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第一章 8話『『元』究極メイド、路上でやってみる』

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 街の住人が昼食を終えた正午過ぎ頃、駆け出し冒険者の街スターターの中央広場はいつにも増して賑やかだった。

 噴水が目印のその場所には、食品の露店やアクセサリーが並び、人々は昼食後の買い物や散策を楽しんでいた。

 広場には旅人や冒険者も混じり、ざわざわとした喧騒が絶えなかった。


 そんな中、大きな布を地面に広げ、その上に腰を下ろした少女がいた。

 メイド服を身にまとい、堂々とした風格で腕を組んで座り込む彼女の姿は、どこか異質で目を引く。

 広場を行き交う人々は、一瞬視線を向けるものの、そのほとんどは怪訝そうな表情を浮かべてその場を通り過ぎていった。


 しかし、少女――アミナは動じなかった。

 いや、正確には目の前で何が起こっているのかをあまり良く理解していなかった。


どうして誰も止まってくれないのかしら……。

普通こういう露店が多い所ってなんでも立ち止まって見てくれるものじゃないのかしら。

さっきから誰も目を合わせてくれようとしないし。

――よし、こうなったら……


「スターターの中央広場をご利用の皆様、突然ですが私がこの場で物作りの腕をお見せします。壊れてしまった物、大切な物、あるいは新しく作りたい物がございましたら、是非お立ち寄りください。私の力で、それらを蘇らせてみせましょう」


 その宣言に、一部の通行人が足を止めた。

 しかし、目を見合わせて軽く首をかしげるだけで、誰もすぐには近寄ろうとしない。


 アミナは作り慣れていないぎこちない微笑みを向けたが、内心では緊張していた。

 初めての路上での活動、しかも大声を出して広場でスキルを披露するという決意を持って臨んだこの日だったが、やはり簡単には人は集まらない。


 しばらくすると、一人の中年男性が歩み寄ってきた。

 彼は厚手の革手袋を手にしており、どこか悩ましげな表情を浮かべている。


「これ、修理できるかな?昔から使ってた大事な手袋なんだが、指先が擦り切れちまってな……仕事で使うもんだから、どうしても捨てられないんだ」


 その声に、周囲の視線が二人に集まる。

 皆頼みはせずとも気にはなるようだ。

 人々は半信半疑といった表情で様子を見守っている。


 アミナは男性に向かって深くうなずき、革手袋を手に取った。

 指先の部分が破れており、確かに使い続けるには無理がある状態だった。


「大切にしていた物なんですね。お任せください。これをまた、お仕事に使えるよう致します」


 彼女はその場に座り込み、鞄の中を漁った。

 そしてこの街に来る道中で手に入れたデザートウルフの毛皮で作った簡易的なマントを取り出した。

 これはアミナがその場しのぎのために作った物だったが、スキルのおかげもあり出来が良く、皮の処理もしっかりとされていた。


 アミナはその一部と革手袋を重ねて持ち、二つの物質の形状と性質を頭の中で整理した。

 そして手の中で広げた狼の皮をじっと見つめた。

 どこか荒々しい印象を与えるその質感に、少しだけ指先で触れる。

 冷たく、粗野な感触。しかし、彼女の頭の中には、それがただの動物の皮ではないことを示す知識が次々と浮かび上がっていた。


 まずはコラーゲン。

 皮の本体を支える最も重要な繊維性タンパク質。

 これが損傷していれば、どんな修復も意味をなさない。

 幸いにもあの狼の皮は、野生で鍛えられた強靭さを持っている。

 破損部分を埋めるには、新たなコラーゲンを生成し、既存の繊維ときれいに繋ぎ合わせればいい。

 ただし、繋ぎ方を誤れば、せっかく再生した部分が剥がれてしまう。


慎重に……真皮層の流れを見極める……。


 アミナは心の中でつぶやいた。


 次はエラスチン。

 柔軟性を生む弾性繊維の補充が必要だ。

 この部分が不足すれば、いくら強度を回復させても硬くなりすぎてしまう。

 狼の皮に適したバランスで、適度な伸縮性を持たせること。

 少しでも過剰に生成すれば、完成品が伸びすぎて耐久性を損なう。

 アミナは指先で軽く皮を引っ張った。

 微かに伸びる感覚を確かめながら、最適な量を頭の中で計算する。


 脂肪の処理も重要だ。

 天然の脂肪分は柔らかさを与えるが、過剰な脂肪は皮を劣化させる原因となる。

 さらに、脂肪を完全に取り除けば、硬くなり、触り心地が失われる。

 狼の皮に残っている脂肪分は少なく、調整しやすい状態だ。

 だが、それでも油断はできない。


「ほんの少しだけ追加して、適度な柔軟性を……そうすれば長持ちするはず……」


 そう呟いてアミナはデザートウルフから抽出した脂をカバンから取り出し、少しだけ掌に乗せて一緒に持った。


 無機成分も忘れてはならない。

 カルシウムやナトリウムといった微量の金属イオンは、皮の組織の安定に欠かせない存在だ。

 この皮には、長い間自然の中で保たれてきた無機成分が含まれている。

 それを壊さず、必要な量だけ補うには、極めて繊細な操作が必要だ。


「自然の状態を維持しながら、補強を加える……」


 呟くアミナを街の住人達は物珍しそうに見て頷いている。

 少女の言っていることを理解している物はほとんどいなかったが、目の前で行われている緻密な調整は目を見張る物があった。


 そして最後は、防水性の処理と仕上げ。

 狼の皮は元々防水性がある程度備わっているが、それを活かしつつ加工後の耐久性を保つためには、表面に細やかな仕上げを施す必要がある。

 これにより、修復後の製品が水や摩耗に強いものになる。


「水滴が滑り落ちる程度の撥水性を……表面に膜を作るくらいがちょうどいいかしら」


 すべての要素を頭の中で整理し終えると、アミナは深呼吸を一つした。


「よしこれで――『究極創造(ウルティメイド)』」


 目を閉じ、集中を高める。

 彼女の指先が淡い光を帯び、スキルの力が皮に流れ込む。

 損傷部分が徐々に埋まり、表面の質感が滑らかになり始める。

 その光景を見ながら、アミナは確信した。

 この狼の皮は新たな命を得て、革手袋として再び生まれ変わるのだと。


 それは単なる修復ではない。

 大切な物を使い続けるという持ち主の思いと、彼女自身の手のひらから生まれる奇跡の融合だった。


 アミナは修復の完了した手袋を男性に差し出した。


「はい、終わりました。これで、また沢山お仕事ができますね」


 男性は手袋を受け取り、その出来栄えに目を見開いた。


「……これはすごい!新品みたいだ!本当にありがとう!」


 そのやり取りを見ていた周囲の人々も、次第に驚きと関心の色を浮かべ始めた。

 少しずつ、アミナの周りに人が集まり始める。


 次に依頼を持ってきたのは、少年だった。 

 彼は大きな木の剣を手にしており、その表面はひどく傷んでいた。


「この剣、ずっと練習に使ってたんだけど、ボロボロになっちゃって……まだ使えるかな?」


 アミナは少年の剣を手に取り、柔らかく微笑んだ。


「たくさん頑張った証ですね。ええ、直してみましょう」


 アミナは手に取った少年の木剣をじっと見つめた。

 剣の表面には深い傷がいくつか走り、全体的に擦り切れている。

 どれも繊細な裂け目であり、木材としての強度にはやや不安を感じさせるものの、まったく使えないわけではない。

 ただし、このままではいずれ完全に折れてしまうだろう。

 正直武器だけで言えば専門外だが、木剣なら斬って戦うことより、鍛錬に使う事の方が多いだろう。

 ならば『置物』と考えて修復すればイメージもつきやすい。


 木材の構成成分としてまず思い浮かべるのは木が持つ天然の繊維質とその構造だ。

 木材の主成分であるセルロースは、繊維状の分子構造をしており、その強度と硬さを支えている。

 木が育つ過程で、このセルロースが木の細胞壁を形成し、さらにその中にリグニンという成分が結びついて、木を硬く、丈夫にしている。

 木剣の場合、そのリグニンの量が強度を決定付けると言っても過言ではない。

 木がどれだけ固く、曲がりにくいかを左右するのは、この成分だ。


「この木はリグニンが少し柔らかいのね……でも、十分強化できるはず」

アミナは心の中でその木材の特徴を掴み、修復作業を始める決意を固めた。


 まずは傷の部分を整えることから始めよう。

 そう考えて再びカバンを漁ること数秒、カバンの中から木材を取り出した。

 これは祖母の家に置いてあったものだが、見たところ使えそうだった為持ってきていた。

 アミナは木剣の傷の入った部分を見定め、その部分へと丁寧に追加の木材を入れていく。


 傷の表面を平らにし、木の繊維が乱れないように追加する。

 この作業で重要なのは、木の繊維が裂けたり、ボロボロにならないようにすることだ。

 もし裂けた部分が残っていると、そこから新たに割れが生じる可能性が高くなる。

 その為寸分の狂いもないほどに凹凸を埋めなければならない。


「削った部分のセルロースを再生させるように――『究極創造』」


 アミナは木材から浮かび上がる光の粒を見つめる。

 その粒が、まるで木の細胞壁を補うように、傷口に流れ込んでいく。

 木材の強度を取り戻すために、アミナはセルロースとリグニンを持ってきた木材から新たに生成し、木剣へと組み込んだ。

 傷口が埋まると、木材の表面は少しずつ滑らかになり、傷の痕跡は消えていく。

 アミナはその感覚に満足し、さらに作業を続ける。


 次は強度を上げるための補強だ。

 木の剣が持つべき強度を取り戻すためには、単に傷を治すだけでは不十分だ。

 木材の強度を上げるには、セルロースとリグニンの結びつきをさらに強化し、木全体に均等に力がかかるようにする必要がある。


 アミナは、木材の内部に新たなリグニン分子を結びつけ、強度を高める作業を開始する。

 この作業は慎重を要する。

 もしリグニンが過剰に強化されると、木が固くなりすぎて折れる原因になってしまうからだ。

 逆に、少なすぎると木剣の耐久性が保たれない。

 長く使うための工夫を凝らすための慎重な作業がこれから始まる。


「リグニンを適度に……。力が集中しないようにバランスよく」アミナはそう自分に言い聞かせながら、木剣の中心部から外縁にかけて、少しずつ補強を施していく。


 木の細胞壁が再構築され、木剣は以前よりも堅牢になった。

 触れると、木の表面はしっかりとした感触を持ち、割れにくくなったことが伝わってくる。


 最後に、木剣の表面仕上げだ。

 傷が無くなり、強度も回復した。

 しかし、木材の表面にはまだ多少の粗さが残っている。

 それに、傷を受けた部分は乾燥して少しひび割れやすくなっているため、最後に撥水処理をしておきたい。

 木材の内部に水分が残っていると、時間が経つにつれて膨張や収縮が繰り返され、剣が変形してしまうことがあるからだ。


 アミナは思考しながら、木材に必要な潤滑成分を加えていく。

 油分は過剰にならないように、ほんの少しだけ加えるのだ。

 これで木材が乾燥しにくくなり、耐久性が増す。


「よし――でけた」


 木剣は見違えるように修復され、以前のような傷だらけの姿はどこかへ消え去った。

 表面は滑らかで、手に取るとしっかりとした感触がある。

 アミナは木剣を手に取り、少年に向かって微笑んだ。


「ほら、これでまた練習ができますよ」

「すごい!ありがとう、お姉ちゃん!」


 少年が満面の笑みで答えると、それを見た他の住人たちが「おぉ!」と声を上げ、次々に声をかけ始めた。


「このペンダント、直せるかな?」

「俺のブーツ、底が剥がれかけてて……」

「新しい髪飾りを作ってほしいんだけど!」


 広場の雰囲気が一気に活気づき、アミナの周りは次第に賑わいを増していく。

 彼女は一つ一つの依頼に丁寧に応じながら、的確にスキルを使いこなしていった。

 その光景に、最初は怪訝そうだった人々の表情も次第に変わり、いつの間にか笑顔が広がっていた。


 夕方近くになる頃には、アミナの前には修理や制作を頼む人々の列ができ、広場は穏やかで温かい空気に包まれていた。

 そして夜、その日来た人数は100人ちょっと。

 皆アミナに作ってもらった物をその場で眺めたり、実際に使ってみたりなどして嬉しそうだ。

 そろそろ帰るか、とアミナは地べたに敷いている布を回収し、最後に住人たちに向かってこう言った。


「皆様、今日はご依頼、ありがとうございました。私アミナは、冒険者ギルドより少し行った所にあります一軒家に住んでおります。今後そこで『物作り屋』を開業したく思っておりますので、そちらの方もぜひ、宜しくお願い致します。――その時はしっかり、お代と素材を頂きますがね」


 頭を下げ、スカートの端を持って軽く上げて、作り慣れない笑顔を浮かべた。

 しかし顔そのものは美少女な為、下手くそな笑顔を気に掛ける者などいなかった。

 お辞儀の癖がメイドの頃から抜けていないが、それは今更どうでもいい。

 この場にいる全員にアミナ自身の誠意が伝わればいいのだから。


「おう!絶対また行くぜ!」

「今度はどんな物がいいかしらね!」

「新しく作らなきゃいけないものが直せるってすごいよなぁ〜!」


 街の住人は夜なのにも関わらず、ワイワイしながら解散していった。

 全員が捌けた後、アミナはどっと疲れたように地面に座り込んだ。

 しかしその顔に疲労の色はなく、どちらかと言えば喜びや満悦の表情に見えた。


「誰かの為の労働……なんだか最近のことのはずなのに懐かしい感覚だったなぁ……」


 アミナはそのまま空を見上げた。

 そして今日の出来事から今後のことを少しだけ考えた。


今日は結構の数の人が来てくれたな。

初めてにしては『大成功』って言っていいんじゃないかしら。

これで街の信頼が完全に得たとまでは言わないけれど、少しだけ、この街に来たときよりかはほんの少しだけ成長しているかな。

それだったら、明日から少しお店本体の準備に取り掛かるかな。


 アミナは立ち上がって持ってきた荷物を持ち、店となる予定の我が家への帰路を進んだ。


最後までお読み頂きありがとうございます!

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それでは次回もお楽しみに!!

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