基準
通学路を歩きながら、澪はぼんやりと前を見ていた。
いつもと同じ道。いつもと同じ景色。
学校に着いてからも、特に変わったことはない。
教室の窓際の席に座り、外を眺める。
グラウンドでは、体育の授業をしている後輩たちが走っていた。
楽しそうにも、苦しそうにも見えない。ただ動いているだけだ。
「……はぁ」
小さく、ため息が漏れた。
何かを考えることさえ、億劫になってきている。
理由を探す気にもならない。
気づけば授業は終わり、放課後になっていた。
「……大丈夫?」
隣から声がかかる。
ゆっくりと顔を向けると、ひなたが心配そうにこちらを見ていた。
「今日、一日中ずっとぼーっとしてたみたいだから。何かあったのかなって」
本当に心配している顔だった。
演技でも、社交辞令でもない。
「もしかして……お腹空いてる?」
「……は?」
「だって、お昼ほとんど食べてなかったでしょ? それで元気ないのかなぁって」
一日中元気がないことと、昼食の量にどんな関係があるのか。
そう思ったが、口には出さなかった。
「昼食食べてないくらいで、そんなことにはならない」
「……そうなんだ」
それで話は終わるかと思った。
澪は席を立とうとする。
「ねえ」
ひなたが、もう一度声をかけてきた。
「澪ちゃんって、普段何してるの?」
「……何それ。関係ある?」
「あるよ。澪ちゃんのこと、知りたいなぁって思って」
普段、何をしているか。
澪は一瞬、言葉に詰まった。
ゲーム。
学校。
家。
どれも違う気がした。
「……別に。関係ない」
それだけ言って、澪は教室を出た。
逃げるように、という表現が一番近い。
家に帰って、ゲームを起動した。
いつもなら時間を忘れるはずなのに、今日は違った。
つまらない。
理由は分からない。
ただ、指が止まる。
澪はゲームを切り、外に出た。
散歩でもしよう。
それくらいの気持ちだった。
見慣れた住宅街を歩きながら、空を見上げる。
雲の形を目で追う。
――私は、普段何をしていたんだろう。
ふと、あの配信のことを思い出した。
昨日も、何本か見ていた。
やはり敏捷系の能力者だったらしい。
『火力が足りないんだよねぇ。新しい武器、買おうかな♪ 目指せ四階攻略!』
軽い声。
軽い決意。
「……ダンジョンか」
次の瞬間、オーク戦の記憶が蘇る。
壊す覚悟。
自分で砕いた手足の感覚。
殴り抜いた瞬間の、高揚。
気づけば、澪はダンジョンの前に立っていた。
「お? またあの嬢ちゃんか」
声をかけてきたのは、三人組の探索者だった。
中央の男が、いかにも楽しそうに口元を歪める。
横では眼鏡の男が、困ったような顔で首を傾げている。
もう一人は、澪の俯いた顔を、じっと見つめていた。
「どうしたんだぁ? またオーク相手に逃げ帰ってきたのか?」
「やめとけよー、そんな言い方」
眼鏡の男はそう言うが、止める気はなさそうだった。
「それともさぁ……こわくて泣いちゃったのかな?」
澪が俯いているのを、完全に勘違いしているらしい。
「オークごときに勝てないなら、探索者の才能ねえって。なあ?」
「……オークごとき、か」
澪は、ゆっくりと顔を上げた。
あの戦い。
あの瞬間。
確かに、私はあいつを上回った。
だが――
あいつでさえ、一層一階のボスでしかない。
目の前の男たちを見る。
こいつらは、あのオークより強いのだろうか。
「ねえ、おじさん」
「おじさんじゃねえ!! なんだよ」
「……お兄さんたちのパーティに、同行させてくれない?」
一瞬、空気が止まった。
三人の表情が、ゆっくりと歪む。
それが、どういう意味か。
澪は、もう分かっていた。




