王子の初恋/命を救われたあの日から、手の届かぬ彼女に恋をする
ひたすら王子が彼女への想いを語るだけの話です。
王子ミリウスは恋をしている。
18歳の今年、最終学年となった魔法学院。その通い慣れた教室。
毎朝足を踏み入れるたびに、出迎えてくれる明るい笑顔――。
「ミリウス、おはよう。今朝も早いね」
「いえ……」
早く来るのは、監督生だから。
クラスメイトの手本となるべき見本だから。
そんなことを口実に、まだ誰も来ていない教室を訪れる。
――『先生』以外は。
「今日は実習室で授業があるから私も早めに来たんだけど、正解だったね」
教室を早く開けておいてよかった、と彼女は笑う。
「資料とかたくさんあるから、朝のうちに運んでおこうと思って――」
知っている。きっと彼女ならそうするだろうと思っていた。
「手伝います」
「え?」
「――監督生ですから」
教師の補助をするのも役目のうち――。そう理由をつけて、彼女の目の前の荷物を奪い去る。
「第3実習室でいいですよね?」
「あ……えぇ。ありがとう」
そうして二人並んで、朝の静かな校舎を歩く。
他愛ない話をしながら。
歩くたびに、隣の少し低い位置で揺れる彼女の綺麗な黒髪が、陽光に艶やかに煌めく。
自分の金の髪とは対照的な、人によっては少し強く感じてしまう深い黒。
けれどそれがとても美しくて、触れたくて、ミリウスは自然といつも魅入ってしまう――。
「ミリウス、どうしたの?」
「!」
「ついたよ。今日は手伝ってくれてありがとう!」
そうして彼女は笑う。満面の笑みで。
(………………)
その瞬間、心臓を柔く握り締めるような甘く狂おしい感情が身体を満たす。
(あぁ、好きだ――どうしようもなく)
彼女の声が、笑顔が、自分に語りかけるその言葉が。
いくらあっても、もっと欲しいと渇望してしまう。
もっと、もっと一緒にいたい。
彼女の――傍にずっといたい。
簡単には叶いそうにないその夢を、ミリウスは焦がれるように思い描く。
ずっと、ずっと彼女と共にいる未来を――……。
彼がそう思うようになったのは、時を数ヶ月遡る――。
それは、この春の出来事。
*
新人教師、シホ・ランドール。
彼女が学院に赴任してきたのは、今年の春のことだった。
前任の高齢の大魔術師が引退することになったために、急遽隣国から呼び寄せられた新人教師――。
前職は、魔術師として魔物退治をしていたらしい。
そんな経歴も異質なら、最も目を引いたのは――その年齢だった。
わずか20歳。制服を着て歩いていれば間違いなく生徒だと思われるその年齢で、彼女は教師として教壇に立っていた。
祖国の魔法学院を次席で卒業し、国の魔法研究院――その調査討伐隊に所属していたという経歴を買われての人選だった。
そんな絵に描いたような立派な経歴を持ちながら、彼女はとても――とても『普通』だった。
「先生! また今日も同じ髪型なの? せっかく可愛いんだから変えればいいのにー!」
「いや、だってこれが一番動きやすいし……」
「そんなんだからモテないんじゃん!」
「ヒドっ」
生徒にまるで友人のように扱われても、気分を害することもなく。
「違いますわ。先生はちゃんと殿方たちの注目を集めています。ただ……とても特殊な…… 一部の熱狂的な殿方たちなだけで……」
「ちょっと!? まるで私まで特殊みたいな、誤解を招くような表現はやめてくれる!? ただ魔法戦の試合を申し込まれてるだけでしょ!? あくまで魔術師としての実力を買われてるだけだから!」
そうして女子生徒たちとはしゃぎながら、クラスをひとつにまとめていく――……。
(不思議な魅力を持った人間だな)
最初の感想は、そんなものだった。
*
その認識が変わったのは、春の校外演習のことだった。
魔法学院最終学年の恒例行事として、魔物の出る森の演習場まで出向いて行う、実地訓練。
そこで、事件は起きた。
「竜だ! 黒竜だ!!」
予定と異なる遥かに強大な化け物の出現に――生徒たちは阿鼻叫喚の様相だった。
武器を捨て我先にと逃げ出す者。
戸惑いながら立ち向かおうとその場に留まる者。
様々な生徒がいるなかで――――彼女は。
「逃げなさい。いいから、早く――」
生徒たちの盾になった。
そうして生徒たちを逃がしながら――逃げられない自分を背に庇った。
なぜ、逃げられないのか?
それは、この竜が王子である自分への『刺客』だから。
きっと自分を暗殺するために寄越された――自分を標的とした魔物だから。
だからクラスメイトたちと同じように逃げれば、今度は彼らが被害に遭ってしまう。
そうして逃げることもできず、ただ立ち尽くすだけの――不甲斐ない人間に。
彼女は――――微笑って頭を撫でてくれた。
髪を梳いて――優しく語りかけて――……、
「大丈夫。あなたくらいなら、私がちゃんと守ってあげる」
そう言って、自分を背に庇い、傷一つ負わせることもなく――守りきってくれた。
彼女の、大怪我と引き換えにして。
どれほど泣いたかわからない。
どれほど叫んだかわからない。
竜の死骸の前に横たわる、血の海に沈んだ彼女を腕に抱いて、必死に治癒魔法をかけ続けた。
――生きてほしかった。
――もう一度笑って欲しかった。
――いつものように、そのあどけない笑顔で。自分に――……、
『ミリウス、おはよう』
そう言って、名前を呼んで欲しかった。
だから――――その名前をずっと、呼び続けた。
そうして長い眠りののち――再び目を覚ました彼女を見たとき。
もう、彼女から目が離せなくなっていた。
どこにいても、何をしていても、彼女のいる場所だけうっすらと光が濃く輝いて。
導かれるように視線を移せば、いつもそこに彼女はいた。
生徒の指導をしているとき。昼の休憩を取っているとき。
きりりとした表情のとき。少しだらけた人目に気づいていない自然体のとき。
どんなときも自分の目を奪って、この瞳は彼女だけを追うようになっていた――。
そんな状態だから、夏に友人の屋敷のパーティーに彼女と共に出席することになったときは、舞い上がるほど嬉しかった。
*
まだ恋心に無自覚な夏のある日。
友人の侯爵家に彼女と共に招かれて、そこで舞踏会に出席することになった。
ダンスなんて初めての彼女は嫌がって、遠慮しようとしたけれど、一度覚悟を決めてしまえば彼女は一生懸命だった。
「先生、大丈夫ですか……?」
「う、うん……」
彼女の手を取りダンスを教授できるのが楽しくて、今まで貴族の義務でしかなかったダンスを学んできたのはこの時のためだとさえ思った。
「ちょっと慣れてきたかも……ひゃっ!?」
「危ない!」
抱き留めた彼女の身体は細く、折れそうで。
こんなにも小さな身体に守られていたのだと――反対に、彼女を守りたいと……そう思った。
腕の中の柔らかな身体を抱きしめながら――離したくないと、そう思った。
だから彼女が見事なドレス姿に仕上げられたとき――。
生まれて初めての『独占欲』が湧き出した。
屋敷のメイドたちの手にかかり、今まで見たどの令嬢より美しく変身した彼女。
大きな瞳に、煙るような長い睫毛。
艶やかな肌に、折れそうに細い腰。
こんな彼女を見たならば――無数の会場にいる男たちが彼女に群がるような気がして……肚の底で、不快感が渦巻いた。
自分だけの手元に置いておきたい。
自分だけの名前を呼んでほしい。
ほかの誰の手も届かないところに隠してしまって――……。
そう考えたとき、自分の感情の正体に気がついた。
淡い憧れや、尊敬や。そうした美しいものだと思っていた。
けれど本心はもっとドロドロとしていて、欲深くて。
彼女がいい。彼女が欲しい。
彼女でないと――――……。
彼女だけを求める、燃えるような恋をしていた。
「先生。……いや、ランドール嬢。今夜はなるべく……俺から離れないでください」
そうして彼女の指先に口づける。
そうして、彼女に群がる男たちを撥ね除けるように。
(彼女は……自分のものだ。絶対に誰にも渡さない――)
彼女のことを何も知らない男たちに。どうして彼女を預けられるだろう?
いや、誰より彼女のことをよく知る者にでも、譲れない――。
気づけば、溺れるように恋をしていた。
自分のことを生徒としか見ないその瞳がもどかしくて。
けれどだからこそ彼女の傍にいることを許されている。
もし自分が彼女に求婚したのなら――彼女は、
自分を、受け入れてくれるだろうか?
(無理……だろうな)
筋を通す彼女は、きっと生徒との恋愛など認めない。
下手をすれば、この学院を去ってしまうかもしれない。
だからミリウスはこの想いを胸に秘めることにした。
生徒と教師の枷が外れる、その日まで――。
ただ、ひたむきに、この想いをひた隠す。
そうして、身を焦がすような憧れを抱えながら、今日も彼女の隣に立つ。
「ミリウス、おはよう」
泣きたくなるほど眩しいその笑顔が、いつか自分にだけ微笑みかけてくれるその日を夢見て。
学園生活が終わるまであとXX日。
王子ミリウスは、今日も彼女を追い求める――……。
↑の作品の元になった連載(本編)を開始しました。
私が王子の先生ですか!? 魔法学園に転職したら、王子に愛され未来の妻にと望まれる。
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