止まらない衝動
ボス部屋に足を踏み入れた、その瞬間だった。
視界の端で、何かが動いた。
「――?」
澪が反応するより先に、ワイヤーが伸びてくる。
腕に掛かっていた借り物の武器を絡め取り、そのまま引き戻していった。
男たちの方へ。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
だが考える間もなく、空気が震える。
コボルドたちが、雄叫びを上げて襲いかかってきた。
澪は反射的に跳び退く。
足元を薙ぐ衝撃をかわしながら、状況を把握する。
――武器を回収された?
理由は分からない。
だが、すぐにどうでもよくなった。
正直、邪魔だった。
澪は軽く息を整え、敵へと向き直る。
コボルドは五体。
重装のナイトが二体、後衛のシャーマンが二体。
中央に、キング。
一体一体は大したことがない。
数と連携で押してくるタイプのボスだ。
とはいえ――
「……前衛がしょぼいと、連携も何もない」
澪は一番近くにいたナイトを視界に捉え、そのまま走り出した。
ナイトは盾を構える。
正しい対応だ。
澪は、その盾ごと拳を叩き込んだ。
鈍い音が響き、ナイトの身体が後方へ吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、辛うじて立ち上がる。
舌打ちする。
その瞬間、横から熱が走った。
シャーマンの魔法だ。
だが、炎は遅い。
澪は歩くようにそれを避け、もう一体のナイトへ踏み込む。
反応させる間もなく、鎧ごと腹部を殴り抜いた。
金属が歪み、内臓が圧迫される。
ナイトは呻き声を上げたが、すぐに踏み潰され、動かなくなった。
澪は痛む腕を気にも留めず、前へ出る。
最初に吹き飛ばしたナイトが、盾を構えて立ちはだかる。
だが、今さら障害にもならない。
半壊した盾ごと殴り抜き、止めを刺す。
再び炎が飛んでくる。
当たるはずもなく、床を焦がすだけだった。
そこでようやく、キングが動いた。
だが、澪は慌てない。
一瞬だけ、キングを観察する。
――本当に、あのオークより強いのか?
浮かんだ疑問を、すぐに頭の外へ追い出す。
澪はキングへ向かって走った。
キングは大剣を振り上げ、正面から迎え撃つ。
澪はスライディングでその股下を抜け、そのまま進路を変えた。
狙いは後ろだ。
邪魔者を先に消す。
シャーマンたちは距離を取ろうとするが、遅い。
一体ずつ、澪の拳で叩き潰された。
キングに向き直る。
「一対一だ」
キングは雄叫びを上げ、大剣を構えて突進してくる。
澪は、しっかりと相手を見る。
振り下ろされた刃を冷静にかわし、間合いに入った。
「……終わり」
全力の回し蹴り。
キングの頭部が弾け飛び、壁に当たって消える。
胴体も遅れて砂となった。
「……手応え、ないな」
足に走る痛みを確認する。
骨が折れ、筋肉が断裂している。
だが、すでに再生が始まっていた。
「完全に動けるのは……二、三分ってところか」
そう認識してから、澪はふと思い出す。
――あの人たち。
周囲を見渡すと、ボス出現地点の反対側。
壁際に、三人が固まって立っていた。
「……何してるの?」
声をかけても、反応はない。
澪は小さく息を吐き、もう一度声を出す。
「なんとなく、そんな気はしてた。反応、怪しかったし」
男が、気まずそうに視線を逸らす。
「いや、その……まあ、いいじゃねえか。勝ったんだし」
ここで言っても意味がない。
澪はそう判断した。
それより――
胸の奥に残った、名前のつかない衝動が気になった。
考えるより先に、言葉が出る。
「おじさん。対戦しない?」
「……は?」
「今日じゃないけど。疲れたし」
三人は揃って、理解できないものを見る顔をした。
「本気か? コボルド倒したくらいで、俺たちに勝てると思うなよ」
「じゃあ、三日後でいい?」
「……お、おう」
「じゃあね」
足は、もう動いた。
澪はそのまま背を向け、歩き出す。
後ろで何か言っていたが、聞かなかった。
もう、進むと決めていた。




