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聖さんが我が家の暮らしに馴染むのに、そう時間はかからなかった。
元からの知り合いということもあって伊予さんと仲良くしているのもあって、わたしよりもこの家に馴染んでいる気もする。
そんな世間的に休みの日、今日は誰も来なさそうなので、いつものように読書をしていた。
「ねえねえ出かけようよ」
ドアのノックと共に、聖さんからお誘いの声がかけられた。
「えっめんどくさいです」
「ここの近くにショッピングセンターがあるんだって、行ったことある?」
「あんまりないです。特に中学生になってからは、一度も行っていないです」
「じゃあさ、行こうよ。伊予さんは用事があるらしくて一緒には行けないみたいだから、誘えるのが紫檻さんしかいないんだ」
「伊予さんが暇な日に行けばいいと思います」
「今日必要な物があるから、今日行きたいんだって」
「一人で行けばいいのではないでしょうか?」
「一人で行くとつまらないし、何よりいつ終わるか分からない関係性だから、一緒にいようよ」
「いや別に良いです」
別のわたしは聖さんと仲良くしたいとは思わないので、一緒に出かけたいわけじゃない。それよりもわたしは部屋でゆっくりと過ごしたい。
「せっかく徒歩で行けるところにショッピングセンターがあるんだから、散歩くらい出た方が良いよ」
「いやいいです」
一生懸命ねばったけど、聖さんは部屋のドアから離れてくれないので、根負けしたわたしは行くことにした。
ショッピングセンターに行くので、部屋着から外出用の服に着替えて、聖さんの後ろについていく。
ショッピングセンターについてから、一度休憩する。やっぱり外に出るのはしんどい、家の中にいた方がいいや。
「せっかくだし服屋に行こうよ」
「えー服なんていりません。どこにもあまり出かけませんし」
うきうきしている聖さんに対して、わたしはすかさず反論する。
わたしはあまり服を選ぶことが好きじゃない。スカートやワンピースなどの可愛らしいファッションはともかく、格好いいデザインの服にも気後れしてしまうから、何を着れば良いのか分からない。
「いいいじゃない。あまり外出することがないんだから、たまには」
聖さんはそう言いきり、ユニセックスの服が多いという噂のファストファッションのお店へと行き、わたしもしぶしぶついていく。
「このTシャツと、カーディガン、それからジーパンの取り合わせが良いよ」
「そうですかね?」
「うんうん、おすすめ。じゃあ私は自分の買い物をしてくるから」
わたしにワンセットの洋服を押しつけると、聖さんは別の所へ行ってしまった。
わたしは持て余すように服を見つめる。
聖さん自身中性的なファッションをしていることもあって、これもそんな感じがする。男性的でもなく、女性的でもない、そういう感じのファッションをわたしは好き。
「海月、このジーンズどうだ?」
くらげの名前が聞こえた。
世の中には色々な種類の名前があるけど、そのなかでもくらげっていう名前は少ない。もしかしてここにくらげがいるのか、わたしは服に隠れるようにしつつ、周りを見る。
「それめっちゃ颯太に似合ってる」
くらげだった。くらげが同じ年くらいの男子数人と話している。
その男子のことをわたしは知らないから、恐らく今の学校の友達のはず。くらげは前から今の学校で友達がいるという話を何度もしていて、彼らがその友達なんだろうな。
「いいなー、オレもそれにしようかな」
「いや大輝には似合わないって」
「海月は背が低いから、これがいいかも」
「いやいやまだ成長期なんだから、これからも伸びるぜ」
「そうだよなー。男なんだし、まだオレら中二になったばかりだし、これからだって」
服に埋もれるようにして隠れ、わたしは三人の話をこっそりと聞く。
あの二人はこの様子だと知らないみたいだ。くらげが女子として産まれて、女子として育てられたこと。女子として産まれた名残が消えることなく身体に残っていて、そのうえ望んでいないのに大人の女性になるように身体だけが成長をしていること。
そりゃあわたしだって知ってる、調べたから。この世界では産まれたときに決められた、身体にあうとされた性別が大事だって。もし成長してから実は身体にあわない性別だと気づいても、そのことを理解してもらえるのは難しいって。
だからくらげが今学校で仲良くしている友達が、くらげのことを理解してくれるわけない。
女子小学生としてスカートの制服とローズピンクのランドセルを身につけて、いやいや学校に通っていたこと。祖父母に命じられていやいや可愛らしいワンピースを着ていたこともあること。わたしは全て知っているけど、絶対あの人達は知らない。
それなのにわたしよりもあの人達の方が、くらげと仲良くしている。
わたしはその現実に耐えられず、思わずその場から離れた。
「どうしたの? かなり早く歩いているけど」
早くお店から出ようと歩いていると、聖さんに話しかけられる。
「あーちょっと見たくない物を見てしまいまして」
わたしは軽く話を流して、さっき選んでもらった服を買う。
試着していないから、どんな感じか分からないけど、これ以上ここにいたくないから、もういいや。