言い訳できない負け
負けた。
言い訳のしようがないほど、完璧に。
床に倒れたまま、天井を見上げる。
身体は動く。痛みもある。
それでも、立ち上がろうとは思わなかった。
対戦型ダンジョン。
そこで私は、はっきりと負けた。
相澤澪。
その結果を、覆すつもりはない。
どうして、こんなことになったんだっけ。
……ああ、そうだ。
転校生が来た日からだった。
*
私立黎明学園高等学校。
ダンジョンが日常に溶け込んだ今では、特別でも何でもない、ごく普通の学校だ。
担任が黒板を軽く叩き、教室の視線を前に集めた。
「転校生を紹介する。神谷悠斗だ」
前に出てきた男子生徒は、どこにでもいそうな爽やかな笑顔を浮かべていた。
「神谷悠斗です。
こっちに来る前から、ダンジョンには潜ってました」
それだけで、教室の空気が少し変わる。
「対戦型はCランクで、試練型は五階層まで進んでます」
小さなざわめきが広がった。
ダンジョンがこの世界に現れてから、二十五年。
それと同時に、人類は変わった。
目に見える力を扱えるようになった者。
身体能力が明らかに向上した者。
形は違っても、何らかの変化が現れるのが当たり前になった。
――ただ、私にはそれがなかった。
ダンジョンは今や、エネルギーも資源も供給する。
生活の基盤ですらある。
多少のリスクはあっても、得られるものが多い。
だから人は、ダンジョンに潜る。
ダンジョンには性質がある。
試練型。
自分自身を試す場所。
対戦型。
人と戦い、勝敗と評価を積み上げる場所。
ルールも報酬も、それぞれ違う。
試練型ダンジョンの最深到達記録は、二十階層。
それが、今の世界の限界だった。
対戦型ダンジョンのレートはEから始まる。
一定数勝利し、ダンジョンが用意する試練を突破して、ようやく一つ上へ進める。
Cランクは、十分に強い部類だ。
――そして私は、そのどれにも当てはまらない。
目に見える能力はない。
それだけで、周囲は勝手に判断する。
無能者。
そう呼ばれているだけの話だ。
*
昼休み。
私は教室の端で、一人席に座っていた。
「相澤さん、だよね?」
声をかけてきたのは、神谷悠斗だった。
「ダンジョン、あんまり興味ない?」
「ない」
即答する。
「それに、私、能力ないし」
神谷は少し驚いたように目を瞬かせてから、すぐに笑った。
「能力がなくても、強くはなれるよ」
「ダンジョンに潜れば、身体能力は上がるしさ」
正論だった。
だからこそ、どうでもよかった。
「……興味ないって言ってるでしょ」
視線を合わせずに告げる。
これで終わると思っていた。
「じゃあさ」
神谷は引かなかった。
「対戦型ダンジョンで勝負しよう」
顔を上げる。
「君が勝ったら、もう二度と声はかけない」
「僕が勝っても、パーティに入れとは言わないよ」
一拍置いて、神谷は続けた。
「条件も付けようか」
「片手だけでいい。
それと、剣は禁止ね」
「普段使ってる武器で勝っても、面白くないでしょ?」
不利なのは分かっている。
それでも、断る理由にはならなかった。
興味がない。
勝てるわけがない。
無駄な時間だ。
そんな理由で逃げるのは、簡単だ。
でも――。
勝手に土俵を決められるのは、気に入らなかった。
「……いいよ」
そう答えた瞬間、
私はその勝負に足を踏み入れていた。




