第三章 9話『『元』究極メイド、一旦合流する』
村から少し外れた泉にあった社からエルダーという少女を連れ出したアミナ。
エルダーは今にも崩れそうな祠の中に長年放置されていたらしいとアミナは考察するが、その実情は今のところ分からない。
という事で、一旦メイの待つゼゴット村の宿屋に、エルダーを連れて向かう事にした。
本人は認めていないが、アミナが見た限り、彼女はどうやら子供が好きらしいし、エルダーを連れて行ってもなんら問題ないだろう。
それにまだ、死者が蘇るというアルダナ教の教祖が行っている事の実態を掴めていない。
そんな中、年端もいかない少女を再びあのボロボロの祠に戻すのは危険極まりない。
もし仮に、今までも死者の蘇生らしき何かが行われている間無事だったとしても、これから何が起こるかはまだ分からない。
食事も一緒にしたし、アミナを女神と言って懐いているし、邪険に扱って引き離すより、近くに置いておいた方がよっぽど安全だろう。
「と、いう事で一旦宿屋に帰ってきた訳ですが……」
アミナが言葉を止めて正面を見直す。
その視線の先には、椅子の背もたれに寄りかかっているメイと、アミナには見覚えのない女性がいた。
「えっと……メイさん。その女性は誰ですか?」
お腹がいっぱいになってなった事で眠ってしまったエルダーを膝に抱え、アミナは問いかけた。
するとメイは片手を横に差し出して、横にいる女性をアミナに紹介した。
「こいつはリューネ・レミネム。お前が出かけた後たまたま知り合ってな、若い割にかなり話せる」
紹介されたリューネはアミナに1度頭を下げた。
何故メイが上から目線なのか突っ込もうかと迷ったが、アミナもリューネに頭を下げて挨拶を交わした。
「お初にお目にかかる。メイ殿に紹介された通り、私の名はリューネ・レミネム。この村の村長をしている」
突然告げられたその言葉にアミナは驚愕して目を見開く。
「えええ!?貴女がこの村の村長なのですか!?」
どれ程高く見積っても30代にしか見えない。
そんな若い女性が村長だとは夢にも思っていなかった。
村長というのはもっとこう……髭がもじゃもじゃの老人がやっているものだと思っていた。
「まぁ驚かれるのも無理はない。現に私も村長の座に着いたばかり。村の年寄り連中からはウザがられる毎日よ」
その割には大人びた口調がアミナは気になり、失礼ながら普通に4~50代の人と話しているような気分だった。
口調というのは不思議なものだ。
「しかも聞いて驚け。リューネは村長ながら、箱入り娘として育てられてきたから外の事はおろか、村の詳しい事情は知らねぇらしい。つまり………」
メイが溜めたの言葉に続き、アミナも「つまり……?」と言葉を発した。
「つまり、リューネはアルダナ教に精通にしてねぇ」
その言葉を受けた瞬間、今回の不可解な依頼に一縷の希望が見えた。
「村の代表であるリューネさんが、村に昔から根付いているアルダナ教を知らない……。そして村のお年寄りからは煙たがられている……。ゾフトさんの話からすると村の人全員がアルダナ教徒……」
アミナが与えられた情報から考察し、それを口に出してまとめていく。
その表情は段々と明るくなっていき、生き生きとし始めた。
「なんですかこれ……アルダナ教の教祖様を相手取るにはうってつけ過ぎるシチュエーションじゃないですか……!!」
アミナのその一言にメイは指をパチンと鳴らして「そういう事だ」と得意気に言った。
どうやらその事はリューネ自身もメイから聞いて承諾しているようで、アミナの目を見て頷いた。
「前村長である私の父もアルダナ教の熱心な信徒だった。この村の歴史程続く由緒ある教団だとしても、教祖であるグラッツが死者の蘇生という人道に反した事をしているのなら、村長として放っておく訳にはいきません」
リューネの真っ直ぐは瞳には、村長として村内で行われている悪事を止めようとする思いと、村人達を心から救いたいという思いが込められていた。
そんな彼女の目を見て、アミナはリューネの手を取って言った。
「必ず、教祖のグラッツさんの陰謀を止めましょう!!」
アミナの渾身の誓いの言葉。
それはそこそこ大きな声だった為、彼女の膝の上に置かれて爆睡していたエルダーがパチッと目を覚ました。
「女神……様……?」
「あぁ、ごめんなさいエルダー。起こしてしまいましたね」
寝ぼけ眼でアミナを見上げたエルダーに対して、アミナは彼女の頭を撫でた。
しかしこのタイミングで目を覚ましてくれたのは好都合だと、アミナは目の前にいる2人をエルダーに紹介した。
「でもちょうど良かったです。ほらエルダー2人にご挨拶して下さい。メイさんとリューネさんです」
アミナが指し示した先を見たエルダー。
すると寝ぼけて半開きだった目が大きく見開かれ、アミナの膝から飛び降りてテーブルの横を迂回して走った。
「えっ?エルダー?」
疑問の声をアミナが上げると、エルダーはリューネの手を取り、その手を強めに引っ張った。
リューネは既にそれを受け入れているようで、エルダーを膝の上に乗っけた。
「女神様女神様!!さっき言ってたお姉ちゃんとはこの人の事なのです!」
「アミナ殿がお前を連れていた時は心底驚いたが……そうか、ようやく外に出たのだな。……アミナ殿、エルダーの世話をしてくれていたのか。感謝する」
リューネは頭を下ろし、それを真似るようにエルダーも頭を下げた。
だがアミナはそんな事よりも、2人が元々知り合いだった事に驚きを隠せなかった。
「お2人は知り合いだったんですか……」
「あぁ、エルダーに食事を持って行っていたのは私だ。この子は頑なにあの祠から動こうとしなくてな、だが食事を持っていけば食べる事が分かってな。村長になる前から私の日課となっていたんだ」
リューネはエルダーを撫でながら言う。
エルダーはとても嬉しそうで、アミナは少し複雑な気持ちになった。
女神だと囃し立てられて懐かれていたのを、否定しつつも嬉しく思っていた自分がいるに違いなかった。
しかしそれと同時に納得できる事もあった。
「だからエルダーの服とか肌は綺麗だったんですね。定期的にリューネさんがお世話をしていたから」
「まぁそういう事だ」
「ですがエルダーは私に出会った時ガリガリに痩せ細っていました。ちゃんと食べさせてあげてないんですか?」
アミナがそう言うと、リューネは少し斜めの方向を見て「あー……それはだな……」と呟くと、頬をぽりぽりとかいた。
「エルダーの食う量は凄まじくてな……私が食事を与えてもすぐ平らげてしまうんだ……。アミナ殿も、エルダーの食事量を見ただろう……?」
そう言われてアミナは思い返す。
確かに彼女の食事量は凄まじく、平均的な料理の値段が銅貨6枚程のゼゴット村の食堂で、金貨5枚になるまで食べられてしまった。
それでようやくお腹いっぱいになるのなら、子供が食べる平均的な量の食事を与えられても、間食程度にしかならないだろう。痩せ細っていたのも納得できる。
アミナは次に気になった事を訊いた。
「エルダーはどれくらいの頃からあの祠にいたんですか?」
「エルダーの今の年齢が恐らく9歳。私がエルダーを発見したのが3年前。つまり少なくとも6歳より以前からいる事になる」
アミナもエルダーから聞いた話では、覚えている限り……つまり物心がついた頃にはあの祠の中にいた事になる。
きっとリューネが発見するずっと前からいたに違いない。
「魔物や動物がいねぇとは言え酷ぇ親だな。そんでよく生き延びたな。何もねぇこんな場所で」
「ちょっとメイさん!村長さんの前で堂々とそんな事……!」
「いや、事実だから別に構わないよ。それに私はお飾りの村長だ。村の詳しい事情さえ知らない、無知な女さ……」
少し寂しそうに俯くリューネ。
いきなり村長の地位を譲られ、一番困惑しているのは彼女だろう。
その上に、自身をよく思っていない年寄り連中のリーダー的存在であるグラッツの悪事の可能性が提示されたのだ。
彼女の苦労は想像を絶するだろう。
「とりあえずの目標は教団への接触だ。リューネは立場上デカく動けねぇ。だから動くにしてもやるのは私とアミナだ。悪いがリューネ、宿屋からあんたの家に拠点を移させてくれ」
「それは構わないが……どうしてだ?」
「この調査が何日かかるかわからねぇんだ。旅人がそう十何日も宿屋に泊まってられるか。私達は外部から来たお前の客人って事にする」
「なるほど……ただの旅人としてこの村に滞在するより、村長の客人として来た事にすれば、村を代表する宗教であるアルダナ教の教祖であるグラッツも接触してくる可能性も高くなる。そういう事ですね?」
「あぁ、変に動き過ぎるよか、向こうから接触してくるのを待つのも手だ。だがいつまでも受け身じゃいられねぇ。こっちからもいくつか動いてみて、その内相手から来るのを待つってのが今んとこの作戦だ」
メイはそうと決まればと言わんばかりに荷物をまとめる為に立ち上がり、マントを羽織った。
「早速動くぞ。リューネ、案内を頼む」
「あぁ、分かった」
返事をし、リューネは膝の上のエルダーを下ろした。
するとエルダーはアミナの元へと移動し、アミナのスカートを強く握った。
「あのぉ……エルダー?」
「お姉ちゃんはエルダーを置いて行く気なのです!だからエルダーは女神様と一緒にいるのです!!」
リューネの何かを感じ取ったエルダーが駄々をこね始めた。
確か子供は大人よりも感受性が豊かな為、様々な事を感じ取りやすいと聞いた事がある。
きっと本能的にほっとかれるのが嫌だと感じたに違いない。
「エルダー、これは遊びじゃないんだ。アミナ殿も仕事で来てくれている。邪魔をしてはいけない」
「じゃあエルダーはあのお部屋に戻るのです!もうお姉ちゃんが来ても会わないのです!!」
頬大きく膨らませてそっぽを向くエルダー。
心を開いているリューネが来ても会わないとなると、食事を摂らずにに死んでしまう。
それはリューネもアミナも望んでいなかった為、アミナは一つ息を吐いて口を開く。
「いいんじゃないですかね。私はエルダーが何かの役に立ってくれると信じてますよ」
「アミナ殿……」
アミナの言葉にリューネが低く呟く。
きっとリューネはエルダーの事を妹のように思っていたに違いない。
だから危険な目に遭わせたくないという気持ちがあるのだろう。
しかしここで突き放してしまえば、エルダーは二度と他者に対して心を開かなくなるかもしれない。
それだけは避けなければならない。
未来ある子供の為に。
これからを作る、若い世代の為に。
「……分かった」
リューネが一言呟いた。
どうやら根負けしたようだ。観念したように呆れた笑顔を浮かべていた。
「ただし、お前はアミナ殿のそばを離れるなよ。それが出来なければ、お前には私についてきてもらうからな」
妥協案を提示し、それを聞いたエルダーは「はぁ〜〜〜〜!!」と希望に満ちた顔をして大きく頷いた。
「うん!!分かったのです!!エルダーは、女神様のそばをずっと離れないのです!!」
アミナの足にしがみつくように抱きついたエルダーの力は凄まじく、とてもパワフルだった。
引き剥がすのは不可能だと悟ったアミナはリューネの言った事に言及した。
「あの……ずっとって言われると困るんですけど……」
「まぁそこは大目に見てくれ、アミナ殿」
リューネも苦笑いを浮かべる始末。
軽い気持ちで言ってしまっただろうか、と少しの後悔を抱えつつ、アミナは足にしがみついてくる可愛らしい赤い髪の少女の頭を撫でた。
「おいエルダー。アミナを女神だなんて言うのはやめとけ。こいつはすぐ怒るから怖ぇーぞ」
「ちょっと!変な事教えないでください!!」
「ほらな、すぐ怒った」
メイが冗談か本気か、エルダーにくだらない事を教えていた。
目を離すとすぐこういった事をする。
見る面によってはエルダーの方がメイよりも大人だな、と心の中で息をつく、アミナなのだった。