準備
対戦は、三日後に決まった。
「明日は無理。準備もあるから」
そう言ったとき、神谷は一瞬だけ目を瞬かせてから、すぐに笑った。
「いいよ。三日後で」
軽い調子だった。
断られる可能性なんて、最初から考えていなかったみたいに。
放課後にやる、という条件だけは変わらない。
休日は使いたくなかったし、わざわざ時間を空ける理由もない。
それ以上のやり取りはなく、その日は終わった。
*
家に帰ってから、私は対戦型ダンジョンについて調べた。
今まで興味がなかった分、知識はほとんどない。
まず、対戦型ダンジョンは蘇生可能。
つまり、試合中に殺されても死なない。
次に、ランクとレートという二つの指標がある。
ランクは、強さの段階分けだ。
基本的に、同じランクの相手としかマッチングしない。
レートは、そのランク内でどれだけ勝ってきたかを示す数値。
百まで上げると、ランクアップ用の試練モンスターに挑戦できる。
それに勝てば、次のランクへ進める。
さらに、対戦型ダンジョンには他のダンジョンにはない特性がある。
全世界共通。
どこで潜っても、ランクもレートも変わらない。
対戦相手も、国や地域を問わずにマッチングされる。
勝者には、エネルギー結晶。
ランクに応じた金属資源。
そして、レートの上昇。
敗者は、レートが減少する。
ただし、双方が合意すれば、レートの変動がない試合を行うことも可能だった。
条件付きとはいえ、負けても失うものはほとんどない。
一通り読み終えて、端末を閉じる。
澪は机から離れ、ベッドに倒れ込んだ。
天井を見上げながら、さっき読んだ内容を思い返す。
「……合理的すぎるでしょ」
思わず、そうつぶやいていた。
ランクにレート。
勝敗に応じた報酬と損失。
人が競い合うことを前提に、最初から組み上げられている仕組み。
まるでダンジョンは、
より多くの人間を、より長く競わせたいみたいだった。
しばらく天井を見つめたまま、何も考えずにいた。
やがて、意識が別のところへ移る。
――神谷との対戦。
条件は、神谷側が圧倒的に不利だ。
右手は使わない。
武器も、能力もなし。
それでも、勝てる気がしない。
Cランクという肩書き以上に、
「そう簡単には届かない」という感覚がある。
その事実を、
冷静に理解してしまった自分が、少しだけ情けなかった。
だから。
失うものはない。
勝ったらラッキーくらいでいい。
そう思うことにして、澪は目を閉じた。
*
翌日。
澪は一人で、対戦型ダンジョンの施設に向かった。
特別な理由はない。
友達はいないし、誘う相手もいない。
無能者と呼ばれている人間に、
わざわざ付き合いたいと思う人はいないらしい。
別に、今更それをどうこう思う気もなかった。
受付を済ませると、
澪はそのまま併設されたショップに向かう。
右も左も分からない状態で悩むのは、時間の無駄だ。
「すみません」
棚を見る前に、店員へ声をかけた。
「初心者で、一対一の対戦です。
武器のおすすめを教えてください」
店員は端末を操作しながら、事務的に頷く。
「承知しました。
念のため確認しますが、能力は何系ですか?」
予想通りの質問だった。
「……特に使えるものはありません」
店員の指が一瞬だけ止まる。
けれど、すぐに何事もなかったかのように入力が再開された。
「身体強化なし、外部顕現なしですね。
問題ありません」
声色は変わらない。
同情も、驚きもない。
それが、かえってありがたかった。
「その条件でしたら、短刀が無難です」
店員は棚の一角を指さした。
「長物は扱いが難しく、初心者ほど事故が多いです。
槍は筋力を要求されますし、弓は対戦向きではありません」
消去法で、短刀が残る。
「こちらをどうぞ」
渡された短刀は、思っていたよりも軽かった。
「刃は常に相手に向けてください。
振り回す武器ではありません」
「距離を詰めるときほど、踏み込みすぎないように」
淡々とした説明を、頭の中でなぞる。
無理に覚えようとはしない。
ただ、忘れないようにする。
短いレクチャーが終わり、短刀を返却する。
今日は、これで十分だ。
施設を出ると、外はもう夕方だった。




