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くらげはわたしとは違う。
わたしと違って中学校に通い、中学校で友達を作って、勉強もできて。
わたしに無い物を、くらげは持っている。
正直言ってくらげがうらやましいし、くらげになりたい。
「紫檻さん、女川縁さんが来ました」
「藤浪―、お久しぶり」
伊予さんの声の後、ノックもせずに縁が現れる。
縁は小学校時代の同級生で、中学校も一応同じだ。時々わたしの家にアポイントなしでやってくるが、幸いなことにくらげと鉢合わせすることはない。
「いきなりどうしたんだ?」
「たまには遊ぼうと思って。そういえばさっきの綺麗なお姉さんはお手伝いさんか? 母親じゃなかったぞ」
「伊予さんなら家事を手伝ってくれる人だよ」
「そうか本当に綺麗な人だったな。ああいう彼女が欲しいな」
伊予さんは儚げそうなイメージのある美人ではあるし、最近ますます綺麗になってきたような気もするけど、三十代だから、年の差がありすぎて無理だ。
「うーん年上だから無理だと思うけど。ところで遊ぶって、何するの?」
あんまりゲームとかしたい気分じゃない。元気なんて元から無いし、最近買い物に出かけたから外出もしたくない。
「とりあえず話そう。ほらマドレーヌ、親から」
「ありがとう。で何話すの?」
わたしはマドレーヌを受け取って机の上に置く。学校に行っていないわたしは話すことが出来るほどの話題なんて持っていないけど、縁は何か思いつくのだろうか?
「そうだ、最近鳴宮と会ったか? 鳴宮、僕達と通っている中学違うんだろ、気になって」
「元気だよ、たまにこの家にも来るし」
「そうか。鳴宮は男子に間違えられやすいていうかスカート履いてても女子には見えなかったこともあるし、ほらなんていうかボーイッシュなだったけど、今もそんな感じか?」
「ボーイッシュってわけじゃないけど、あんまり変わっていない」
なんせくらげはボーイッシュな女子中学生ではなく、ごくごく普通の男子中学生になっている。そんなこと縁に伝えることはできないけど。
「鳴宮ってどこ中なんだろうか? 卒業するときにどこに進むか言っていなかったから、気になって」
「わたしも詳しくは聞いていないから知らないよ。でも近い中学じゃないことは確か」
「そっかー。鳴宮がどんな中学生なのか気になるんだけどな。ジェンダーレス女子とか、はたまた可愛くなっているのか気になる」
縁はよほどくらげのことを気にしているらしい。わたしはできるだけ本当のことが分からないように答えていく。
縁はくらげが男子中学生として今生活していること、ここからバスを乗り継いで通える公立の中学校に通っていることも知らない。そしてそれをわたしは縁に教えたくない。
縁は部活や塾つながりであちこちの中学に友達がいるから、くらげが元々女子小学生だってことを、くらげが今通っている中学校の人に言ってしまうかもしれない。
くらげは女子小学生だった過去を隠して男子中学生として中学校に通っているだから、できるだけそれを邪魔しないようにしたい。
「わたしよりはすごいよ。勉強は出来るし、友達もいるし」
「そりゃー鳴宮は成績良かったよ。だけど友達多かったか? 学校行っていないから藤浪は分からないかもしれないけど、鳴宮が友達と一緒にいるとこなんて無かったぞ。藤浪が鳴宮の唯一の友達だったぞ」
「そうかな? 今はともかくわたしよりも仲が良い友達が一杯いるもん」
わたしのように学校へ行けない子よりも、学校に一緒に時間を過ごせる子。そういう子の方が絶対仲が良いはず、わたしなんかよりもずっとね。
「藤浪はさ、鳴宮のこと好きだろ? だから嫉妬してるんだ」
「そんなんじゃない」
思ったよりも大きな声が出て、自分でもびっくりした。だってくらげはわたしにとって友達であり、恋する相手なんかじゃないから、そんなことありえない。
「いや好きなはずだ。だって藤浪は僕が何しようか気にしないけど、鳴宮のことは気にするだろ? 鳴宮がよく読んでいるような本ばっかり読んでるくせに、本当は藤浪がそういう本好きじゃないくせに。これで藤浪が鳴宮のことを好きでないっていうのはおかしい」
「そうかな。それはありえないよ」
わたしはさっきとは違って冷静に答える。
縁は今くらげが男子として生活しているのを知らないから、そんなことを言えるんだ。
男子と女子の単なる友情って珍しいから、それならいっそ恋しているのではと考える方が簡単だし、そっちのほうが分かりやすいし。
わたしはくらげが男子ってことを知っているから、もし好きなら同性愛って事になるし、元は異性だった相手だ。そんな恋愛ややこしいことになりそうな気がする。ほらわたしはくらげのことをどちらの性別をしてみているのか、それを他の人が知ることは難しいから。
「じゃあな、もう帰るぜ」
「もう帰るの?」
「そうそう。今日は鳴宮のこと聞きたかっただけだから。じゃあな、また来るぜ」
縁はマドレーヌを残して、さっさと帰って行った。くらげのことが知りたかっただけ、それはなんでだろうか? たまたまくらげのことを思い出したから、気になっただけかな?
「お友達帰ったの?」
縁が去ってから少し経ってから、聖さんがノックをしてから部屋に入ってきた。
「帰りました」
「紫檻さんが海月さん以外の友達と会うって意外だね」
「縁はくらげほど来ないから珍しいかもしれないです、それに縁とくらげ以外の友達はいませんし」
「そうなんだ、二人とも友達ね」
「そうそう、縁とくらげは友達です」
心の中でもう一度、友達と繰り返す。くらげは縁と同じで友達、単なる友達。
親友でもないし、好きな相手なんてことありえないはずだ。