛んだ。


それでも澪は止まらない。

折れた腕が、逆再生みたいに戻っていく。肉が繋がり、骨が形を取り戻す。痛みはある。あるはずだ。だが澪の顔色は変わらない。


「……邪魔」


澪が低く言って、ゴーレムの胴へ拳を叩き込んだ。

鋼の胸がへこみ、裂け、巨体が灰に変わって崩れた。


もう一体が跳ぶ。鋼の塊が浮く異様さ。全体重を乗せた拳が落ちる。


澪は治り切っていない両腕で受け止めた。

身体が壊れる音が広間に響く。石崎が目を見開く。神谷が息を呑む。

けれど澪は、膝すら折らなかった。


「終わり」


澪が短く呟き、ゴーレムの頭部を蹴り飛ばした。

頭が飛び、壁に叩きつけられ、石壁が抉れた。

ゴーレムの身体が遅れて崩れ、光の粒になって消える。


しばらく、誰も声を出せなかった。

血の匂いだけが残っているのに、澪の腕はもう元通りだ。


ひなたが軽い調子で言う。


「うん、いい感じ。これなら五層行っても大丈夫そうだね」


澪は腕を回し、感覚を確かめながら答える。


「散々壊したからね」


「いいじゃん。強くなれるんだから」


「”壊れてる“の私なんだけど」


「細かいことは気にしなーい」


ひなたが笑う。

石崎と神谷は、言葉を失ったまま澪を見ていた。話には聞いていた。だが、目の前で見ると別物だ。異常の解像度が上がる。


神谷がようやく口を開く。


「……相澤さん。痛みは、ないのかい」


澪は一瞬だけ考えた。痛み。確かに痛い。折れた瞬間は、きちんと痛い。

けれど、その感覚に意味を与えるより先に、澪はいつも次へ行ってしまう。


「別に」


澪はあっさり言った。


「勝てればいいでしょ」


神谷が言葉を飲み込む気配がした。石崎も、何かを言いかけてやめる。


ひなたが、そこで石崎に目を向けた。

声は明るい。だけど、逃がさない温度がある。


「ねえ、石崎くん。どうする?」


「……」


石崎は迷っていた。

澪の強さは異様だ。神谷の強さは正統だ。二人が揃えば、新人戦の優勝は夢物語ではない。

石崎には背負うものがある。時間も金も足りない。勝てる勝負を拾って、前へ進む必要がある。


だが――この三人は、普通じゃない。

特に澪は、危うい。


ひなたが一歩、石崎の横に並ぶように立った。真正面から詰めない。逃げ道を塞がない。

それでも、視線だけは合わせる。


「背負うものがあるって、悪いことじゃないよ。

背負うものがあるからこそ、石崎くんは強くなれると思うから。

だからこそ、私たちと一緒に戦ってほしいな」


石崎は、ふっと笑った。

くだらないくらい真っ直ぐで、腹が立つくらい眩しい。


「……いいだろう」


石崎が斧を肩に担ぎ直す。


「チームになってやる。足引っ張ったら承知しないぞ」


ひなたが飛び上がるように喜ぶ。


「やった! やったやった!」


神谷は穏やかに笑って、軽く頭を下げた。


「よろしく、石崎君」


澪は何も言わなかった。言う必要もない。

ただ、ほんの少しだけ息を吐いて、歩き出した。


四人の足取りは相変わらずバラバラだ。

けれど不思議と、歩調だけは合っていた。


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