愛の匂いに包まれて
「これ、洗濯しといて」
無造作に手渡された青いユニフォーム。
大好きなあいつの匂いがする。
(こっそり持ち帰ろうかな。だって、もう使わないし。記念に取っておくタイプじゃないし)
受け取ったそれを、今日だけは、洗いたくなかった。
ちらり見遣ると、マネージャーと楽しそうに喋っている。
ユニフォームを握り締めて思った。
(引退試合で負けたのに、悔しくないの??めっちゃ幸せそう。好きって言えたら、変わってたのかな。私の方が、ずっとずっと近くにいたのに……)
言い訳したってしょうがない。でも、彼女なんて作らないと思ってた。
三年間、後輩、先輩、同級生問わずモテてたけど、全部断ってたから。
一年早く卒業する幼馴染は、彼女と同じ大学に進学する。
あいつの隣で笑う高瀬先輩が、羨ましい。
美人で、成績は学年トップ、おまけに運動神経も抜群で、性格まで良い。
敵う所が一つもないから、潔く諦めた。
でも、あいつのユニフォームだけは譲りたくなかった。
それで、一年前、洗濯係を願い出ると、先輩は、びっくりした顔で私を見つめて言った。
「えっ、全員分を洗いたい!?一人で!?うちの部、洗濯機が壊れてるから大変よ?手伝うわ」
「一人で大丈夫です」
先輩の顔を見られなくて、俯いて言った。親切な言葉が煩わしく思えた。
(私って、性格悪いな……こんな邪魔しても、何の意味もないのに。先輩は、もっと近くで、あいつの匂いを知ってるのに)
想像したら虚しくなって、その日の放課後、行き付けの美容院に連絡を入れずに行った。
ちょうど空いていたから、すぐに切って貰えた。
(髪の長さが同じとか嫌だし)
ばっさり切って、ショートカットにしたら、先輩は「かわいい!深鈴ちゃん、ショートも似合うねえ」と笑顔で言ってくれたけど、あいつは顔をしかめた。
「何で切ったんだよ、俺、長い方が好なのに」
掬う一房が無くなったせいか、頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。
「ちょっと、止めてよ!」
抗議の声を上げたら、「ボサボサじゃん!」と笑われた。
「尚瑠輝がしたんでしょ!」
その日、髪を洗わなかった私は、きっと重症だ。
引退試合が終わって、明日から受け取る匂いもない。
最後のユニフォームは、学校じゃなくて自宅で、手洗いじゃなく洗濯機で、洗濯した。
あいつの匂いを吹っ切る為に、お気に入りの柔軟剤を使った。
「はい、これ」
翌朝、わざわざ登校前に自宅へ持って行ったのに、あいつは、顔をしかめて受け取った。
それだけではなく、ユニフォームを鷲掴みにして鼻に近付けると、匂いを嗅いで、「くせえ」と呟いた。
「は!?柔軟剤の香りに文句があるの!?」
思わず食って掛かった瞬間、あいつの匂いに包まれた。
「え!?」
抱き締められているのだと理解した時、柔らかな声が落ちてきた。
「柔軟剤なんかで消すなよ。おまえの匂いが、俺の明日だ。未来もずっと一緒にいてくれ」