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第二章 54話『バルグレア会戦』

今回の内容は過去回想的なものなのでタイトルも『元』とか『現』の感じではありません。



何の変哲もない穏やかな朝。

僕はいつも通り、ベルと剣の修行をする。

いつもの広場にいつもの木剣を持って、誰もいない朝方を狙って、訓練を開始する。


「おい!イーノ、遅ぇぞ!」

「ごめんベル、ちょっと寝坊しちゃって」


僕は息切れして膝に手を付きながら彼に謝る。

いつもは逆なんだけど、こんな日があるのも新鮮でちょっと楽しい。

普段だって遅れた方をとやかく言うのが普通だったけど、そんなのはほんの10秒くらいで終わる。


「よし、そんじゃ始めっか!」


「うん!今日こそ勝つからね!」


「へっ!お前が今まで一度でも、俺に勝った事があるかよ!」


「そんな事言って。今日が君の、最初の敗北になるかもよ!」


僕等は剣を振りかぶってぶつけ合い、カッカッという音を僕らの故郷、バルグレアの街に響き渡らせていた。

僕等が剣を交え始めると、住人達は朝を自覚する。

それ程までに、この修行は僕等の日課となっていた。


大体2時間くらい、僕達は学校が始まるまでの時間を木剣をぶつけ合って戦った。

息切れして疲れた僕等は地面に大の字で寝転んで冷たい土と草で体を冷やす。


「はぁ……はぁ……今日もベルには勝てなかったなぁ」


「へっ、へへ……そう簡単に勝たせてたまるかってんだ」


「学校のテストなら僕の勝ちなのに……」


イーリルは寝たまま、ベルリオは体を起こして座りながら話してた。


「お前は学校で誰よりも点数高いだろ。……でも、俺より強いヤツはこの世界にもっといっぱいいる……だから、2人でなるんだ。この国の騎士に。2人でなって、2人で最強になるんだ」


ベルリオは自身の固い決意を表すように握り拳を作った。

それを見たイーリルはなんだか嬉しくなって彼の拳を自身の両手で覆った。


「これが、僕等の未来の形って事だね」


「あ?どういう事だ?」


「だって、将来はきっと僕の方が強くなるからさ、僕より弱くなったベルは僕が守ってあげるよ」


その言葉を理解したベルリオは生意気なイーリルに向かって「それじゃあ逆だ!!俺のが強いんだから、お前が内側になりやがれ!」と叫び、イーリルは「やなこったー」と聞く耳を持たずに追いかけてくるベルリオから逃げるように走り回った。


そして再び走った事で疲れた2人は、ゆっくり歩きながら自宅の方へと向かう。


「なれるといいね。2人で……最強の騎士に」


「あ?あったりめぇだろ?もしお前がなれなかったら、俺がお前に合わせてやんよ」


「うん……それもいいかもね」


イーリルは俯きながら小さく呟いた。

その態度が気になったベルリオはイーリルと肩を組んで歩いて、彼の気を紛らわせる事にした。

いきなり肩を組まれて「なんだよ〜!」とイーリルは言うが、ベルリオは「何でも〜?さっきのお返しだよ」と言って、2人は笑いながら自宅へと帰った。



―――



「今日はお集まり頂きありがとうございます早速ですが――」


僕とベルは田舎貴族というやつだ。

だから他の人と違って苗字もあるし、こういった晴れやかな集まりにも参加しなければならない。

正直退屈だ。

こんな事するくらいならベルと剣の修行がしたいよ。


「よっ!やっと見つけたぜ」


イーリルがそわそわしながら周囲を見回していると、聞き覚えのある声が自分へ声をかけてきた。

期待と嬉しさの思いで振り向くと、そこにはやはりベルリオがいた。


「良かった〜ベルに会えた」


「まぁこんだけ人がいりゃ探すのも大変だわな」


そう言って両手に持っていた持っていた飲み物の片方をイーリルに渡すと、ベルリオは悪そうな顔をしてフサフサの尖った耳をピコッと動かした。


「……なぁ、こっそり抜けちまわねぇか?」


「えっ……でも、それじゃあ怒られちゃうよ……」


「いいからいいから、こっち来いよ」


ベルリオは強引にイーリルの手を引っ張って連れて行く。


どうやら僕達は超遠縁の親戚関係らしく、全く同じ土地に2つの貴族が住んでいるのはそういう事らしい。

だからかな、あまり関わりの少なそうな僕等が仲良くなれたのは。


しばらくベルリオに手を引かれてイーリルは走った。

そして2人が到着したのは、街を一望できる切り立った崖だった。

初めて見る光景に、イーリルは目を輝かせる。


「凄い……!こんな場所があったなんて……!」


「皆には内緒だぜ?……そうだ、ここを俺達の聖地にしよう」


「聖地?」


突然言った彼の言葉に、イーリルは聞き返す。


「もし俺等が大人になって、騎士になって。そんでもって超有名になったら、この街が俺達の原点だ!って言えば、街の人も誇らしいだろうし、人も来る!そうすりゃ皆が幸せになれるだろ?」


彼の理想論にイーリルは「プッ!」と小さく吹き出して小刻みに笑った。

それを見たベルは「お前笑ったな!!」と怒って、またじゃれ合いが始まる。

未来の話をしている時の彼は、異様に生き生きとしている。

そんなベルリオを、イーリルは心の底から尊敬し、人生の指標としていた。



―――



イーリルとベルリオがバルグレアの学校を卒業して数年。

彼等は17歳になった。

コルネロ帝国の規則として、15歳以下の入団試験の受験は禁止されていた。

しかし15歳になってから2年、2人はその間に様々な修行を積んだ事で見事試験を突破した。


内容は、最低限の知識を問う教養試験。

その次に、ランダムで選ばれた複数人でチームを組んみ、魔物が大量に発生している森へと放たれる。

そしてその森の中で数日間生き残るというサバイバル。

最後に、シンプルに剣術を見る為の模擬戦闘。

その総合点で合格か不合格が決められる。


イーリルは教養試験で高得点を、ベルリオはサバイバルと模擬戦闘で高得点を獲得し、2人とも合格する事が出来た。


そして入団から早5年。

ベルリオは最年少でコルネロ帝国武装騎士団総団長補佐という、騎士団長の右腕となるほどにまで成長していた。


一方イーリルは、特に頭角を現す事などは無く、第7師団で一般の騎士をしていた。

そんな彼は今、訓練場で他の騎士達と木剣を交えて戦闘訓練をしていた。


子供の頃とは違う、ガッガッという重苦しい音が鼓膜を刺激する。

そして今日の訓練の相手は、最近隊長になったばかりの女性だった。

体格が良く、圧倒的な力の差で、イーリルは完敗してしまった。

自身の木剣を弾き飛ばされ、首元に彼女の木剣の感触が伝わる。


「はぁ……はぁ……参りました……」


息切れをした僕は無様に敗北宣言をする。

しかし彼女は木剣を首に触れさせただけで無く、木剣で僕の額を殴った。


「イデッ!」


「なっさけねぇな。それでも騎士か」


その女性は肩に木剣をポンポンと当てながらイーリルを見下ろした。


「すみません……僕、昔から剣の才能が無くて……やっぱり騎士なんて向いてなかったのかな……」


唐突に騎士になった事を後悔した。

それは昔からずっと感じていた事だ。

ベルリオに一度も勝てずに大人になり、入団試験でも筆記を頑張っただけで模擬戦闘はまずまず。

あの時の約束は何だったのだろう。


「違ぇなぁ」


隊長は低く言った。

イーリルはそれに「え?」と返した。


「お前が弱いのは才能が無ぇからじゃねぇ」


「そ、そうなんですかね……」


彼の中の自信は、もうボロボロになっていた。

目の前にいる自身の上官に何かを言われても立ち直る事が出来ない程に。

しかし隊長は続ける。


「お前が弱いのは、才能の使い方を知らねぇからだ」


「才能の使い方……ですか……?」


「あぁ、使い方を知らねぇから持ってねぇと勘違いする。だから努力を途中で止める。ホントに才能がねぇヤツってのは見えねぇトコで人十倍努力してんだよ。だから才能があるように見える。私は別に人を見る目に自信がある訳じゃねぇから勝手な事は言わねぇ。だが、こっから人十倍努力するかは、お前次第だぜ」


隊長はそれを言い残し、「おし休憩!!」と言って緑色の髪の毛をした付き人の所へと戻った。

彼女にそう言われたイーリルは自身の綺麗な掌を見て決意した。

この手を見るも無惨になるまでやってやろう、こんな綺麗なままじゃ駄目だ、と。

その日から、イーリルの人十倍努力する鍛錬の期間が始まった。


朝の冷たい空気の中、イーリルはまだ薄暗い訓練場へと向かった。

体をほぐす時間も惜しむように、彼はすぐさま走り出した。

重りをつけたままの長距離走。足場の悪い未舗装の道を、息を切らせながら何十周も走る。


次に待っているのは、岩を担いでのスクワット。

足が悲鳴を上げても、彼は止まらない。

腕立て伏せも加わり、上半身の筋肉が震え始める。

手のひらにはすでに新しい傷ができているが、それでもひたすら動き続ける。


腹筋を限界まで追い込んだ後は、丸太を抱えての持久歩行。

膝が笑い、視界がぼやけるほどの負荷。

それでもイーリルは歯を食いしばり、一歩、また一歩と進んでいく。


午前の訓練が終わるころには、全身汗と泥にまみれていた。

だが、まだ終わりではない。

食事もまた訓練の一部だった。

目の前には山のように盛られた食事が並ぶ。

大量の肉、根菜、穀物、そして水。

栄養を取らなければ体はついてこない。

息を荒げながら、ひたすら胃に詰め込んでいく。

これもまた、耐久力を鍛えるための試練。


午後の訓練が始まる。

今度は武器を使った鍛錬だ。

重い剣を振り続ける。

腕が千切れそうになるまで、何度も何度も振る。

次は重たい盾を持っての防御訓練。

衝撃を受け止めるたびに骨が軋むような感覚がするが、倒れるわけにはいかない。


さらに、坂道でのダッシュ。

全身が鉛のように重くなってきている。

だが、イーリルは気を抜かない。

最後の一歩まで全力で走り抜ける。


夜、訓練場の片隅で一人倒れ込むように座る。

だが、ここで終わりではない。

最後にもう一度、限界まで追い込むための筋力トレーニングを行う。

腹筋、腕立て、スクワット、すべてをこなす。


そして、最後の食事。

再び大量の食事を胃に押し込みながら、明日の訓練に備える。

体が悲鳴を上げようとも、彼は決して手を緩めなかった。


―――


そんなある日だった。

突然ベルリオが居イーリルに声をかけたのだった。


「よう、イーリル」


呼ばれた彼は振り返った。

イーリル――彼の口からはとてもじゃないが聞き慣れない言葉だった。


「何でしょうか、ベルリオ団長補佐殿」


堅苦しく返した。

今は城の中、そして上官と部下の関係だタメ口は論外だ。

しかしベルリオは「やめろ堅苦しい」と彼の言葉を一蹴し、話を初めた。


「最近お前すげぇ頑張ってるじゃねぇか。だから飯でも行こうと思ってよ。久しぶりに付き合えよ」


「ですが……」


「いーから付き合え!上官命令だ!」


彼の堂々過ぎる職権乱用にイーリルは少しだけ笑い、「しょうがないな」と言って夜の街へと繰り出す事にした。

帝都パラディンには騎士団員しか利用できない食事処があった。

しかもそこはかなりの偉い人じゃなければ入れない所だった。

ベルリオは「俺のおごりだ」と言ってその店にイーリルを連れて行った。


中に入って一通りの食事が届くと、2人は談話を始めた。


「最近どうだ、訓練の方は」

「新しく来た隊長の人が凄い強いかな。なんでも色々な国を渡り歩いてるとかって噂でさ」

「あっ、それ俺も聞かされたわ。一応俺の部下だけど……俺なんかより経験豊富なんだろうな」

「そりゃそうでしょ。でも君と同じで座学なんかは苦手らしいよ。陛下がボヤいてるのを何回か聞いたってヤツがいた」

「……遠回しに俺の事馬鹿にしてんだろ。んーでも頭の良し悪しって時と場合によるしなぁ……常識的な事を知ってるから頭が良いってのもあるし、戦闘面での頭の良さってのもある。その隊長は後者じゃねぇか?」

「なるほどね、じゃあ君も後者になるのか」

「それこそ俺となんて並べられねぇくらい賢いだろ」

「ふっ……それもそうかもね」


2人は酒が回る前に真面目臭い話をした。

そして料理をつまみつつ、運ばれて来たジョッキを持って、飲む時に乾杯をする。

「おつかれさん」

「あぁ、おつかれ」

そう言い合って酒を飲む。


しばらく飲みながら他愛もない話が続く。

故郷へは帰っているのか、手紙くらいは出しているのか。

昔遊んだ遊びはもうやっていないのか、それとも再燃したのか、こんな話ばかりだ。

そんな中、酔っ払ったイーリルが口を開いた。


「なんだか……お前が遠くなっちまったな」


「えっ?」


「だってそうだろ?一緒に入団したのに、片方は時期団長と謳われる団長補佐。もう片方は芽も出ずに下の方でなんとかやってる一般騎士。俺達って、何が違ったんだろうな……」


そう訊かれ、ベルリオは回答に困った。

別にイーリルには訊いたという感覚は無かったが、訊かれていなくても必然的に考えてしまうことではあった。


「やっぱり、才能の違いなのかな……昔からお前には一度も勝ててないしさ」


「でもお前は――!」


「勉強で勝ってたとでも言う気かよ。そんなので剣が上達するなら俺は今頃お前と同格だろうがよ。……でも今はそうじゃねぇ。お前は雲の上の存在で、俺は地を這う虫けらだ」


「そんな事ねぇって。お前はお前だろ。俺と比べる必要なんてねぇ……」


「へっ……それにしたって俺に構うなんてよぉ、団長補佐っつーのは暇なのか?あ!?俺に構ってんのは俺が惨めだからか!?同じ環境と境遇で育ったのに自分の方が優秀になっちまって、その罪悪感を消す為に俺と飲んでんだろ!!なぁ!?そうだろ!!」


「急にどうしたんだ。飲み過ぎだぞ。今日はもうお開きに――」


「なぁ答えろよベルリオ!!正直に言ってみろよ!!お前は俺の後ろをついてくるだけの金魚のフンだってよ!!そう言や!!そう言ってくれれば!!俺は今を諦められんだよ!!」


あまりにも突然の怒りと突然の言葉。

それらに心当たりが無いか、とベルリオは頭の中を探る。

すると、一つの言葉が主張を始める。

それは己の指標の1つであり、信念の核となるものだった。


『俺より強いヤツはこの世界にもっといっぱいいる……だから、2人でなるんだ。この国の騎士に。2人でなって、2人で最強になるんだ』


それを自覚した時、ベルリオは胸のあたりがギュウッと締め付けられる感じがした。


俺の放った一言が友を呪い、縛り付けている。

こいつは優しい――だから自分から降りる事が出来なかったのだ。

それがこの言葉、それが、友の本音だ。


「そうか……そうだったのか」


ベルリオは己の未熟さと滑稽さに半笑いで呟いた。

かなり酔っ払っていたイーリルはそれを自身への嘲笑へと勘違いし、「何笑ってんだ!!」と叫んで彼を椅子から押し倒して馬乗りになった。

そして一発一発、拳を顔面にいれていった。


「おいおい何やってんだあんた!!」

「おい!!皆!!この2人を止めろ!!」


イーリルの一方的な暴力を一同は体を張って制止した。

暴れるイーリルを取り押さえながらベルリオを遠ざける。

そんな彼は終始無抵抗で、気の抜けた表情ばかりをしていた。


―――


後日、ベルリオとイーリルは、その話を聞いた皇帝のリプスに呼び出された。

酔っ払っていたが、先日自身がした事をはっきりと覚えているイーリル。

そんな彼への自責の念が絶えないベルリオ。

2人は部屋に入ってリプスが喋りだしても尚、心ここにあらずと言った感じだった。


リプスが2人に言った内容とは、やはり先日の事についてだった。

それに関しては、イーリルはどんな処分でも構わないと思っていた。

どんな処遇になれど、それは相応のものだ。

上官に手を上げてそれを無抵抗で見逃す上官。

世論はどう見たってベルリオを支持するだろうし、イーリル自身のコンプレックスなど加味してくれるハズも無い。

それが当たり前なのだから。


しかし、皇帝の口から出た言葉は、イーリルの処分に関する事では無かった。

これからは酒を飲み過ぎず、日々調整しながら酒を飲むように、という話だった。

あまりに想像から外れていた皇帝の言葉に、イーリルは失礼と思いつつも反論した。

だが、「酒で失敗なんて沢山ある。ワシなんて何十回失敗した事か……」と言われてしまった。

それを聞いたベルリオは、上官という事もあってか「ありがとうございます陛下」と膝をついて一言言った。

本来ならば、イーリルもそうするべきだったのだが、何もかもに納得ができず、ただ口籠っているしかなかった。


そんな時だった。

城の中で何か小さな声が響いていた。

それは次第に近づいて来ており、遂には3人がいる部屋の前に来た。

扉が勢い良く開かれ、叫んでいた騎士が息を切らして入ってきた。


「何事じゃ騒がしい」


「たった今報告がありました!!」


彼のその表情から、いい知らせという可能性はまず真っ先に消えた。

「なんじゃ」と静かに皇帝は問う。

その騎士団員は、はぁはぁと息を整える暇も無く、要件を叫んだ。


「ククルセイ王国の聖騎士に――子供が撃ち殺されました!!」


彼の言葉に一同は唖然として、思いつく限りの質問を一度に投げつけた。

しかし当然ながら一度には答えられない。

騎士団員は順を追って説明する。


「ククルセイの聖騎士が我が国の試作兵器である魔道銃器を何故か所持していました。あれは我が国でも扱える者が限られている一品です……。勿論ヤツ等に扱える訳も無く、誤作動を起こしてとある街の少女を……!!!」


「おい!!その街ってのはどこだ!?」


「ククルセイと我が国の国境線沿いにある――バルグレアという街です!!」


その言葉を聞き、ベルリオとイーリルは、背中を氷柱で突き刺されたような感覚だった。

冷たいものが背筋を伝い、体の感覚が無くなっていく。

そして最終的に立っているのもやっとの状態となり、呼吸も荒くなる。

これが、全ての始まりだった。


―――


数日経過し、リプスは通信水晶でククルセイの国王との会談を行った。

最初は直接行く、と聞かなかったが、危険過ぎる為なんとか説得させた。

その会談は数時間ほど続き、一対一で水晶越しに話をしていた。


結論から言うと、話にすらならなかった。

リプスは、今すぐ賠償と遺族への謝罪をすれば戦争はしない、と述べたのだが、ククルセイの国王は、「我々に使えない武器を送りつけ、戦争の火種を灯させた」と理由の分からない逆ギレをし始めた。

それに対して「どこから武器を受け取った?」と聞くと、はぐらかされて結局聞き出せなかった。


そこからは早かった。

先程の無茶な言い分を通して、ククルセイはコルネロに戦争を仕掛けてきた。

圧倒的兵力差でもあるのかと思っていたが、実際はそんな事は無く、兵力も経済的余裕も、コルネロの方が圧倒的に有利だった。

何故仕掛けてきたのか、それが分かったのは戦争が始まってから2年程経過してからだった。


いくら削っても聖騎士が現れる。

最初は回復系の魔法を使っているから助かっているのかと思っていた。

しかし実際はそれだけではなかった。

どうやら、ククルセイの親分の様な国であるレリックが、騎士や冒険者を派遣していたようだったのだ。

そのおかげもあってか、ククルセイはコルネロとも戦えていた。

だがコルネロもそれだけでは終わらない。


戦争が始まった事で本格的に魔道銃器の開発に取り組み、他の国からの支援もあって、僅か半年で完成にこぎつける事が出来た。

当時の魔道銃器は、弾速も遅く、当たっても致命傷にならない事の方が多かった。

だがそれが功を奏したのだ。

死者を出すよりも怪我人を大勢出した方が、相手にとって足手まといが増える事になり、結果的に敵国の足を引っ張る事が出来たのだ。


それによって戦争は五分五分の戦いが続いていた。

そんな中で、イーリル含む第7師団はバルグレア配属となり、団長補佐でもあるベルリオも、国境線付近という重要な土地での戦闘の為、派遣された。

そして今は一時休戦の時間だった。

それぞれの国が、国の為に戦って死んでいった同胞達を弔ったり、怪我人を治療していた。


イーリルにとっては、故郷に帰るのが入団試験を受けて帝都に行った以来だった。

無惨に変わり果てた街を見ながら、フラフラと歩く。

そんな時、背後から声をかけられた。

振り向くと、そこにはベルリオがいた。


「ちょっと付き合え」


彼はそれだけを言ってついてくるように命令した。

上官の指示だ、仕方が無い、と自身に言い聞かせて彼の後ろを歩く。

ベルリオとは、まだ蟠りがあるままだった。

あの日以来まともに会話すらしていない。

ずっと戦争が始まる直後のままだ。


少しの坂を昇り、藪を抜けた。

そして到着したのは、街を一望できる切り立った崖だった。


「覚えてるか……ここ」


「……あぁ、忘れもしない。僕等の聖地だ」


2人はそこから、戦争の舞台となってしまった故郷を見下ろす。

バルグレアは今や、この戦争の最前線だ。

ククルセイと接しているのがその付近の国境しか無いからだ。

破壊された街は身を隠すのに使用され、自分達の自宅だった場所も今や見ず知らずの人間が身を隠すのに使っている。

そんな街を見るのは2人にはどんな拷問よりも辛く厳しいものだった。


「これが聖地から見える景色か……この景色を聖騎士が作ったんだって考えると、なんだか昔の自分達が浅はかに思えてくるな」


「しょうがないさ。これは他国との戦争で、あの時の僕達は未熟で世間知らずだったのは事実だったんだから」


2人は目も合わせずに会話をし、街を見下ろしている。

そんな時、突然遠くに巨大な光が見えた。


「なんだあれ……?」

「ククルセイの攻撃か?魔法に長けてるヤツもいるって聞くしな」


その光を不思議に思って見ていると、その光はドンドンとこちらへ近づいてきている。

そして、ものすごい速度で接近してきたそれは、2人の立っている崖の下の方へと激突した。

衝突の衝撃でグラグラと地面を揺らし、切り立った崖を破壊した。


「うおっ!なんだ!」

「とりあえず脱出だ!!下に跳ぶぞ!!」


ベルリオの指示でイーリルも下へと飛び降りた。

その光景を遠くから見ているその光を放ったと思われる人物は「アッハハハ」と笑っていた。


「あの……今は休戦中でして……」


ククルセイの聖騎士が一言言った。

しかしそれを気にしていないのか、「いーのいーの。これが開戦の合図だって向こうが勝手に信じてくれるから。攻めに頭が回ってる馬鹿程倒しやすい敵はいないよ?」と甘い囁きをした。

そして案の定、ククルセイの聖騎士がいる方へと、コルネロの騎士達が攻めてきた。

再び休戦の時間は終わり、争いの時間となった。


崖が破壊され、地面へと着地した2人は、謎の光に攻撃を受けたとして、走って自陣へと戻っていた。


「あの光は何だったんだ……?」


「普通に考えてヤツ等の攻撃だと思うけど……嫌な予感がする……」


2人が街の外れにあるコルネロ帝国のキャンプ地に着くと、2人はそこにいた作戦本部の人間達に確認と報告をした。

しかし本部の人間たちは不思議そうな顔をして2人に向かって叫ぶ。


「何故今ここにいるんですか!!先程の光はククルセイの開戦の合図です!!お2人も今すぐに参戦して下さい!!」


そんなものは聞いていない。

しかしそれが上からの命令ならば、従うまでだ。

2人は同時にそう思考し、前線へと向かって走り出す。

途中まで走ると、イーリルに「悪いが先に行くぞ!」と言ってベルリオはイーリルには到底追いつけないような速度で走り抜けていった。

あれが人獣である彼の利点か、と思いつつも、自身も早く戦場に出る為に全速力で走る。


そして戦場に颯爽と現れたベルリオは、目にも止まらない速度で走り抜けながら、敵を蹂躙する。

敵国は聖騎士という事もあって、ガチガチに鎧を着込んでいたが、関節部分や隙間が空いている所へと刃を差し込み、攻撃が来る前に他の標的へと移動する。

その様子を見たコルネロの騎士団員は鼓舞され、攻めの手を緩めなくなった。

イーリルが戦場へ辿り着いた時には、先制攻撃をしたハズのククルセイは休戦前のボロボロの状態だった。


「やっぱり……俺なんて……」


イーリルは剣を持った手に強く力を入れ、遠くから戦況を見ていた。


活躍しているベルリオを良く思わなかったのか、先程謎の光で崖を破壊したククルセイの人間が、「あいつなんなの」と不機嫌そうに言った。


「あれはコルネロの武装騎士団総団長補佐の人間です。若くして騎士団のNo.2でありながら、その実力は総団長以上という噂です」


「ふーーん。面白くないね。消しちゃおっか」


「えっ?」


聖騎士の1人が疑問に満ちた声を上げた。

しかし次なる疑問を投げる暇も無く、ローブを被ったククルセイのその人物は手を前に出し、袖の先から巨大な蛇のようなものを凄まじい速度で発射した。

それは一直線にベルリオを狙う。

その為、彼への射線上にいる敵味方は、その蛇にあっという間に食いちぎられる。


「ありゃ、でも見えちゃったら意味ないか。……蛇ちゃん消ーえろ」


ローブの人間はそう言うと、言ったとおりに蛇の姿が見えなくなった。

だがしかし、破壊の痕は見受けられる。

可視化出来なくしただけのようだった。


そしてその突進してくる蛇にいち早く気がついたのがイーリルだった。

遠くから戦場を見つめていた彼だからこそ気がついた攻撃だった。

それに、その攻撃がベルリオを狙っているというのもすぐに理解した。


「ベルリオ……!!!」


言葉になっていない叫び声を上げながらイーリルは走り出す。

だが蛇が迫る方が圧倒的に早い。

間に合う、間に合わないでは無い。

間に合わせるんだ……!!


「ベルゥゥ!!!!」


戦場に一瞬の静寂が広まったほんの数秒。

ベルリオは呼ばれ慣れた言葉に振り返ると、イーリルに体を押されて横に飛んだ。

すると次の瞬間、ベルリオの片腕が透明な空間に食い千切られた。


「――ッ!!」


ベルリオは腕が食い千切られた瞬間、利き手ではないもう片方の手で剣を掴み、不可視になっていた蛇の胴体を感覚だけで斬り裂いた。

剣を振り下ろした場所からは大量の血が流れ落ち、透明な空間から血潮が吹き出した。

しかしそれを気にしている暇は無く、イーリルはベルリオを治療所まで担いで走った。


その背中を、遠くからローブの人物は見ていた。


「あーあ、逃げられちゃったね」


「わ、我々はこれからどうすれば……?」


「知らないよ。私は飽きちゃったから帰るね。ばいばーい」


「そんな!!メルナス様!!」


ずっとメルナスと呼ばれた者に付きまとっていた聖騎士は、メルナスを制止しようと呼び止めたが、振り向く素振りはない。

しかし少しすると、「そうだ」と呟いて人差し指をその聖騎士に向けた。

何をされるのか全く分かっていなかった聖騎士はメルナスの元へと歩いて近づく。

すると次の瞬間、その聖騎士の体が血を巻き上げながら弾け飛んだ。


「君、うるさいから死刑ね♡」


それだけを言って鼻歌を歌いながら、ローブを脱ぎ捨て、舞い上がる砂埃の中、姿を消した。


―――


「おい!!しっかりしろ!!ベルリオ!!」


意識が遠のく中、かすかに聞こえる声にベルリオは耳を傾けた。


「大丈夫だ!!俺が連れてってやる!!だから死ぬな!!大丈夫だ!!大丈夫!!大丈夫、だから――!!」


そんな同じ言葉を繰り返すイーリル。

心配の声や、嘆きの声、悲鳴なんかより、よっぽど痛みを忘れられる。

ベルリオは、いつの間にか大きくなっていたイーリルの背に身を預けながら、意識を失った。



―――



意識を失ってから三ヶ月、ようやくベルリオは目を覚ました。

しかし彼が目を覚ましたのは、戦争が冷戦状態に入った後だった。

目を覚ました彼はすぐ近くにいた医者に話を聞いた。


レリックがククルセイへの支援を打ち切った事で戦争は膠着状態になった事。

その隙にコルネロはククルセイに攻め込んでも良かったのだが、リプスにその意志は無かった事。

しかしククルセイの威勢だけは変わらなかった事。

そして、腕を斬り飛ばされ、傷口に謎の毒が入り込んで、三ヶ月意識が戻らず、腕も元に戻せなかったという事を。


ベルリオはそれを聞いた途端、急いで医務室から飛び出した。

そして彼を探す。

イーリルだ。

自身を運んだ後、彼は死んではいないか、それだけが不安だった。

途中「あっ、総団長」と声を掛ける騎士団員もいた。

どうやら戦争中の活躍が認められた事で、団長自らその座をベルリオに譲ったそうだ。

だが今はそんな事どうでもいい、イーリルはどこだ。


「おいお前!イーリルはどこだ!」


無い片腕までも前に出し、一般騎士の肩を掴む。

するとその騎士は「えっ……確か兵器開発部門に異動したんじゃ……」とだけ言った。

それを聞くと再びリハビリをしていない体で走る。

そしてようやく、兵器開発部門が使用している研究室の前まで辿り着いた。

研究室の扉を片腕でバンッ!!と開けると、丁度目の前に知っている男の後ろ姿があった。


髪は騎士団時代より伸びており、白衣なんか着て全くの別人に見えても不思議じゃなかったが、彼は見間違えない。

入口から研究室内に入ってその男へ近づく。

しかし、彼が近づき終わる前に、目の前の男は後ろを振り返った。


「あっ、……ベルリ――オォォ!!!!」


声をかけようとした瞬間、ベルリオは目の前の男にタックルするが如く抱きついた。

イーリルは最初、黙って抱きついてきた引き剥がそうとしていたが、ベルリオが言葉を発した瞬間にそれをやめた。


「イーリル……!!良かった!!お前も無事だったんだな……!!」


「言ったろ。俺がお前を守るってよ」


その光景を見た他の研究者達は一斉に顔を見合わせて研究室から出ていった。

「そんな気遣いいらないのにな」とイーリルは困ったように言って、ベルリオを近くにあった椅子に座らせた。


「具合、どうだ?なんかお前、透明な巨大蛇に腕食い千切られちまったんだぞ。毒が大変だって、医者が言ってた。どうにか毒の入った部分を切り取って処置したから大事にはならなかったらしいが、そのせいもあって腕を元通りに出来なくなっちまったんだってよ」


「……そうか。右腕を失った俺には、利き手でお前に触れる事も、剣を握る事すら許されないのか……」


ベルリオは少し俯いて、悲しそうな笑顔を浮かべて言った。

それを黙って見ていたイーリルは「ちょっと待ってろ」と言って研究室の奥の方へと入っていった。

しばらくしてガタガタと音が鳴り、イーリルは布に包まれた何かを持って来た。


「やる」


「これは?」


「いいから見てみろ」


淡々と会話が進められ、言われた通りベルリオは布を取った。

すると、そこに現れた物に驚いて目の前の物の名前を無意識に呟く。


「これは……義手……?」


「正確には『魔道義手』だ。魔道銃器の原理と構造を応用して俺独自で開発した。お前が寝ている三ヶ月の間にな」


「はっ!?どういう事だよ!?」


「俺は武装騎士団を辞めたんだ。そっから兵器開発部門に入り直した。まぁ、陛下の計らいで試験は免除されたから、異動って事になってるな」


笑顔でイーリルがそう言うと、ベルリオはイーリルの胸ぐらをつかんで睨みつけた。


「馬鹿野郎!!何考えてやがんだ!!本当の異動ならまだ大丈夫だが、一度辞めてからまた入るってなると、下積みが大変になっちまうんだぞ!!……それに、2人で最強の騎士になるのはどうした……」


「……だからだよ」


低く呟いたイーリルに向かって「あ?」と返した。


「入団してから考えていた事でもあったんだ。もしかしたら魔道銃器を応用して人助けが出来るんじゃないかなって……それが俺の作ったこの義手だ。お前、今自分が無意識に右腕を振り上げてるって分かってんのか?」


ベルリオはハッとして二の腕辺りまでしか無い腕を下ろす。

そのついでに掴んでいたイーリルの胸ぐらも離した。


「俺は人を救いたい。でもその方法は騎士に限った事じゃない。……お前は、俺に救われる最初の人間だ。だからその分お前は、俺に救われたその右腕で、最強の騎士になれ。そうすれば――2人で最強の騎士だ」


堂々とした態度でそう言われ、ベルリオの胸と頭は破裂しそうな想いを抱えた。

そして騎士団に入団してから初めて、イーリルの前で涙を流し、「ありがとう……イーノ……」と呟いた。

それに対し、「だからって、普段通り接しないと絶好だからな」と返し、しばらく2人は研究室の中で、これからの事と新たな目標を胸に刻み込んでいた。


この一連の戦争が、第二大陸内で後に『バルグレア会戦』と呼ばれる、2人の英雄を生み出した戦争となったのだった。

1人は武力で、もう1人は技術で。

そうして義手ながら最強の、コルネロ帝国武装騎士団総団長、ベルリオ・ナーダが誕生したのだった。



最後までお読み頂きありがとうございます!

よろしければブックマークや感想の方よろしくお願いします〜!


遅れてすみませぇぇん!!!

かなりの文章書いてしまったので遅れました!!

多分おかしな所とか結構あったと思います!!

そして次回はメイとカルムの回となります!


それでは次回もお楽しみに!!

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