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第一章 3話『『元』究極メイド、サバイバルをする』

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 熱風が肌を刺し、乾いた砂が靴の中に入り込むたびにアミナは軽く舌打ちをした。

 広がる荒野はどこまでも続き、目印になるものもほとんどない。

 ときおり吹き抜ける風が舞い上げる砂埃が視界を遮り、彼女の焦りを煽る。それでも表情を歪めることなく、淡々と歩みを進めていた。


「この過酷な大地も、魔物が巣食う理由の一つなのかしら……」


 つぶやきながら、アミナは周囲を見回す。

 彼女の頭の中では、過去に読んだ文献や聞き覚えのある地理情報が整理されていた。


『第二大陸マーモ』

 魔物たちが支配する過酷な大地。

 一般人にとっては過酷過ぎる環境であり、一歩街から出れば、魔物に襲われる危険がつきまとう。生き延びるためには適応力と知識が必要不可欠な場所だ。


 そんな大陸だが、希望はあった。

 それは、魔物を倒すことで報酬を得ているならず者達、『冒険者』が大勢いるということだ。何も未開で人類未踏の地という訳では無い。

  この大陸にもいくつかの国があり、様々な文化を持った地域がある。

 そんな中で、人々の困り事や魔物退治に名乗りを上げたのが国の運営する『冒険者ギルド』の冒険者達だ。

 彼等は誰しも事情があったり無かったり……それにより冒険者になるのに素性は問わないという。ならば追い出されたアミナ自身も冒険者になれるのかもしれない。


 だがまずは、この荒野を抜けなければならない。

 アミナは再び舌打ちをした。


「まぁ、こんな状況で文句を言ったところで仕方ないけど」


 独り言をつぶやきながら、アミナは足元の小さな植物に目を留めた。薄緑色の細い葉を持つその草は、砂の中からわずかに顔を出しているだけだった。


「……これ、『クレイブグラス』ね」


 しゃがみ込み、その草を摘み取る。

 クレイブグラスは乾燥地帯でも育つ生命力の強い植物で、その根は水分を多く含んでいる。

 葉の部分はほろ苦いが食用にもなり、火を通せばさらに栄養価が高まる。


「苦いのは嫌だけど、他に食べられるものがなさそうだし……」


 根の部分を丁寧に掘り出しながら、アミナは淡々と作業を進めた。持ち歩けるように根と葉を分け、布袋に入れる。その仕草はどこか手慣れており、余計な動きが一切なかった。


―――


 野草を一通り摘み終わりしばらく歩き続けると、背後から砂を踏む音が聞こえた。

 微かに振動する地面が、足音の主が小柄ではないことを知らせてくる。アミナは動きを止めると、ゆっくりと振り返った。


 視界に入ってきたのは、灰色の毛で覆われた四足の魔物だった。その目は赤く輝き、鋭い牙を剥き出しにしている。

 体高は大人の腰ほどあり、遠くからでもその筋肉の密度が分かる。魔物図鑑で見たことのある種――デザートウルフだ。


「……なるほど、これがこの大陸の歓迎会ってわけね」


 アミナは呟きながら背中に手を回し、先ほど作り出した短剣を取り出した。

 使い慣れていない武器ではあるが、手に馴染む感覚は悪くない。


 デザートウルフは威嚇のように低く唸りながら、じりじりと距離を詰めてくる。

 その動きには隙がなく、野生ならではの本能的な計算を感じさせる。


「やるしかない、か」


 アミナは深く息を吸い込むと、一気に前へと踏み込んだ。

 短剣を水平に構え、デザートウルフの動きに集中する。相手が跳びかかるタイミングを見極める必要があった。


 デザートウルフが大きく吠え、同時にアミナへと飛びかかってきた。

 刹那の判断で身を低くし、その牙を避ける。

 短剣を勢いよく振ると、ウルフの前足に深い傷が入った。だが、デザートウルフは怯むどころか怒りを増したように再び突進してくる。


「しつこいわね!」


 再び短剣を振り下ろし、ウルフの肩に一撃を加える。これが致命傷にはならないことを悟りつつも、アミナは冷静だった。

 無駄な力を使わず、必要な一撃を与えることだけを考える。


 数度の攻防を繰り返した後、ウルフはついに動きを止めた。荒い息をつきながら地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなる。

 アミナは短剣を振り上げたまましばらく警戒していたが、敵が息絶えたことを確認すると静かにため息をついた。


「やれやれ、こんな感じでいちいち襲われてたら身が持たないわ」


 短剣についた血を砂で拭いながら、彼女はぼやいた。


―――


 デザートウルフを倒した後、アミナは再び歩き始めた。

 空が夕焼け色に染まり始め、気温が徐々に下がっていく。昼間の過酷な暑さから解放される代わりに、夜の冷気が体温を奪っていくのだ。


「夜は寒いって聞いてたけど、本当に容赦ないわね」


 彼女は手元にある限られた材料を見つめながら考えを巡らせた。

 幸いにもデザートウルフの毛皮はまだ使える状態だった。適切に処理すれば、寒さをしのぐ防寒具として利用できる。


 手際よく毛皮を剥ぎ取り、短剣で形を整える。

 次に、草木の繊維を利用して簡易的な紐を作り、それを毛皮に縫い付けていく。短時間で作られたそれは、彼女の体を覆う立派なマントとなった。


「これで少しはマシにれなるかしら……って、そういえばスキル使えばすぐ済んだのについ手作りしてしまった……クセってすぐには抜けないのね……」


 手作りした簡易マントを羽織りながらアミナは呟いた。

 屋敷ではスキルを使わず、ほとんどが手作業で行われていた為、スキルという存在を忘れていたほどだ。今更、物を作る時に全てスキルで作ろう、とはならない。


 作ったマントを肩にかけてみると、思った以上に暖かく快適だった。

 アミナは満足そうに頷くと、背後にある突出した岩に背中を預け、眠った。食事をとる気力など、今のアミナには無かった。

 彼女に今最も必要なのは休息だと、彼女は自身で判断出来ていた。


 クビにされて、いきなり知らない土地に飛ばされて、慣れないスキルを使って、短剣を作り戦う。

 こんな騒がしい一日はアミナの記憶にはそうそう無い。だがこれも悪くは無い。

 一生屋敷務めでいいと思っていた自分が少しアホらしく思えた。そうしていく内にアミナの意識は段々、閉じた眼の闇の中へと沈んでいった。


―――


 彼女は再び、人のいる場所を目指して荒野を歩いた。

 途中、いくつかの草を見つけるたびに立ち止まり、食べられるかどうかを見極める。葉の形状や匂い、触り心地から安全なものを判断し、少しずつ集めていく。

 クレイブグラス以外にも、小さな赤い実をつけた低木や、辛味のある茎を持つ草も見つけた。


「食料はこれでなんとかなる……あとは水ね」


 アミナは唇を噛みながら呟いた。

 最も重要な資源である水が確保できなければ、このサバイバルに勝ち目はない。


 そう思いながら荒野を進むと、ふと湿った空気を感じた。周囲を見回すと、遠くにかすかな草木の茂みが見える。

 それは荒野では珍しい光景だった。アミナは疲労を感じながらも、その茂みを目指して歩き出した。


「一か八か……ね……」


 何度もこの言葉を自分に言い聞かせながら、彼女は前へ進んだ。

 やがて茂みにたどり着くと、小さな泉があるのを見つけた。透明な水がわずかに湧き出ており、アミナはその場にしゃがみ込んだ。


「やっと……やっと見つけた」


 両手ですくって水を飲むと、冷たさが体に染み渡る。生き延びるための一歩を確実に踏み出した彼女の表情には、わずかな安堵が浮かんでいた


 アミナは湧き出る泉のそばで一息ついた。

 冷たい水の感触が喉を潤し、体中に力が戻ってくる。けれど、その顔にはまだ険しさが残っていた。


「たまたま見つけただけで喜ぶのはまだ早いわね……この泉だっていつまで使えるかわからないし」


 彼女は冷静な思考を保ちながら、頭の中で次の計画を練っていた。

 この泉が安全かどうか、そして長くここに留まるべきなのか。

 魔物に襲われるリスクが高いこの地では、すべてを疑ってかかる必要がある。


 アミナは短剣を手に取り、周囲を警戒しながら火を起こす準備に取りかかった。


―――


 夕日が地平線の向こうへ沈み、青紫の空が徐々に闇へと変わり始める頃、アミナは焚き火のそばに腰を下ろしていた。

 微かな風が周囲の静寂をなでるように吹き抜ける。

 火の暖かさが肌を包み、ふとした瞬間に立ち上る煙の匂いが鼻をかすめた。

 心地よい焦げた木の香り――それは荒野の中で彼女をほんの少しだけ「安全」だと錯覚させる。


「火があれば、ひとまず安心ね。次は腹ごしらえよ」


 誰に言うでもなくつぶやき、アミナは採集した食材を手元に並べる。素材は限られているが、工夫と経験でどこまでできるか、それを試すのも悪くない。


 アミナが手にしたのはデザートウルフの肉片。

 彼女は短剣を抜き、肉の筋を丁寧にそぎ落とす。その手つきは驚くほど滑らかで、無駄なくスムーズに進む。

 肉を切り分けるたび、薄く透き通るような赤い肉の層が現れる。新鮮さが感じられるその光沢に、彼女の中でささやかな期待が高まった。


「硬そうに見えて、意外といけそうね」


 そう言って満足そうに頷きながら、次はクレイブグラスの葉を取り出す。

 その緑はややくすんでいるが、強い香りがほんのり漂う。

 「苦みが強いけど、火を通せばいいアクセントになるはず」とつぶやきながら、葉をちぎり、茎を刻む。


 手早く作業を進めながら、アミナは荒野で見つけた赤い実を取り出した。

 つぶした瞬間に甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐる。その香りはどこか懐かしく、同時に鮮烈だった。


 アミナは平らな石を即席の調理台に見立て、焚き火の炎で熱した。その表面がじんわりと赤みを帯び始める頃、赤い実の汁を少量垂らした。

 ジュッという音とともに酸味の香りが一気に広がり、火のそばにいる彼女の空腹をより一層刺激する。


「これなら、肉の野生的な匂いもいい具合に中和できそう」


 そう呟きながら、アミナは肉片を熱した石の上に乗せた。

 その瞬間、弾けるような音とともに白い煙が立ち上る。

 肉が焦げる香りが広がり、焚き火の明かりの中で肉汁がじわりとにじみ出ていく。


 しばらくして、彼女は肉を裏返した。表面には均一な焼き目が付き、香ばしい匂いがさらに濃くなる。

 ジュワジュワと音を立てながら滴る肉汁は、目で見るだけで味の良さを伝えていた。


 次にアミナはクレイブグラスを肉の上に乗せ、軽く焼きながら混ぜ合わせた。

 葉から出る微かな苦みと茎のシャキシャキとした食感が、肉の柔らかさを引き立てるだろう。


 最後に赤い実の汁をさらに垂らし、ほんの少し焦げる程度に加熱する。甘酸っぱい香りと香ばしさが渾然一体となり、アミナの周囲に漂う。

 仕上げに、刻んでおいたクレイブグラスの茎を散らして彩りを加えた。


「完成〜。名付けて……『荒野のこんがりウルフステーキ〜レッドポッチのソースがけ〜』……なんてね」


 彼女は自分の作った料理に名前をつけた。

 レッドポッチとは先程採った赤い実のことで、癖のある肉食の魔物の肉を食べやすくしてくれるハズだ。


 完成した料理を手に取り、アミナはそっと口に運ぶ。歯が肉に触れた瞬間、その柔らかさに驚く。

 外側はパリッと香ばしく、中は信じられないほどジューシーだ。

 肉汁と甘酸っぱいソースが口の中で絡み合い、ほのかな苦みがそれを引き締める。

 さらに、シャキシャキとした茎が食感にアクセントを与え、完璧なバランスを生み出している。


「……悪くない、どころじゃないわね。フフ……」


 自然とこぼれた言葉に自分で驚きつつも、アミナは満足げに微笑む。


―――


 食事を終えたアミナは、焚き火のそばでゆっくりと身体を休めた。

 空腹が満たされ、ほのかに広がる満足感が荒野の静けさと溶け合っていく。

 この限られた環境でも、彼女のスキルと知識があれば「生きる」という行為はただのサバイバルではなく、「楽しむ」という域に達するのだ。


「メイドでよかったって、こういう時に思うわね」


 小さく笑いながらアミナは目を閉じ、炎の揺らめきの中で次なる挑戦に思いを巡らせた。



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それでは次回もお楽しみに!!

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