表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/298

第二章 102話『コルネロ及びククルセイにて』



 ノードラスの宣戦布告から3日目――。

 遂に明日、コルネロ帝国とククルセイの国境付近であり帝都パラディンにも近い鉄鉱平原で、両者間による戦争が始まる。


 原因は建前上、ククルセイが魔人会を利用してコルネロ帝国のザストルクの襲撃を目論んだ事。

 だが実際には、その中でコルネロ帝国側の客人に瀕死の重傷を負わせた事が、コルネロ帝国の大臣達に火を着けたのだ。


 残り時間僅かとなったコルネロ帝国の一同は、戦場である鉄鉱平原へと向かう為に準備を進め、ようやく出撃体勢を整える事が出来た。

 広場には戦地へ向かう騎士団員、総勢1026名がそれぞれ誇りを持ち、台の上で彼等の前に立っている男を見つめる。


「集まってくれたな」


 曇天の空の下、帝国城内の大広場に集まった無数の騎士たち。

 整然と並んだ隊列には、緊張と決意が漲っている。

 誰もが鎧を身に纏い、武器を携え、今まさに命を懸けて戦地へ向かう準備を整えていた。


 その最前列に立つ男──コルネロ帝国武装騎士団総団長、ベルリオ・ナーダ。

 漆黒のマントを翻し、堂々たる姿で壇上に立つと、彼は広場を見渡し、深く息を吸い込んだ。


 そして、全団員の目が彼に注がれる中、静かに口を開いた。


「誇り高き我が騎士団員たちよ。──いよいよ、この日が来た」


 その声はよく通り、広場の隅々にまで響き渡る。

 張り詰めた空気の中、誰一人として目を逸らす者はいない。


「俺たちは今、ただの戦いに赴くわけではない。これは、祖国コルネロを、そして我々自身の信念を守るための戦だ。誇りある騎士団として、過去に幾度も立ちはだかった脅威を跳ね返してきた我々が、今また試されようとしている」


 ベルリオは拳を握りしめ、声に力を込める。


「敵はククルセイ聖騎士団。──かつては『正義』を標榜していたハズの存在が、今や我らの大地を汚そうとしている。だが俺は信じている。この地を踏みにじらせはしない。我々にはそれを跳ね除ける力がある。なぜなら──お前達がいるからだ」


 広場を見渡すベルリオの視線は、ただの上官のものではなかった。

 仲間として、同じ剣を握る者として、一人ひとりの命に敬意を払う者の目だった。


「俺は、お前たちを信じる。命令だから戦えとは言わない。この戦いは、国の為であると同時に、お前達自身の誇りのための戦いでもある。お前達の剣には、それぞれの信じるものが宿っている。家族、友人、仲間──背負ってきたものを、胸に刻んで戦ってくれ」


 その声は、徐々に熱を帯びていく。

 団員たちの胸にも、確かな熱が灯る。


「俺たちはただの兵ではない!剣を振るうだけの鉄の人形ではない!我らはコルネロ帝国武装騎士団!命を懸けてでも守るべきものがある者たちだ!」


 一瞬、風が吹き抜けた。

 旗が翻り、団員の目に宿る光が揺れる。


「恐れるな!仲間を信じ、背中を預け戦え!そして……生きて、帰る!!──勝って、生きて帰ってくるのだ!!死をもって名を残すより、生きて次を繋げる者こそ、真の英雄だ!」


 ベルリオの声が広場を震わせるように響く。

 団員たちの目が潤み、拳を握り締める音が聞こえる。


「そして、何よりも忘れるな。お前たちは独りじゃない。常に隣に仲間がいる。俺もお前達と共に行く。共に剣を振るう。共に血を流し、共に勝利を掴む!」


 その言葉に、ついに静まり返っていた騎士団が応えた。

 無数の剣が、一斉に掲げられる。

 重く、確かに、誓いを示すように。


 ベルリオは微笑む。だがその目には、戦場に向かう覚悟が宿っていた。


「……進め、誇り高き騎士たちよ!!勝利は我らの手にある!!―――出陣だ!!!!」


「おおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 大地を揺るがすような咆哮が上がり、出陣の鐘が鳴り響く。

 それは、戦いの始まりを告げる鐘ではなく──守るべきものを、全員で守り抜くという誓いの鐘だった。


 そして、その光景を物資を運ぶ為の馬車の中から虚ろな目で見ている少女がいた。

 無気力だが、明らかに感情のこもった目をしている。それは正の感情かそれとも負か。少女にすら分からない。

 他にもまだ腕が本調子でない殺し屋と猫型魔物の姿もあったが、殺し屋は腕を組んで俯き、魔物は蹲って体力を温存している。


 そんな時、馬車の扉が開かれ、1人の男が乗ってきた。


「お待たせしてしまい申し訳無い。そろそろ出発できます」


 兵器開発部門代表のイーリルが3人に向かって言う。


「お前はあれに出なくていいのか?」


 メイが視線だけを整列していた騎士団員達に向けて示す。

 イーリルもかなりの立場の人間だ。出ていてもおかしくはないというのがメイの考えだった。


「我々兵器開発部門は非戦闘員ですから、結局この城に残る事になってしまいます。そんな上から目線の立場からの言葉なんて、皆欲しがらないでしょう。……本当、私も戦場に赴き、友と一緒に戦いたいですね。……帰りを待つ事しか出来ないなんて、もどかしい限りです」


 イーリルは少し目を伏せて笑う。

 表情はよく見えないが、戦えない己を恥じているのだろう。

 しかし彼もまたザストルク防衛戦の負傷者の1人だ。折られた腕でベルリオの義手を作っただけでもかなりの功績だ。

 そんな彼に対しメイは


「待ってるヤツだって一緒に戦ってんだ。ベルリオの義手作ったお前ならその辺、よく分かってんだろ?」


 と普段のニヤけ面で激励の言葉を浴びせた。


「……そうですね。私とベルリオは2人で最強の騎士……。私とした事が忘れるところでした」


 顔を上げた彼の目の下には濃いクマが出来ていた。

 今は笑顔で話しているが、きっとここ3日間は一睡もしていないのだろう。彼のやつれた顔から用意に想像できる。


「そういえばカルムのヤツは大丈夫か?」


「はい。自分も行くと聞かないのですが、何とか抑え込んでいます」


「あいつ……私より重症のくせして何が行くだ。……まぁ、私も人の事言えねぇけどな」


 そう言う彼女の腕には何か布が巻かれている。

 それは腕の動きをアシストするサポーターだという。魔道義手の更に応用で、腕はあるが動かないという人に対してかなりの効果が期待されていると兵器開発部門から説明があったとメイは明かした。


「メイ隊長もくれぐれも無茶はしないで下さいね。それはまだ試作品。無茶をすれば本当に腕が動かなくなりますよ」


「わーってら。ほら、もう出発だ。さっさと降りろ」


 メイにいつもの調子であしらわれたイーリルはため息をついて馬車から出ようとした。

 しかし何かを思い出して、俯いているアミナの方を向いた。


「……アミナ殿。これを」


 彼は布に包まれた何かをアミナに手渡した。

 アミナが力なくそれを受け取り、布を取り払った。すると、そこからは見慣れたくもない物が現れた。


「これは……」


「あぁ、知っての通り魔人会の仮面だ」


 アミナが魔人会の仮面を持つと、それを見たフィーがイーリルを威嚇する。

 どれだけこの仮面の連中のせいでアミナが傷ついたのか知らない訳じゃないよな、といった意味のこもった威嚇だった。

 しかしイーリルはフィーの威嚇に怯みつつもアミナに話す。


「何故こんな物を……」


「正直、私は貴女が戦場に赴く事に賛成はできない」


 イーリルは心の底から思った事を口にする。

 何せ、この国の事情に関わってしまったからここまで生気を失い、目に光を宿さなくなってしまったのだ。

 誰もこんなアミナを知らず、見てもいられなかった。


「しかし今、貴女は出撃しようとしている。敵はククルセイ。アミナ殿にとっては、自宅があるレリックの傘下の国だ。もし仮に貴女が戦場にいた事がバレれば、戦争の結果がどうであろうと貴女は国を追われる事になる。だからこれを着用し、魔人会の仕業という事にすれば、貴女の存在は戦場には無い。ククルセイからすれば、自身と協力関係だった魔人会が邪魔をしていると内輪揉めに出来るかもしれない。その2つの意味で、これを持っていって欲しい」


 真剣な眼差しと、アミナを思う気持ちが伝わったフィーは威嚇を止めた。

 しばらくしてイーリルが馬車から降り、ベルリオと固い握手を交わし、馬車は進み始めた。

 それに合わせて、隊長や総団長が馬に乗り、それ以外の全員が徒歩による進軍を始めた。

 アミナ達は物資を運ぶ為の馬車に乗り込み、鉄鉱平原に到着するのを待った。


 仮面をただ見つめている少女の顔は、無表情だがやはりどこかに、激しく燃える憎悪を感じさせた。



―――



 一方、コルネロが進軍を始めた頃のククルセイでは――


「ノードラス国王陛下!聖騎士団員、全員配置終了しました!!」


 大きな声で報告をしてきた聖騎士。

 やはり彼の額にも赤い十字が刻まれている。間違いなくククルセイの聖騎士だった。


「ご苦労。……さて、決戦は明日だ。ククク、コルネロ帝国の連中は今頃、私の考えた完璧な計画で混乱しているに違いない」


 ノードラスは映像と声が同時に伝達できる通信用の推奨に向かって笑う。

 すると「ちょっとぉ、その作戦考えたの私なんだけどぉ」とノードラスに擦り寄りながら口にした若い女がいた。


「おぉチールか。すまんすまん。そうだったなぁ」


 ノードラスは腑抜けた笑顔でその女の頬に触れる。


 チール――。

 コルネロ帝国の暗殺された皇帝。リプス・コルネディアの2人目の妻の名と同じだった。


「私がぁ、帝国中の回復薬とその原材料をこっちに持ってきて上げたんだよぉ?感謝してよねぇ」


 語尾を伸ばしたような話し方をし、ノードラスの頬にキスをする。

 再び腑抜けた笑顔を浮かべたノードラスはチールの顔を見ながら言葉を発する。


「流石だチールよ。コルネロを裏切り、こちらへついたのは正解だったなぁ。お前のお陰で気に食わぬリプスの野郎も暗殺できた。十分過ぎる活躍っぷりだ」


「本当?じゃあ約束通り……」


「あぁ。コルネロ帝国との戦争に勝利した暁には、私の妻として迎え、コルネロ帝国の領土を好きにするがいい」


「やった!ノーちゃん最ッ高!!」


 そう言って思い切りノードラスの体に飛びついて抱きつく。

 満更でもなさそうなノードラスは「コルネロなど一瞬で潰してくれるわ!」と大笑いをして

 そして更に小さくこうも呟いた。


「レリックからの心強い応援達もあるしな……」



―――



 静寂が、玉座の間を包んでいた。

 時が止まったかのような空気の中、赤い絨毯の中央を歩む誰一人として、音を立てることすら憚られている。

 高くそびえる天蓋の下、陽光がステンドグラス越しに差し込み、床に神の印のような紋様を描いていた。


 その中心に彼はいた。


 荘厳な椅子に寄りかかりながら、瞼を閉じたまま静かに沈黙している姿には、威圧ではない、絶対の重さがあった。呼吸ひとつすら、風と同じくらいにゆるやかで、だがそこに含まれる深みは、何百年もの時を見守ってきた古の遺物にも似ていた。


 この国がいかにして数々の危機を超えてきたのか、その理由が彼の存在ひとつでわかる。


「なんだ、またノードラスはククルセイへ戦争を仕掛けたのか」


 荘厳で巨大な城。

 天井までの高さだけで、どの街の建造物よりも遥かに巨大だった。

 そんな空間の最奥の玉座に堂々と座っている筋骨隆々な老人が、重苦しい音でそう呟いたのだ。


「はい。どうやら、ククルセイの聖騎士がザストルクという街で大量虐殺されたようでして、それが発端になったとノードラス王は仰られていました」


「あの男も学ばんな。ククルセイは私の支持なくしてはまともに動けんというのに」


 肘を頬に添えながらため息を付いたその老人は鋭い目つきで目の前の兵士を睨む。

 そう、彼こそが古代技術国家・レリックの国王――セディウス・ヴェル=レリックである。


 その名を口にする者は皆、知らずに頭を垂れ、言葉の選び方すら慎重になる。

 若き日には剣を手にして戦場を駆け、老いた今もまた、その双眸で未来を射抜く。


 誰もが進言の機を待つ中、王は目を開いた。

 その視線が天より重く、地より深い。


「い、いかが致しましょう」


「……はぁ。仕方のない子分を持つと頭は本当に面倒だ。おい、ヤツ等を呼べ」


「ヤ、ヤツ等と申されますと……」


 1人の兵士がそう呟いた瞬間、玉座のある空間の大きな扉が勢い良く開かれた。


「お呼びになられましたか」


 声の主はその部屋へと歩みを進める。


「おぉ、流石に間がいいな。お主達……基、他の者にも頼みがある」


「お話は聞き及んでおります。コルネロ帝国とククルセイとの間の戦いに、我々を向かわせたい。という事ですね」


「あぁ。先に数百名送り出したが、それだけでは不安だとノードラスが駄々をこねた。すまんがお前にも行ってもらおう」


「勿論です。我ら3名、全力で任を果たしてまいります」


 最初に入ってきた者の後ろにいた2人も持っていた物を地面において膝をつく。


「うむ、よく言ってくれた。流石、我が国の誇る最強の英傑。若き女傑――"エルミナ"だ」


 漆黒の刀身を持つ片手剣を前に差し出し、エルミナは長い髪の毛をなびかせながら頭を下げた。


「不肖このエルミナ、行ってまいります」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ