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窓の外から見えていた隣の家の八重桜も散ってしまった、四月中旬。
わたしは平日だというのに、十時に目が覚めた。
いや別にわたしは不登校中だからいいんだけどね、遅刻して怒られないから、とはいえいつも六時に起きるようにしていたから、少し悔しい。
「おはようございます」
一階のリビングに行くと、お手伝いの伊予さんが掃除をしていた。
親がそれぞれ単身赴任をしていることもあって、今親の親戚だという伊予さんが住み込みで家事をしている。
「おはようございます。今日は遅いですね」
伊予さんは仕事しかしなくてわたしには関わってこないので、寝過ごしたからという理由で怒られることはない。
「ちょっと寝過ごしてしまって」
食欲が今全く無いので、栄養が取れるというクッキーを冷蔵庫から取りだして、部屋に戻る。
ネットショッピングで買った本をベッドで寝転びながら読み、クッキーをかじる。勉強なんてめんどくさいからしたくないし、それ以外のこともしたくない。
ひたすら文字を読み流すことで時間を潰し、クッキーを食べることで栄養も取る。うん、これは完璧な人生の過ごし方だ。
「紫檻さん、鳴宮海月さんがいらっしゃいました」
「しーおーり、何してる? こんにちはー」
ドアのノックと伊予さんの声、それらの後にくらげが乱暴にドアを開けた。
制服を着ているから、くらげは学校帰りらしい。一体どうしたんだろうか?
「くらげ、どうしたの? 学校は?」
「もう放課後だぜ、放課後。学校の友達はみんな部活だし、暇だから遊びに来た」
わたしのことを気にせず部屋へ入り、にこにこと悪気なさそうに笑うくらげ。
元女子小学生なのに、今男子中学生からか遠慮が無いような気がする。いや女子小学生の時も遠慮が無かったから、今更遠慮を学ばせるのは無理だ。
「くらげも部活入れば?」
「やだ。俺の友達、みんな野球部なんだぜ。俺の体力じゃ無理だし」
「じゃあ文化系の部活」
「やだ。俺二年だから今から一年に混じって部活はじめたくないし、それに部活よりも紫檻と遊んだ方が楽しい。ゲームしようぜ、ゲーム。えーと何か面白そうなゲームあるかな?」
ベッドに寝転がっているわたしを無視して、部屋を漁りはじめるくらげ。わたしはため息を押し殺して、読んでいた本を閉じてベッドから降りる。
「ゲームやるのめんどくさい。それよりもアニメ見よう。水布さんが書いたSSをアニメ化したという物を伊予さんからもらったから、それを見よう」
伊予さんが知人から押しつけられたというアニメのDVD。先週もらってから一度も見てなかったし、ゲームするよりも楽だから、そうしよう。
「別に良いけど、どんなアニメなんだ?」
「そうだといいなー」
わたしは何も考えず、くらげはわくわくしながら、アニメを見始める。
アニメの内容はとある魔物と戦う公務員の恋愛についてのお話だった。なかなかややこしい人間関係が描かれていて、わたしにはちょっとよく分からなかった。
第一わたしは恋のことをよく知らない。そこで恋を巡ってこんなにも人間関係がこじれるなんて引いてしまうし、現実的でないと考えてしまう。
「最近はこういうのが流行っているのかな?」
「うーん分からない」
結局わたしとくらげは、このアニメの良いところが分からなかった。
「あっもう門限の時間になるから、帰るぜ」
「じゃあね、ばいばい」
「ばいばい」
気がつかない間に時間が経っていたらしく、くらげは慌てて帰って行く。
くらげは事情があって遠い公立中学校に通っているとはいえ、わたしの近所の家に住んでいる。だけどわたしはくらげの家に行ったことがないので、実はどこに家があるのか知らない。
一番の仲良しで、元女子小学生で今男子中学生、どんな家にどんな家族を暮らしているのか知らない、それがわたしにとってのくらげだ。