一撃
部屋に戻ると、澪はベッドに腰を下ろしたまま動かなかった。
天井を見上げるでもなく、スマホを見るでもない。
ただ、今日の戦闘を頭の中で反芻していた。
ウルフも、ゴブリンも。
結局は同じだ。
まず動けなくする。
転ばせる、気絶させる、足を潰す。
それから、何度も何度も――頭を踏み抜く。
刃物があれば、話は違う。
頸動脈を切れば終わる。
でも、素手ではそれができない。
殴って殺すなら、致命傷になるのは首だ。
骨を折る。
それだけで済む。
問題は、届かないことだった。
筋力が足りない。
高さも足りない。
闘士オーク相手に、正面から首を折れるほどの一撃なんて、今の自分にはない。
勝つには――膝をつかせるしかない。
体勢を崩し、一番威力の出る打撃を叩き込む。
そこまで考えて、澪は小さく息を吐いた。
今のままじゃ、無理だ。
「……何か、方法を探さないと」
そう呟いたところで、意識が途切れた。
疲労は、思っていた以上に溜まっていたらしい。
⸻
翌朝。
目を覚ました澪は、ほとんど迷わず準備を始めた。
今日もダンジョンに潜る。
目的は一つだ。
行動不能にしなくても、ゴブリンやウルフを殺せるようになること。
ダンジョンに足を踏み入れてすぐ、ゴブリンが現れた。
見慣れた、醜い姿。
こいつを、どうやったら――。
考える間もなく、ゴブリンが突っ込んでくる。
澪は一歩踏み込み、拳を繰り出した。
鈍い手応え。
確かに効いている。
ゴブリンは腹を押さえ、苦しそうに呻いた。
だが、倒れない。
致命傷には程遠い。
動きは鈍っている。
それでも、まだ戦える。
「……こんなんじゃ、ダメだな」
澪は呟き、次の動作に移った。
頭を蹴り、気絶させる。
倒れたところを、何度も踏み抜く。
砂となって消えるゴブリンを確認し、短く言った。
「次」
それから、どれくらい経ったのか。
ゴブリンも、ウルフも、何体倒したか分からない。
同じことの繰り返し。
進歩がない。
苛立ちが、じわじわと溜まっていく。
また、ゴブリンが現れた。
同じ動き。
同じ突進。
「本当に、同じような攻撃しかしてこないな……!」
吐き捨てるように言いながら、澪は前に出た。
その拳に、いつもより力が入っていた自覚はない。
ただ、苛立ちだけが強かった。
拳が、ゴブリンの腹に突き刺さる。
――何かが、壊れた。
そんな感触があった。
ゴブリンは大きく体を折り、声にならない声を漏らした。
数秒、苦しむように身を震わせ――そのまま動かなくなる。
砂となって、崩れた。
澪は、その場で立ち尽くした。
「……」
殺せた。
踏み抜いていない。
気絶させてもいない。
一撃で。
歓喜が込み上げかけた、その瞬間。
ズキ、と痛みが走る。
殴った腕だ。
攻撃された覚えはない。
なのに、確かに痛い。
澪は腕を見下ろした。
異常はない。
腫れてもいない。
それでも、痛みははっきりと残っている。
しばらくすると、痛みは引いた。
動かしても、違和感はない。
「……何、今の」
答えは出ない。
けれど、事実は一つあった。
ゴブリンを、一撃で殺した。
この感覚を、もう一度引き出せれば。
自在に使えるようになれば。
――届くかもしれない。
そう思った瞬間、澪は歩き出していた。
感覚が消える前に。
忘れる前に。
もう一度。
ダンジョンの奥へと、足を向ける。




