仲間
チームを組むことになった以上、お互いのことを知るべきだ。
澪はそう判断し、放課後、神谷とひなたを連れてダンジョンへ向かった。
「へえ。もう四層に到達したんだ。僕より速いね」
ゲート前で、神谷が事もなさげに言う。
澪は眉をひそめ、隣ではひなたが嬉しそうに跳ねた。
「すごいでしょ!! 澪ちゃんはいずれ最強になるんだよー!」
「素直に驚いたよ。僕も未来の最強のチームメンバーだったって自慢させてもらう」
(こいつらうざ……)
澪は内心で辟易しながら、端末を操作する。
パーティ登録。名前を並べるだけの作業のはずなのに、指先がわずかに硬い。
三人で組む、という事実が、勝手に重みを持ってくる。
登録が完了すると、ゲートの縁が淡く光り、空気が一段冷えた。
「じゃ、行こっ!」
ひなたが先に踏み込み、澪と神谷が続く。
視界が一瞬白くなる。耳の奥が、ほんの少しだけ詰まる。
*
四層は遺跡のような構造で、罠が多い。
石畳の隙間、壁の模様、天井の影。どれも「何もない顔」で、平気で殺しに来る。
序盤は、それこそ何度もやられた。
「ひなたがね」
澪がさらっと言うと、ひなたが即座に噛みついた。
「そうだよ! 澪ちゃんは自力で罠を踏み潰していったけど、私のことまで守ってくれなかったんだから!!」
「あはは……」
神谷が苦笑する。
澪は肩をすくめた。
「しょうがないでしょ。自分が引っかかった罠以外に反応するなんて難しいんだから」
言いながら澪は足元を見る。
石板のわずかな沈み。風の抜ける音。砂埃が薄く溜まっている部分。
それらが「次に死ぬ場所」を教えてくれる。
ひなたも、もう慣れた。
澪の動きを見て、半拍遅れて同じ角度に身体をずらす。遅れてもいい。生きていれば学べる。
「八階まで来てるんだよね。今日はもう少し先まで行けるかも!」
ひなたが言うと、神谷は目を細めた。
(……半年前に始めたはずなのに、よくここまで)
四層は、探索者なら誰でも一度はつまずく。
罠の種類が多い上に、「死なない」ことに甘えた奴から順に雑になる。
それを、二人はちゃんと越えている。
しかも、聞いた話では澪は素手で潜っているらしい。
控えめに言って頭がおかしい。――けど、妙に嬉しかった。
(相澤さんなら、もしかして)
そのときだった。
神谷の足元で、ガゴン、と鈍い音が鳴った。
石が沈む、嫌な感触。
「「「あっ」」」
言う暇もなく、床が抜けた。
重力が落ちる。胃が浮く。風が顔を叩く。視界の端に石の縁が走り、身体が一気に暗い縦穴へ引きずられた。
――落とし穴。
*
「おっと」
神谷は体勢を整え、着地の衝撃を膝で流す。
澪も同じように、静かに衝撃を殺した。
「うわー……!」
ひなたは落ちる途中で澪の腕に掴まれ、そのまま抱えられる形で着地した。
四層では日常茶飯事。慣れていても気分のいいものじゃない。
「とりあえず、辺り照らすね」
神谷が指先を上げると、光球が生まれた。
冷たい白。温度のない光が、ゆっくりと空間を広げる。
広い部屋。
扉がひとつあるだけで、他に出口らしいものは見えない。
「出よう」
澪が扉へ歩き出した瞬間、耳の奥に“這う音”が触れた。
湿った擦過音。石の上を、鱗がなぞるような。
三人が同時に止まる。
神谷が光を強め、部屋の隅を照らし切った。
「――ラミアだ」
照らされた影が、ゆらりと頭を持ち上げた。
蛇の胴体が石に擦れ、鱗がわずかに音を立てる。
「ラミアだ!!」
ひなたが叫ぶ。
澪は反射で踏み出そうとしたが、神谷の腕がそれを制した。
「ここは任せて」
神谷の声は淡々としていた。
剣を抜く。構えも雑に見えるのに、空気が変わる。距離が遠いはずなのに、足元の安心が消える。
ラミアは威嚇して、じり、と胴を縮めた。
飛ぶ気だ。澪はそう読む。――だが。
「ごめんね。そこはもう僕の間合いなんだ」
神谷の剣が、軽く振られた。
次の瞬間、空気が“裂けた”。
白い線が走り、風圧だけが遅れて頬を撫でる。
ラミアが身をよじった。反応した、ように見えた。
でも、間に合わない。
首が、落ちた。
胴体が遅れて倒れ、鱗が石床に当たって乾いた音を立てる。
血の匂いより先に、静寂が来た。
「終わったよ。さあ、出よう」
神谷は、本当に何でもないことのように言った。
澪は奥歯を噛む。苛立ちが浮く。
あの一閃が気に入らない。余裕が気に入らない。――強さが気に入らない。
でも同時に、測れた。
(……届かない強さじゃない)
それが分かっただけで、胸のどこかが少しだけ落ち着いた。
「絶望」じゃなく「差」だ。差なら縮まる。
「強いね! 瞬殺だ! 今のが能力?」
ひなたが目を輝かせる。
神谷は剣を収めながら答えた。
「うん。光の能力で、僕は質量とか……ある法則を付与した光を生み出せるんだ」
「へえ、例えばどんな?」
緊張感の欠片もない会話をしながら、二人は扉へ向かう。
澪はため息を吐き、ひとつだけ決めた。
(後で、あいつには一言言う)
苛立ちを抱えたまま、二人の背中を追った。
*
ダンジョンから出ると、外の空気がやけに軽かった。
さっきの一閃が頭から離れない。強い。苛立つ。でも、測れた。
帰り道。
ひなたが急に歩幅を落とした。
「ねえ。やっぱりさ」
「なに」
澪が短く返すと、ひなたは少しだけ迷う顔をしてから、言った。
「人数、揃ってるけど……もう一人、集めようよ」
澪は足を止めた。
「は? 三人いるじゃん」
「“いる”と“戦える”は違うよ」
ひなたは笑顔を作ったまま、視線だけを澪に向ける。
普段の元気な声なのに、妙に固い。何かを考察するときの声色だ。
「二本先取でしょ。澪ちゃんと神谷くんが絶対勝つ前提でも、どっちかが崩れたら終わり。保険がないのは、作戦じゃなくて願望だよ」
澪は反射で言い返しかけて――言葉を飲み込む。
願望。
その言い方が、嫌に刺さった。
神谷が目を瞬かせ、穏やかに言う。
「今のままでも行けるとは思うけどね。でも、確かに絶対に2人で勝たないといけないのは不安か。探すだけ探してみようか」
澪はため息を吐いた。
「……別に。足手まといじゃなければ」
ひなたがぱっと明るくなる。
「よし! じゃあ決まり! 次はメンバー探し!」
澪はその声の軽さに苦笑しながら歩き出した。
――足手まといじゃない“もう一人”。
そんなやつを探す手間を考え、辟易しながら息をついた。




