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「たまには外出るぞ、外」
世間的には休日と言われる日、昼前に来たくらげはそう言い放った。
「毎日家にいると、駄目になる」
「いいんだよ、わたしは駄目なままで」
「いやよくない。とにかく少しでも良いから、外に出るべきだ」
と人の話を全く聞かないくらげと、相変わらずほとんど関わってこない伊予さんにすすめられるようにして、外へと出ることになった。
「八重桜が散って、花水木の花が咲いている」
「そうだね」
「あそこの公園、人少なそうだから、行ってみようぜ」
「そうだね」
はしゃいでいるくらげに連れられるようにして歩くわたしはふらふらしている。日差しは日傘でガードしているとはいえ、外に出るだけで身体にいつもの二倍くらい負担がかかっているような気がする。
「休みの日なのに、公園には全く人がいねーな」
「そうだね」
「久しぶりにブランコしよーぜ。ブランコ」
「わたしはいいよ。ちょっとベンチで休憩」
「えーいいじゃん。ブランコ」
不満そうなくらげをほっといて、わたしは人のいないベンチに座る。
普段全く外へ出ていないもんだから、ここまで来ただけでかなり疲れた。ブランコをこぐ余力なんて全く無いし、これ以上歩きたいとも思わない。
「しゃーねーな。少し休むか」
くらげはわたしの隣に、勢いよく座る。
「わたしはくらげと違ってひ弱なんだから、あちこち行けないよ」
「大丈夫、大丈夫。紫檻もいつか学校へ行ける日が来るよ」
「そうかな?」
そんな日が来るのは、想像できない。
今までほとんどできていないことがこの先いつ出来るようになるのかなんて、考えもしなかった。
「ねえねえ、ここに泊まることができる場所ってある?」
金に近い派手な髪を一つにまとめて、シンプルなユニセックスファッションなので性別が分からない上に、緑のピアスが目立つ、ここら辺ではあまり見なさそうな都会的な人が話しかけてきた。
「ホテルなら駅前に行かないとありません」
「そうなんだ。実はここの近くで昨日までは泊まっていたんだけど、今日からは無理でね。移動しようと思ったんだ」
くらげの返答を聞いて、考え込む人。少し大きめのキャリーケースを持っていることから、ここへ何らかの目的を持ってやってきたんだろうか? ここは観光地じゃないから、それが何のためかはわたしには分からない。
「旅行しているんですか? どこに行くんですか?」
「居場所を探して、日本全国を旅してる。居場所が見つからないからさ、あちこち行ってるんだ」
「居場所探しの旅ですか? すごいです」
わたしはわざわざ居場所を探して、日本全国を旅しようとは考えたことが無い。そりゃあわたしだって居場所がないと考えたこともあるし、ここにいなくてもいいと考えたこともあるけど、探しに行こうと考えたことは無い。
「もし良かったら我が家へどうぞ。もしかしたら伊予さんならお金があまりかからずに泊まれる場所を知っているかもしれません」
わたしは誘う。自分の居場所を探している人、そこに興味を持ったから。
「まあ、そうだな。伊予さんは色々と謎が多いけど、その分物事に詳しそうだ」
わたしの提案に、くらげも反対しない。それにしても伊予さん、くらげにもよく分からない人だと思われているんだ。わたしはもちろん、伊予さんがどんな人は全く知らないけど、他の人にもそう思われているなんて知らなかった。
「じゃあお願いします」
その人も同意してくれたので、わたし達は家へ向かうことにした。
帰りもなかなか行きと同じで大変だったけど、なんとか帰宅する。そしてリビングのソファーに座って休憩していると、伊予さんがやってきた。
「鳥居前さんですよね? 確か霞ヶ丘さんと同じ会社で働いていた、どうしたここにいるんですか?」
伊予さんは驚いて、わたし達が連れてきた人を見る。この様子から見ると、伊予さんはこの人と知り合いみたいだ。
「会社を辞めて居場所探しの旅をしているんです。近くの公園で休んでいたら、ここの二人と会って、誘ってもらったから来ました」
「そうだったんですか。霞ヶ丘さんとか、宝山寺さんとかが気にしているみたいなので、たまには連絡してはどうですか?」
「もう終わったことなんで、良いです」
とその人はひえびえとした声で答えた。空気ですら凍ったような気がして、少しびくっとする。
「そうだ、名前はなんですか? 俺は鳴宮海月です、でこちらは俺の友達、藤浪紫檻です」
くらげがこの空気を変えるかのように、別の話題をする。そういえばこの人の名前、知らなかった。少しの間一緒にいたとはいえ、名前すら知らないなんて、ちょっとまずかったかもしれない。
「鳥居前聖です。神社の鳥居に、前後の前、そして聖書の聖です。名字がころころ変わったのでなじみがなくて、聖と名前で呼んでください」
「それじゃあ聖さん、これからどうしますか? 駅前のホテルとか行きますか?」
「いやいやちょっと待ってください。聖さんをほっとくと何するか分からないので、この家で見張った方がいいと思います」
「見張りが必要って、何をしたらそうなるんですか?」
聖さんはもう大人のように見えるし、伊予さんが心配するほどでないはず。わたしはくらげの意見と伊予さんの意見、どっちが採用されても別に良いけど、そこは気になる。
「十代の時から知らない人の家を泊まり歩いてたって聞いたことがあります。今は二十代ですが、それでも危ないのは変わりないので、見張りが必要なんです」
「それは仕方ないですね。わたしは良いですよ」
わたしは知らない人の家を泊まり歩くことが危ないのかよく分からないけど、伊予さんの言い方から問題行動みたいなので、見張った方が良いんだろうな。
それにこの家広いけど、今はわたしと伊予さんしか生活していないから、部屋が空いているし。
「俺も良いと思うぜ」
「いや別に見張りなんて必要ないと思うけど、まあここに泊めてもらった方が安上がりだから、いいか」
若干不本意そうだけど、聖さんは伊予さんの意見に従うみたいだ。
こうして、わたし、伊予さん、聖さんの、家族でない三人の生活が始まったのだった。いつまで続くか分からないけど。