「告解室のシスター」番外編
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【子爵令嬢視点】
まるで物語のような出会いだった。
私がデビュタントで出会ったのは、金色の髪が輝く、真夏の青空のような瞳の王子様だった。
隣には美しい公爵令嬢様が寄り添って、とても仲睦まじい様子で、私が入り込む隙なんてどこにもなかった。
―けれど、その王子様に直接声をかけられた時、物語は始まった、と思ってしまった。
『今日がデビュタントなんだね。緊張しすぎないようにね』
緊張のあまり、控室で顔色を悪くしていた私に、たった一言かけられた台詞。
他の顔色が悪いデビュタントの令嬢達にも同じように声をかけていたことは知っていた。
それが、婚約者である公爵令嬢様に会いに来られたついでのお声がけだということも。
それでも、あの時声を掛けられたのは紛れもない事実。
深紅の髪の公爵令嬢様よりも、ピンクゴールドの私の髪色の方が王子様には似合うと思ってしまった。
『お父様、第三王子殿下にお声がけいただいの』
悪人ではないけれど夢見がちな彼は、子爵家の娘と王子様の身分違いの恋を応援してしまった。
「有り得ないことですが」と前置きをした夢物語は、公爵家の力を削ぎたい勢力には好都合だった。
それから、社交シーズン中に王子様が来るパーティーに招待されることが多くなった。
会場ではさり気なく近くでご挨拶ができる距離。
毎回ご挨拶をする私を、目敏い人達は見逃さない。
『最近のデビュタントのご令嬢かしら?』
『はい、ありがたくもデビュタントの際にお声がけいただきまして……』
『あらそうなの……。お優しいお言葉だったのかしら?』
『私などには身に余る光栄でございました』
それだけを伝え、関係あるも関係ないも名言しない。
どんなお声がけをいただいたか、恥じらう素振りをすれば相手は勝手に想像を膨らませて、都合のいい内容をトッピングして更に拡げていく。
公爵令嬢様とは家としても何の共通点もなく、言葉を交わすことはなかった。
ご挨拶もできなくて、と目を伏せれば無視されたことになっていた。
―私は、公爵令嬢様の視界にも入らない存在なだけなのに。
周りが勝手に公爵令嬢様の性格を苛烈なものだと決めつけていく。
彼女の華やかな深紅の髪と相俟って、イメージだけで語られていく。
幾ら公爵家が沈静化しようとしても、所詮彼らは下々の噂話等気にしない。
子爵家のメイドが、商人に流す情報は事実の片鱗のみ。
『うちのお嬢様はデビュタントの時に王子様にお声がけいただいたのよ』
公爵家を出し抜きたい高位貴族が私に高価な贈り物をしてくれる。
ブローチ、ネックレス、ブレスレット、それは子爵家の私が持つには分不相応なもの。
商人はそれらを見て舌なめずりを隠さない。
『お嬢様、そちらの真珠のネックレスはよいお品物ですね』
『ええ、ある方からの贈り物なの』
にっこり笑えば次の日にはそれは王子様からの贈り物だと実しやかに囁かれていった。
それに伴って、公爵令嬢様の姿はどんどん醜悪な悪女の姿になっていた。
正義の物語に酔い痴れた平民達が、彼女の馬車を襲うほどに。
王家が幾ら高位貴族を抑えつけようと、国の根底には貴族よりも多い平民が蠢いている。
酒場で、洗濯場で、市場で、公爵令嬢様の姿がどう噂されていようが王家は気付いてもいなかった。
彼等の声は、上には届かなかったのだから。
『―私と君は、このままいけば婚姻を結ぶことになるだろうな』
『それは……』
『君は、幸せなのか?』
『はい、お慕い申しております』
婚約者を失い、焦燥に満ちた顔で私に問いかけた王子様に、自分の気持ちを打ち明けた時の彼の凍り付いた表情を、私は一生忘れないだろう。
♦♦♦
王子様は公爵位を与えられ、穏やかな気候の土地を与えられた。
王都からは遠く、決して政治の表舞台には立たないと決めた彼を慮った采配だろう。
ビーズを散りばめた純白のウェディングドレス、クリスタルのティアラ、真っ赤なバラのブーケ、私は、世界一幸せな花嫁だった筈なのに。
物語の王子様は冷たい瞳で、貼り付けた笑みで私の横に立っていた。
その日、寝室で彼は首元を緩めることもなく私に告げた。
『夫婦の寝室は君が使うといい。ドレスも宝石も、好きに商人を呼んで構わない。尤も、社交は必要ないから新しいドレスを仕立てても誰に見せるともないだろう』
呆然とする私に背を向けて、彼は溜息でこの生活の行く末を示していた。
言葉通り、私がどんなにドレスを仕立てても、どんなに宝石を購入しても、彼は何も言わずに黙々と仕事を増やすだけだった。
傍目には王子様に愛されてどんな買い物も許されるお姫様。
でも私は知っている。
立ち入ることを許されない彼の部屋には、ダイヤモンドのティアラがあることを。
ダイヤモンドと真珠が散りばめられたウェディングドレスがあることを。
私には似合わないそれらのデザインは、きっとあの深紅の髪にはよく似合うのだろう。
憧れの王子様と食事を共にすることも、ティータイムを共にすることもなく、私はただ物語の世界を生きていく。
―何て、幸せな結末。
鏡の中の彼女には、ガラスのティアラさえも贅沢だった。
終
噓は吐かないけど本当のことも言わないのは狡さなのか弱さなのか。
ガラスもクリスタルも、磨いてもダイヤモンドにはなれないのですが、彼女は本当に幸せだったのでしょうか。




