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67.少しだけ違う、平和な日々

 アルモニカ連合国、連合君主エミール。レシタル王国、国王代理。この二者による会談を経て、ついに二国の間に友好協定が結ばれた。


 ようやく、私たちのアルモニカ連合国に平和が訪れたのだ。ああ……ここまで、本っ当に、長かった。


 とはいえ、エミールはまだまだ忙しくしていた。というより、前より忙しくなってしまった。


 今までは、とにかくレシタルの動きを警戒し、いざという時にどう防ぐかに力を入れていた。でもこれからは、アルモニカをより安定したものとするために、全力を注ぐことができる。


 アルモニカの共通法を整備したり、所属するそれぞれの国からの要望や意見を聞いてまとめたり。できることも、やらねばならないことも、山のようにあった。


 そして私とセルジュも、そんなエミールを手伝っていた。書類仕事が多すぎてちょっとうんざりするけれど、戦いになるかもと身構えている日々よりはずっといい。


 ただ、それはそうとして。


「仕事、どんどん増えるね……」


「アルモニカがどんどん大きくなっているから、仕方ないと言えば仕方ないんだが」


「さすがにここまでの規模になるとは、私も想定していませんでした。嬉しい誤算といったところでしょうか」


 片付けても片付けても、仕事はどんどん舞い込んでくる。


 友好協定が結ばれて以来、さらに多くの領主たちがレシタル王国から独立し、アルモニカに加わることを希望したのだ。


 今では、アルモニカとレシタルの領土はほぼ同じくらいの広さになってしまっている。


 しかも、優れた兵士を輩出するグノーに加えて、貿易で栄えている地の領主やら、肥えた広い農地を有する領主などの、力のある領主たちもこちらについていた。


 そんなこともあって今のアルモニカは、周囲の国々にも負けないだけの大勢力になろうとしていた。ただそのぶん、内部をまとめ上げるには少しかかりそうではあるけれど。


「……さて、どうにか一段落つきました。リュシアン君、セルジュ。君たちは休憩していてください」


 それでもエミールは、こうして私たちを気遣ってくれる。君たちには仕事を覚えてもらう必要はありますが、だからといって働かせすぎもよくありませんからと、そう言って。


 だから私とセルジュはエミールに礼を言い、彼の執務室を後にする。ゆっくり休んで、また手伝おう。そう、心に決めて。




 ひとまずその足で、イグリーズの町に出た。ずっと座っていたから、少しぶらぶらしようということになったのだ。


 最初にこの町に来た時と同じ、青年のなりで歩く私に、町の人たちが朗らかに声をかけてくる。


「あ、セルジュ様とリュシアンさん!」


 私がリュシエンヌという名であり、しかも女性だということは、町の人たちにも明かしてある。


 いずれ、その……私がセルジュと一緒になることを発表しないといけないし……だったらその前に、男装していたことを公にしておくべきかな……って。


 とはいえ、聖女リュシアンの正体がリュシエンヌ・バルニエであることは絶対に内緒だ。そんなことが明らかになったら、何かの拍子に父のほうに権力が変な感じで集まってしまうかもしれないし。これ以上、妙な波風を立てたくはない。


 ともかく、聖女が女性だって知ったら、みんなはびっくりするだろうなと思っていた。しかしみんな、案外すんなりと受け入れてくれた。


 しかも、私の装いに合わせてきちんと呼び分けてくれているという心遣いまで見せてくれている。


「前と変わらず接してくれるのって、ありがたいよね……最近、本当に色々あったから」


 町の人たちに手を振って応えながら、隣のセルジュにそっとささやいた。


「ああ、全くだ。父さんが連合君主になってからというもの、他の領主……今は王、か……が次々とあいさつにやってくるからな。しかも、ただの若造でしかない俺にまで過剰に敬語を使ってくる。どうにも、落ち着かない」


 ゆったりと歩いていたセルジュが、そう言って深々とため息をついた。かつて彼が、「貴族に生まれただけの若造に敬語を使わないでほしい」とぼやいていたのを思い出す。


 懐かしいな、あれって彼に案内されて、初めてイグリーズに向かう途中のことだ。


「そういうところ、変わらないね。君らしくていいと思うけど」


 くすくすと笑った拍子に、ふと思いついた。


「あ、そうだ。だったら君も、僕みたいに変装してみる? 貴族の息子じゃなくて、そうだなあ……旅の傭兵、とか似合うかも。そういった格好でよそを歩けば、敬語なんてまず使われないよ」


 そう口にすると、セルジュがこちらをのぞき込んできた。


「どうせなら、変装したままちょっとその辺を旅してくるのもいいかもね。まあ、あの大量の書類仕事がもう少し落ち着いてからになるけど」


 言い終えて、ちらりとセルジュの様子をうかがう。何と彼は興味深そうに目を輝かせ、こちらに身を乗り出して私をまっすぐに見ていた。わ、珍しい反応。


「……やろう。ぜひ。……お前が男のなりでふらふらしていた気持ちが、ようやく少し分かった気がする」


「わあ、乗り気だね。だったら今度、演技をつけてあげるよ」


 そんなことを話しながら歩いていたら、向こう側から見慣れた顔が近づいてきた。


「おお、リュシアン、セルジュ。夫婦そろって散歩かの」


「ティグリスおじさん、散歩は散歩だけど、一言余計だよ。夫婦とかじゃないし。……今は、まだ」


 ふわふわの白いひげを弾ませながらやってきたおじさんは、口を開くなりそう言った。最近おじさんは、こうやって私たちをちょくちょくからかってくる。


 私は、もう慣れたんだけど……あ、やっぱりセルジュが真っ赤になってる。彼はこほんと咳払いをして、いつも以上に丁寧な口調でおじさんに呼びかけた。あれって、照れ隠しだな。


「お久しぶりです。グノーより戻られていたのですね」


 あの砦での一件以来、ティグリスおじさんはグノー伯爵、もといグノー王とすっかり仲良くなってしまった。うまが合ったらしい。


 なのでおじさんはマリオットとグノーを行き来しながら、両国の兵士たちを鍛えることにしたのだった。どんな形であれ、こうしておじさんが近くにいてくれるのは、とても嬉しい。


「うむ。お主たちがどうしておるか、ちょっと気になったのでのう」


「おかげさまで、とても平和です。戦う相手は、書類の山ばかりで」


 きびきびと答えるセルジュに、おじさんはとびきり大きな笑みを返す。


「ほっほ、そうではないよ。お主とリュシアンが、仲睦まじくやっておるかどうかじゃ。お主、前にもリュシアンをやきもきさせておったからの。またやらかしておらぬか心配になってしもうてな」


「やきもき……?」


「お、おじさん、もう大丈夫だから!」


 言えない。おじさんには待つよう言われたのに、待ちきれなくてセルジュをせっついたなんて。というか、そのことをセルジュに知られたくない。恥ずかしいし。


「リュシアンはずっと、お主の気持ちを知りたがっておったのじゃよ。何とも愛らしい乙女心じゃのう」


 ああ、言っちゃった。しかも余計な一言まで添えて。


「そう、だったのか……すまない、俺が鈍いばかりに、気づいてやれなくて」


 またしても真っ赤な顔で、セルジュが生真面目にそう言ってきた。ああああ、こっちまで顔が熱くなってきた!


「ほっほ、どうやら杞憂だったようじゃの。それではお主らの邪魔をせんように立ち去るとするか。しばらくこっちにおるでな、また後で話でもしよう」


 とっても楽しそうに笑って、おじさんはのんびりと歩いていってしまった。真っ赤な顔で向かい合っている私たちを、その場に残して。




 どうにかこうにか気を取り直して、もう少しだけ町を歩いた。そうして、マリオットの屋敷の離れに戻ってくる。


 傾き始めた日が、居間を優しい橙色に染めている。そこに足を踏み入れたとたん、セルジュがふっと目を細めた。


「どうしたの、セルジュ? 何か、気になることでもあるの?」


 彼に歩み寄り、その腕にそっと手をかける。すると彼は、優しく微笑みかけてきた。


「……ここにお前と戻ってくるのが、すっかり当たり前になっていたんだなと、そう思って」


 穏やかな笑みを浮かべたまま、彼は居間を見渡す。


「かつてここは、母さんとの思い出の場所だった。だからここに聖女を住まわせると決めた父さんに、反発したりもした」


 そうしてセルジュは、私の肩をそっと抱き寄せた。


「だが……不思議だ」


 私もそのまま、彼に寄り添う。笑みを浮かべて。


「母さんとの思い出は、消えなかった。踏みにじられることもなかった。それどころか、お前との思い出が加わって……」


 彼の腕に、力がこもる。


「ここは、もっと温かな、さらに大切な場所になっていた。そのことを、今突然実感したんだ」


 この上なく優しい彼の声に、ふっと苦笑が浮かんでしまった。


「それって、素敵ね。……でも、私みたいな変わり者の嫁が来たら、あなたのお母様は困ってしまわないかしら」


「大丈夫だ。俺の選んだ女性なら、母さんも歓迎してくれる」


「だったら、嬉しいわ。ねえ、よかったら聞かせて? あなたの、お母様のこと」


「ああ」


 そうして、ソファに二人並んで座る。いつもと同じ、和やかなお喋りを始めるために。

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