感情の正体
約束の日。
澪は男たちとの待ち合わせ場所に立っていた。
約束の時間は午後二時。
時計を見ると、現在は一時五十分。
——もう来てもいい頃合いなのに。
十分が過ぎた。
「おう、待たせたな、嬢ちゃん」
声をかけてきたのは、あのリーダー格の男だった。
「遅い。……まあ、時間通りだからいいけど。じゃあ、さっさと行こう」
澪が淡々と言うと、男は軽く肩をすくめる。
「おいおい、ちょっと休憩してからでもいいじゃねえか。なあ、お前ら?」
「まあ、そうですね。色々と話も聞きたいですし」
「ひひっ……私はどちらでも」
三人のやり取りに、澪はうんざりする。
「戦った後でいいでしょ。早く済ませよう」
ふと、男が思い出したように言った。
「そういやこの前さ、途中で帰ったよな。今日はこの後、空いてんだろ?」
「……ああ」
澪は一瞬だけ視線を逸らし、すぐに答える。
「今日この後、付き合うから。それでいい?」
「おう。じゃあ今晩な」
それ以上会話を続けることなく、一行はダンジョンへ向かった。
⸻
対戦型ダンジョンでは複数戦も可能だが、人数が揃っていなければ成立しない。
そのため、今回も一対一。
事前の取り決め通り、リーダー格の男が代表として出る。
ローカルマッチを選択し、男の名前を指定する。
《対戦相手を確認します》
《対戦相手:鈴宮 恒一郎》
《双方の合意を確認しました》
《対戦を開始します》
澪の視界が切り替わる。
昨日と同じ、円形のフィールド。
カウントダウンを聞きながら、澪は静かに呼吸を整えた。
——そうだ。
私は、この瞬間を楽しみにしていた。
《開始》
合図と同時に、男が飛び出す。
「ふんっ!!」
勢いそのままに放たれた拳。
澪は一歩も退かず、自分の拳を叩きつけた。
——グシャリ。
潰れた肉と骨の感触が、二人の耳に響く。
男は何が起きたのか理解できず、自分の拳を見下ろした。
「……ぎゃああああっ!?」
「バカだなぁ」
澪は静かに言う。
「剣を使えばよかったのに。……ああ、もしかして、私を格下だと思ってた?」
三日前とは、もう違う。
オーガとの死闘を越えた今、
澪と男の間には、埋めようのない実力差があった。
通常、五層のオーガに勝てなかった探索者が選ぶのはパーティだ。
人数を増やし、役割を分け、リスクを分散する。
だが、それは同時に——
ダンジョンの恩恵を分け合うということでもある。
男たちは、そこまで強さに貪欲ではなかった。
オーガを倒しただけで満足し、
その先を目指そうとはしなかった。
三日前、澪は彼らの戦いを見ていた。
その時は、確かに自分より強く見えた。
けれど今は違う。
同じオーガを倒しても、
そこで得たものの“濃さ”は、まるで違っていた。
「……ここから始まるのは」
澪は呟く。
「戦いじゃない」
澪は覚えている。
あの時、笑われたこと。
見下された視線。
惨めだった、あの記憶。
言い訳はいくらでもできた。
素手だから。
能力がないから。
でも、そんなことを言えば、もっと惨めになると思っていた。
だから黙っていた。
——でも、今は違う。
「傑作だね」
澪は男を見下ろす。
「一か月もダンジョン経験がない初心者に、ボコボコにされる気分はどう?」
「私はね……」
澪の口元が、わずかに歪む。
「最高に、気分がいいよ」
その後の光景は、見るに耐えない蹂躙だった。
もうやめてくれと、
十六歳の少女に懇願する大の大人。
澪は、自分がこの男の“上”に立っていることを実感し、
胸の奥が熱くなるのを感じた。
——ああ、これだ。
理解した。
あの時の感情が、何だったのか。
偉そうにしていた大人が、
惨めに這いつくばる姿。
それを見ることが、たまらなく好きだった。
他人を超えることが、楽しかった。
「ああ……」
澪は心底思う。
「ダンジョンって、いいな」
これからの人生を、
ここに費やしてもいい。
そう思えるほどに。




