暇な日常
澪は、代わり映えのしない登校路を歩いていた。
見慣れた街並み。いつも通りの信号。いつも通りの人の流れ。
オークと対峙していたあの張り詰めた感覚が、まるで嘘だったかのように、街は平和だった。
あくびが出る。
本当に、暇だ。
学校に着き、教室に入った瞬間、澪は小さな声に気づいた。
ひそひそと、抑えた調子の話し声。
――聞こえた。
以前からあったはずのそれが、今日はやけにはっきり耳に入る。
どうやら、話題は自分らしい。
髪がぼさぼさだとか、女子としてどうなのかとか、そんな内容だ。
ふと、好奇心が湧いた。
自分でも理由は分からない。
考える前に、声が出ていた。
「ねえ、何の話?」
女子たちが一斉にこちらを振り返る。
「え、あ……いや……」
「ちょっと、推しのダンジョン探索者の話してただけで……」
「推し?」
澪が聞き返すと、女子たちは互いに視線を交わした。
「ね、ねえ、そろそろ始業だし席つこうよ」
「そうそう」
そう言って、彼女たちはそそくさと散っていった。
「ふーん」
澪はそれ以上何も言わず、自分の席に戻った。
――我ながら、なぜあんなことをしたのだろう。
闘士オークを倒して、調子に乗ったのか。
それとも、ただ気になっただけか。
少し考えて、やめた。
今さら答えが出る気もしない。
今日は席替えの日だった。
澪は教室をぼんやりと眺める。
正直、誰が隣でも構わない。興味もない。
早く終われ、とだけ念じているうちに、席替えは終わった。
隣に座った女子を見て、澪はわずかに首を傾げる。
見覚えがない。
「どうも」
「うん。よろしくねぇ。わたし、ひなたっていうの」
「……澪」
それだけ言って、澪は窓の外に視線を戻した。
挨拶は済んだ。それ以上話す必要はない。
昼休み。
澪は何となく教室を見渡した。
「……目立つな、あいつ」
視線の先には神谷がいた。
相変わらず女子に囲まれて、どこかへ行くらしい。購買だろうか。
まあ、どうでもいい。
そう思って目を逸らしかけた、その時だった。
神谷が、こちらに向かって手を振った。
女子たちが不思議そうに視線を辿る。
澪は反射的に、顔ごと体をそらした。
――私は関係ありません。
そう言わんばかりの動きだった。
「……あいつ、いつか痛い目見るな」
小さく呟いて、澪は昼食を取ることにした。
今日も、カロリーメイトとゼリー、野菜ジュース。
机に並べて、流し込むように栄養を摂取する。
その時だった。
「ええっ!?」
ひなたの驚いた声が響く。
「お昼、それだけなの!?」
信じられないものを見る目で、こちらを見てくる。
「……普通でしょ」
「全然普通じゃないよ!? ごはん分けてあげようか?」
余計なお世話だ。
このままだと、妙な空気になりそうだった。
「いらない」
それだけ告げて、澪は教室を出た。
それから先は、特に何事もない一日だった。
放課後。
校舎を出ながら、澪はふと考える。
「……これから、どうしよう」
闘士オークとの戦いを終えたあと、妙に気力が落ちていた。
燃え尽き症候群、というやつかもしれない。
「なんか、ないかな」
心にもない言葉を呟きながら、澪は帰路についた。




