神谷の蹂躙
対戦型ダンジョンの入口をくぐると、
澪の前に淡く光る影が現れた。
人の形をしているが、輪郭は曖昧だ。
性別も年齢も分からない。
《対戦型ダンジョンへようこそ》
声は空気を震わせず、直接頭に響く。
《受付を開始します。対戦形式を選択してください》
表示された選択肢の中から、
澪は「任意対戦」を選んだ。
事前に合意した相手と戦う場合はこの形式を使う。
《対戦相手を確認します》
短い間。
《対戦相手:神谷 悠斗》
名前が表示される。
《双方の合意を確認しました》
《対戦を開始します》
光が強まり、
澪の視界は一瞬で切り替わった。
*
対戦型ダンジョンのフィールドで、
澪は神谷と向かい合っていた。
人工的に整えられた無機質な空間。
観客はいない。
神谷の視線が、澪の手元に向く。
「短刀にしたんだ」
少しだけ、感心したような声。
「小さい刃物でも、急所を狙えば致命傷になる。
扱いやすいし、いいチョイスだと思うよ」
――こいつ。
澪は内心でそう思いながら、短く返す。
「……まあ」
悪気がないのは分かる。
分かるからこそ、腹が立つ。
《対戦を開始します。カウントダウンを開始》
視界の端に、数字が浮かんだ。
十。
九。
八。
澪は短刀を強く握る。
七。
六。
五。
距離を測る。
四。
三。
二。
一。
《開始》
ゼロになった瞬間、澪は前に駆け出した。
迷いはない。
店員に言われた通り、刃先を相手に向けて突き出す。
――当てる。
そう思った。
だが。
次の瞬間、神谷の姿が視界から消えた。
短刀は空を切り、
手応えはない。
「っ――」
気づいたときには、手首に衝撃が走っていた。
乾いた音。
短刀が、澪の手から弾き飛ばされる。
床を転がり、遠くで止まった。
「……」
想像していた以上だった。
澪は一瞬だけ立ち尽くし、
それから短刀を拾いに走る。
拾い上げ、神谷の方を向いたところで、
違和感に気づいた。
――追ってこない。
今なら、距離を詰められたはずだ。
終わらせることもできたはずだ。
「……どういうつもり?」
澪は問いかけた。
「なんで、終わらせなかったの」
神谷は肩をすくめる。
「まあ、なんとなくかな」
あまりにも軽い。
真剣に向き合っている自分が、
馬鹿みたいに思えてくる。
怒りが湧き上がる。
けれど、それを言葉にできなかった。
どうやら、
両者の間にはそれだけの差があるらしい。
神谷は少しだけ視線を伏せてから、
軽く言った。
「ごめん。もう終わらせるよ」
次の瞬間。
距離が、一気に詰まる。
避けようとした。
反応しようとした。
でも、体が追いつかない。
視界の端で、
神谷の肩が動いたのが見えた。
――鈍い衝撃。
顎の下を、正確に打ち抜かれる。
息が詰まり、視界が揺れた。
足から力が抜け、
澪の意識はそのまま闇に沈んだ。




