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新人戦

二十五年前、地球にダンジョンが現れた。

それは人類に可能性をもたらし、同時に「強さ」という価値を、誰の目にも見える形で社会に刻みつけた。


相澤澪は、同級生・神谷悠斗に負けた日を境に、ダンジョンへ挑戦するようになった。

朝倉ひなたと二人で潜り、試練を越え、少しずつ“自分の変化”だけを積み重ねてきた。


そして秋。

昼休みの校舎裏、いつもの穴場で、ひなたがやたらと楽しそうにスマホを突き出してくる。


「ねえねえ澪ちゃん! これ! 出てみようよ!」


「……なに」


「ダンジョン大会!」


ひなたは大はしゃぎのまま、ページを指で素早くスクロールする。

文字の量だけで胸焼けしそうな公式サイトなのに、ひなたは楽しそうに噛み砕いてくるのがずるい。


ダンジョン大会。

対戦型ダンジョンの普及と一緒に、いつの間にか興行として根づいたイベントだ。

対戦型は死亡が起きない――蘇生前提の仕様だから、安全面のハードルが低い。さらに、ダンジョン内はなぜか電波が通る。撮影も中継も成立する。だから人が集まる。


小さなローカル大会から、かつてのオリンピック級の大規模なものまで。

大きい大会で勝てば、名前が広まる。実力が“客観”として残る。


「……私、ダンジョン歴半年だし。出ても負けるだけじゃない」


澪がそう言うと、ひなたは一瞬だけきょとんとして――すぐに、得意げな顔になる。


「そんなことないよー。澪ちゃんなら普通の大会でも、いい線いくと思う」


その言葉に、内心で舌打ちした。

いい線、で止まる。優勝なんて論外。予選を抜けられたら上出来。そう分かっているから苛立つ。


「でもね!」


ひなたは指を立てた。


「この大会は、澪ちゃんでも優勝できる可能性――大!」


「……なんで」


「高校生限定なのだ!! 新人戦!」


「高校生限定……?」


澪はサイトを覗き込み、条件を頭の中で組み立てる。

高校生なら、ダンジョン歴が長くてもせいぜい二年半程度。伸びには差がある。半年の自分でも、ゼロじゃない。


それに――澪は自分の手を見下ろす。

“修羅場”なら、学生の中で一番潜ってきた確信がある。どういう形であれ、あれは確かに経験だった。

半年前のミノタウロス戦なんて腕を吹っ飛ばしてでも掴んだ勝利だった。

最も、再生能力のおかげで今はなんとか動かせるが、当時は腕に障害が残り、しばらくは生活に苦労した。


対戦型のランクも、Dまで上がった。Cが見えている。

……それでも、神谷には届かない。今のままじゃ。


「……面白そう。で、詳細は?」


澪が言うと、ひなたは嬉しそうにうなずき、読み上げる速度を上げた。


「ルールは基本的な対戦型と同じ。相手を行動不能にしたら勝ち。武器は使えるけど、大会支給品に限定だって」


「支給品だけ?」


「うん。だから――澪ちゃんの“試練型で拾ったユニーク”も、持ち込み不可だね」


「妥当じゃない?」


澪は肩をすくめた。

ユニークは、同条件の勝負を壊す。自分だって分かっている。一般の大会だと黙認されることもあるが、学生大会ならなおさら整えるのが自然だ。


ひなたはさらにスクロールする。

そこまでは、よかった。


しかし次の瞬間、ひなたの顔色が変わった。


「あ、えっ……ちょっと、これは……」


指が止まる。目が泳ぐ。

澪は眉をひそめた。


「なに」


ひなたは言いづらそうに、スマホの画面を澪へ向ける。


「……団体戦みたい。定員、三人」


「は?」


澪の中で、嫌な計算が走る。

三人で登録。なら――足りない。


「……面倒な条件だね。あと一人、どうする」


澪が淡々と言うと、ひなたがギョッとして澪を見た。


「えっ、当てがあるの!?」


「ひなたのことだけど」


「私ぃ!?」


ひなたは飛び上がるように立ち上がった。

澪は逆に理解できない。ひなたはいつも一緒にいる。自然な人選だ。


「私、戦えないよ!?」


「別にいいじゃん。――って言いたいけど」


ひなたが早口で続ける。


「違うよ! これ、勝ち抜きじゃない! 二本先取の団体戦!」


「……二本先取?」


澪は画面を見て、舌の裏で小さく舌打ちした。

一試合ならまだ誤魔化せる。けど二本。

ひなたが戦えないなら、私ひとりで二本は取れない。そもそも“二人”ですら成立しない。


「……だから、あと一人が要る。勝てるやつが」


「そういうこと……登録条件、地味にえぐい……」


二人は同時に天を仰いで息を吐いた。

いつもの休憩所が、急に狭く感じる。


――と、そのとき。


足音が近づいてくる。

砂利を踏む、軽いリズム。

澪の背中が、勝手に固くなる。ひなたの声が一瞬遠のいた。


「やあ。ちょっといいかい?」


声をかけてきたのは、神谷悠斗だった。


澪は反射で舌打ちしそうになり――それをごまかすように、目だけを向けた。


「……なに」


「無粋だけど、少しお邪魔するね。お願いがあってさ」


「お願い?」


神谷はスマホを掲げる。そこには、さっきまでひなたが見せていたのと同じ大会ページが表示されていた。


「この大会に、一緒に出てほしいんだ」


澪のこめかみが、じわりと熱くなる。


「三人で登録しないといけないだろ? 僕、登録できなくてね。二人が探索者だって聞いたから、声をかけた」


神谷は爽やかに笑う。

ひなたの目が、一瞬で輝いた。


「ほんと!? 私たちもちょうど、あと一人探してたところ!」


「本当かい? よかった。当たってて」


意気投合する二人に対して、澪の目は半分死んだ。

――いや、助かる。助かる、けど。


澪は息を吐き、疑問をぶつける。


「神谷。あんたなら他に当てがあるんじゃないの」


神谷は、その言葉に目を伏せた。


「彼らは、僕とダンジョンには潜ってくれない」


「は?」


神谷は苦笑する。


「ランクが違いすぎるからって遠慮してね。……最近は、ずっと一人だ」


「へえ。意外だねー。神谷くん、友達多そうなのに。探索者の友達はいないんだ」


ひなたの悪意のない一言が、綺麗に刺さった。

神谷が分かりやすく落ち込むのを見て、澪は喉の奥で笑いをこらえる。


……まあ、今はいい。


「別に困らないでしょ。私たちもいるし」


「澪ちゃんは本当に友達いないもんね! 私以外!」


(黙れ)


そう思ったが、口にするのも面倒で澪は無視した。


神谷は澪の言葉に意外そうな顔をした。


「意外だな。相澤さん、僕のこと嫌ってるのかと思ってた」


澪は一瞬だけ考える。

確かに、転校してきた頃は近づけまいとしていた。けれど最近は、そこまででもない。嫌悪感が消えたわけじゃない。ただ――整理がついていない。


「さあ。なんだろうね」


澪は答えを濁して、話を切る。


「それより。登録するなら早くして」


「ああ、そうだね」


「じゃあ! 黎明高等学校二年生チーム結成! 拍手ー!」


ひなたがぱちぱちと手を叩き、神谷も合わせる。

澪はため息を吐いた。


助かった。……はずだ。

なのに、チームにそこはかとない不安がまとわりつく。


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