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第二章 101話『『現』ランクS+魔物、自責を抱える』

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 ククルセイからの宣戦布告から2日経過した。

 帝都パラディンでは相変わらず騎士団員が城中を慌ただしく駆け回り、己の任された役割を全うしようと動いていた。


 兵器開発部門は、急いで魔道銃器の量産をし、魔法を使用してくるであろうククルセイの聖騎士達にできる限り対応しようとしていた。

 そして今回量産している魔道銃器の構造はとても簡易的な物となっていた。

 使用方法も、コルネロ帝国の魔道銃器部隊しか知らず、訓練をしていない敵や味方が誤射するのを防いでいた。


 武装騎士団は少ない日数だが鍛錬は怠らず、武器の運搬や編成確認などの合間に剣を振り、武器や防具の点検をしている。

 その中でも、動体視力や反射神経に優れた者は魔道銃器部隊へと編成された。

 短い一日の中でできるだけの魔道銃器の訓練をし、それを決して部隊外へと漏らさず、決して口外しない。後方支援の要となる彼等を、扱いのなっていない素人の騎士団員のせいで危険に晒す訳にはいかないからだ。

 誰もがその事実を了承し、残り僅かな時間、訓練に明け暮れている。


 武装騎士団の中でも影の存在とされている偵察部隊は、隠密行動や素早さが求められる任務で役に立つ為、彼等を補給班や資源を運搬する班の隊長と定め、戦争の舞台である広大な面積を持つ鉄鉱平原へと物資を運び続けていた。

 手の空いた者国境線沿いのククルセイの聖騎士を見張り続け、何か動きがあればすぐに帝都へと知らせる手筈になっていた。


 数での有利、技術力の差、前回のバルグレア会戦の時の経験。

 それ等がある事で、コルネロ帝国はククルセイに負ける未来が見えなかった。

 いくら魔法が使えると言っても限界はあり、魔力が尽きてしまえば使用は出来なくなる。

 そして、魔法を使用するには詠唱が必要となる。その間の隙を狙えば、魔道銃器を数発撃ち込む事が出来る。速度と利便性を考えると、魔法よりも魔道銃器の方がよっぽど画期的で実践に適している。


 そして、そんな訓練場を上から見下ろしている人物がいた。

 いや、正確には人では無く、猫だった。


 彼は窓から飛び降り、訓練場の地面に着地した。彼の柔らかな肉体が着地時の衝撃を受け流し、何事もなかったかのように歩き始める。

 木剣を交え、魔道銃器の引き金を引き、とにかく殺気と喧騒に塗れた訓練場を歩いていく。


 しかし彼は訓練場の光景を見に来た訳ではなさそうだった。

 顔も上げず、ただ俯いて前に進んでいる。騎士団の誰ともぶつからないのは、周囲の音や臭いで何となく分かるからなのだろう。騎士団員が気づかない程に静かに、そしてそんな意識の隙を突いて股下を通り抜けたりなどしていた。

 それが無意識の内に行われているというのが、彼のとんでもない所である。


「こんな所でどうしたんだ、フィアレーヌ殿」


 すると後ろから声がかけられた。

 フィーは俯いていた顔を上げて振り返ると、そこにはやはりコルネロ帝国武装騎士団総団長のベルリオ・ナーダの姿があった。


「珍しいというか意外だな。フィアレーヌ殿が訓練場に来るなど」


「………」


 フィーは何も答えなかった。ベルリオの顔を見つめて視線を逸らさない。

 また見つめられているベルリオ自身も、フィーのその視線の意味が気になり、見つめ返していた。

 数十秒程そんな時間が続いた後、ベルリオは優しい笑顔を浮かべ


「少し、話そうか」


 と言ってフィーを抱きかかえて訓練場から室内へと戻っていった。


―――


「……で、俺に何か用があったんだろ?フィアレーヌ殿」


 訓練場から移動し、ここはベルリオの自室だった。

 騎士団のトップともなると、城の中に住む事を許され、並大抵の貴族よりもいい暮らしをしていそうな程に豪華で大きな部屋を与えられていた。


 向かいの大きなソファに腰掛け前のめりになってフィーに問いかけたベルリオは、フィーからの言葉を待った。

 ベルリオはフィーの言葉を理解できる。だからこそ訓練場に現れ、ベルリオを見つけた途端に彼を

見つめ続けた。それは何か話したい事があったからなのではないか、とベルリオは予測していた。


 そしてしばらくして、フィーのひげ袋を携えた口が開かれた。


(オレ聞いたにゃ……。お前に化けたメルナスって魔人会のヤツがオレから情報を聞き出したって……)


「……確かに、そうだったな」


(オレがあの時点で気づけてれば、カイドウも……それにアミナも、あんな気持ちを味合わなくても良かったんじゃにゃいか、って……)


 フィーの顔は更に俯き呟く。

 いくら魔物だからとは言え、1獣が背負える責任の重さでは無かった。しかし彼はそれを感じている。恐らく誰よりも後悔と自分への怒りを感じているに違いない。何故なら、事前に止める事が出来たかもしれないのは、メルナスと直接喋っていたフィーだけなのだから。

 

(オレの言葉が通じるヤツと会ったのは数十年ぶりだったにゃ。だからオレとしても嬉しくにゃったにゃ。でも今考えれば、それも情報を聞き出す為の作戦で、実際にはただ獣の口や耳を使ってオレと喋っていただけだったにゃ。……オレが気づいてればって、さっきからそれが止まんにゃいのにゃ……)


 そう言うフィーの顔は明らかに悲しげだが、同時にとてつもない怒りも感じられた。

 全身の筋肉が膨張しそうになっているのを皮膚が抑え込み、折角塞がった全身の傷がまた裂けそうになっていた。それ程までに自分を恨み、魔人会とククルセイの聖騎士を憎んでいるのだろう。


 今すぐにでもククルセイの聖騎士と交戦し、アミナが手を下す前に自身の手でケリを付けたかったが、戦争の決まりを破ればコルネロ帝国が不利になってしまう。

 そんな思いの板挟みになり、行き場のない怒りと悲しみは言葉となって、今ベルリオに吐き出されている。


「でもフィアレーヌ殿にそれを見抜く為の材料は当時無かった。それに潜入している事を俺達だって知らなかったんだ。まだ来て日も浅いフィアレーヌ殿に責任は無い」


(……きっと誰に訊いても、皆そう言ってくれるにゃ……。でも、それじゃ駄目にゃんだにゃ……。)


「……」


 ベルリオは黙って視線を返し、ひとつ息を吐く。

 目の前のフィアレーヌ──この猫の姿をした存在が、どれほど自分を責めているか、言葉がなくとも痛いほど伝わってくる。

 その小さな身体に、これほどまでの思いが詰まっているということを、忘れてはならない。


「なぁ、フィアレーヌ殿。俺は、帝国騎士団の総団長として、多くの失敗をしてきた」


 ベルリオはゆっくりと背をソファに預け、天井を見上げる。


「仲間を失ったこともある。部下を見捨てたと責められたこともある。作戦を誤って、村が一つ消えたこともある。……何度も、何度もだ。後悔なんて、数えきれない」


(……)


「けどな、そのたびに立ち止まって、崩れて、泣いて、怒って、誓い直して……ようやく、ここまで来た。俺はそれしか知らない。誰かの死を無駄にしないって事は、そういう事だと信じてる」


 静かに語られるその言葉は、ベルリオの歴戦の重みそのものだった。

 若くして数多の喪失を乗り越えてきた男だからこそ、その言葉には力があった。


 だがフィーは、まだ首を横に振った。


(……カイドウの命はまだ失われてにゃい。だから余計に耐えられないのにゃ。アイツの目が覚めて、撃たれた理由と経緯を知った時……オレはアイツに嫌われるんじゃにゃいかって……。それが怖くて堪らにゃいのにゃ……)


 フィーの体が小刻みに震え始める。耳と尾は垂れ下がり、体の芯から襲いかかってくる恐怖に耐えている。

 恐らく彼が一番懸念していた事はそれなのだろう。

 カイドウが目を覚まして、自身の事を嫌わないかどうか。きっと心の中では嫌われないと確信しているが、それは事が起きるまでは分からない。

 嫌われないと分かっていても、その限りなくゼロに近い可能性があるだけで、恐怖してしまう。


 そんな彼に、ベルリオは再び声を掛ける。


「……ああ、そうだな。生きてるからこそ、余計に痛い。……だが、だからこそなんだよ」


 ベルリオの瞳に、強い光が宿る。


「まだ、間に合う」


(……)


「もしも、あの時気づいていれば、って思いは俺も同じだ。フィアレーヌ殿だけじゃない。アミナ殿も、メイ殿も、カルム殿も、イーリルも、全員がそう思ってる」


 そう言って、ベルリオは立ち上がると、ゆっくりとフィーの前まで歩いてきた。

 そして片膝をつき、視線をフィーと同じ高さに合わせる。


「けどな、フィアレーヌ殿。『あの時』じゃなくていいんだ。この世のどこを探してもそれは見つからない。だからこそ大事なのは、今からどう動くかだ。今、どう責任を果たすかだ」


 その言葉に、フィーの瞳が揺れた。


(オレは……)


「貴方は、動ける。戦える。誰よりも強い意志と、深い後悔を持ってる。なら、その全部を使って、カイドウ殿の未来を支えるんだ。……アミナ殿の心を、守ってあげてくれ」


(アミナの、心を……)


 言われた言葉を噛みしめるように呟く。


「あぁそうだ。彼女は今、心が擦り切れてしまっている。それの治し方を俺は知らない。だが、フィアレーヌ殿やカイドウ殿がいれば可能性は十分にある」


(……オレのせいにゃ……)


「またそれか……。でも、だからこそだ。貴方にしかできない事がある。責任を感じる者にしかできない事が……この世にはあるんだ」


 ベルリオの声が熱を帯びる。拳を軽く握り締め、フィーの胸の前に突き出すようにして見せた。


「貴方がこの先、どんな選択をしても構わない。だが、フィアレーヌ殿が戦うことを選ぶのなら……俺は全力で背中を押す。いや、貴方と肩を並べて戦おう。貴方はもう、我々の仲間であり、友人だ」


(……仲間……)


「そうだ。あの場にいた、貴方も、俺も、皆……同じ戦場に立っていたんだ。誰か一人のせいにして、全部終わらせるような事は、誰も望んでない。だから1人で背負う必要は無い。背負っている荷物が重いのなら、俺達が少し持とう。イーリルと違って不器用な俺だが、それくらいなら出来るさ」


 フィーに対してベルリオの手が伸びた。

 それは握手を交わす為の掌だった。それをしばらく見ていたフィーは両手を伸ばし、彼の手を両手で握った。

 それにベルリオは笑いかけ、屈託のない笑顔と尖った牙を煌めかせていた。


「……とまぁ、何百年も生きているフィアレーヌ殿にこんな説教、いらなかったかもしれないけどな」


 フィーから手を離したベルリオは再び笑いかけて頬をかいた。

 彼としてもこんな事を言うのは小っ恥ずかしかったのだろう。頬が紅潮し、それを隠すような仕草ばかりしていた。


(……すまんにゃ、ベルリオ)


 数百年の長い時を1人で生きる彼にとっては、今の言葉が深く刺さり、ベルリオへと心から礼を言った。

 それに対し彼は「友達だからな」と流し目で言った。

 

 そしてフィーはベルリオの部屋から出ていき、再び長い廊下を歩き始めた。

 扉が閉まった後も、ベルリオはしばらく窓の外を見つめていた。


「この戦争……負けられない理由がまた一つ増えたな。……ほんと、騎士団長なんて損な役だ。……ま、俺の性格もありきかな……」


希望はまだ、消えていない。

 そう信じるに足る光が、今もなお、自分たちの中にある──

 そう確信できる時間だった。



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