報酬
ボス部屋で、澪は自分の身体を見下ろしていた。
異常だ、とまず思う。
ダンジョンの恩恵で説明できる範囲を、明らかに超えている。
先ほどまで、立つことすら不可能だった足は、今では体重をかければどうにか支えられる程度まで回復していた。
腕に至っては、痛みと、わずかな違和感が残るだけだ。
「……どうして?」
無意識に声が漏れる。
――無能者は、ダンジョンに潜ることで能力を授かる。
そんな噂を、どこかで聞いたことがあった。
与太話だと思っていた。
今も、正直そう思っている。
これは「与えられた」という感覚じゃない。
ずっとあったものが、限界まで引きずり出された――そんな感じだ。
「……過信できるものじゃない」
再生には時間がかかる。
その間、動けない。無理に動けば、悪化する。
考えなしにやるものじゃない。
少なくとも、何度も繰り返していいやり方じゃない。
澪は小さく息を吐いた。
なんとか動けるレベルまで回復したのを確認し、ボス部屋の奥へ向かう。
宝箱は、そこにあった。
「……何が入ってるんだろ」
少しだけ、期待する。
苦労に見合うものがあってほしい、という程度の気持ちだ。
中に入っていたのは、大きめのエネルギー結晶と、見慣れないアンクレットだった。
「……なにこれ?」
眺めてみても、何ができるものなのかは分からない。
分からないものは、分かる人に聞くしかない。
「……今日は、もういいか」
疲労が、ようやく実感として押し寄せてきた。
澪はダンジョンを後にする。
試練型ダンジョンでは、階層ボスを倒すと、その階と入口を繋ぐワープが使えるようになる。
これで、次は一層二階から探索できる。
ワープを抜け、地上に出る。
「……こんな感じなんだ」
少しだけ、不思議な感覚だった。
そのまま澪は、国の管理下にある換金所へ向かう。
午後二時。人は少ない。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「あの……このアンクレット、何かわかりますか?」
そう言って差し出すと、職員は一瞬だけ目を見開いた。
「鑑定が必要ですね。こちらへどうぞ」
別室に案内され、しばらく待たされる。
戻ってきたのは、先ほどの職員と、もう一人。
妙に体格がよく、見るからに探索者だ。
「お待たせしました。鑑定結果の前に、いくつか確認させてください」
「……なんでですか?」
「盗難品でないかなどの形式的な確認です」
納得はしていないが、断る理由もない。
澪は質問に答える。
やり取りの途中で、エネルギー結晶の存在を思い出した。
「……それも換金、お願いします。初めてで」
「承知しました」
最後に、職員が問いかける。
「こちらは、どこで入手されましたか?」
「一層一階のボスです。闘士オーク」
一瞬、空気が止まった。
「……記録には、ありませんね」
隣の大男が口を開く。
「嬢ちゃん。本当に、あれからか?」
「ボスでしょ? 今まで出なかっただけじゃない?」
職員は短く息を吐いた。
「……分かりました」
「鑑定結果ですが、こちらはユニークアイテムに分類されます。効果は不明。しばらくお預かりして調査することもできますが」
「……取り上げられたり、しませんよね?」
「ご安心ください。ダンジョン法により、正当な取得物の所有権は探索者本人に帰属します」
澪はうなずいた。
換金の手続きは、思ったより時間がかかった。
だが次回以降は簡略化されるらしい。
ようやく外に出て、端末を確認する。
表示された残高を見て、澪は息を吐いた。
現実の数字だ。
……戻れないな。
そう思いながら、次にどこまで潜るかを考えていた。




