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第二章 96話『ザストルク防衛戦 終結』



「こりゃ酷ぇ有り様だな……」


 地盤ごと崩れ去ったザストルクの案内所周辺を見て、ベルリオは呟く。

 見る限りの瓦礫の山と、大きく陥没した地面。戦闘の規模の違いを、今まさに見せつけられているような気分になった。

 そしてそれに続くかのようにイーリルが口を開いた。


「これだけの事をして、メイ隊長は無事なんだろうか……」


「大丈夫じゃねぇのか?俺はあの人の実力、よく知らねぇからなんとも言えねぇけど、お前があの人を信じてんなら、俺はそれに寄りかかるだけだ」


「……凄く無責任な事言ってるって自覚、あるかい……?」


「へっ、さぁな」


 2人はここに来るまでの間でそこそこ動けるようになった体を動かして、瓦礫の山へと入っていく。

 足場がとても悪く、上を歩くのも一苦労だった。一歩踏み外せば、転がり続け、体中を殴打する羽目になってしまう。2人共体はボロボロだ。なるべくそんなのにはなりたくない。というか、なったら恐らく死んでしまうだろうと、本人達は半分冗談半分本気で考えていた。


「メイ隊長!!どこですか!!」


「メイ殿!!いたら返事してくれ!!」


 かすれた喉から出せる最大の声でメイを探す。

 リグザとの戦闘時に周囲に展開されていた炎のせいで2人の喉はカラカラになっていた。そこに無理やり声を出した事で完全に喉が壊れていたが、戦闘面においては気にならないとして放置していた。

 しかし、こういった状況になってしまっては、あまり役に立てている実感がなかった。


 すると、彼等と同じように瓦礫の上を歩いて探していたフィーが鼻を使っての捜索を始めた。

 それを見ていたベルリオも「そうだった!」と自分が獣族である事を忘れていたかのような発言をした後に、フィーと同様の方法でメイを探した。


 しばらくすると、フィーがとある場所に立ち止まってその周辺の臭いを注意深く確認していた。

 その後唐突に瓦礫の山を掘り出し始め、その様子を2人は遠目から見てすぐに駆けつける。痛む全身がその足を遅くするが、そんな事は気にしていられなかった。


 フィーは無言でそこを掘っていた。掘り出した物のほとんどは岩やガラス片ばかりで、本当に巨大だったザストルクの案内所が壊れてしまったのか、とベルリオとイーリルは複雑な心境を抱いていた。

 

 するとまたしても唐突に事は動いた。

 フィーの掘っていた地面から勢い良く腕が突き出してきたのだ。一瞬とんでもない出来事を目にした一同はギョッとするが、それが何を現しているかを瞬時に理解し、その腕を引っ張り上げた。

 ズルズルとゆっくり引き上げられるその腕の正体は次第に分かり始める。

 

 靭やかだが強靭な筋肉。スラッと長い腕。瓦礫の山でも変わらず引っかかる豊かな胸。そして、鋭い目つきに襟足だけを伸ばした髪の毛。目の下のほくろが本人だと語っていた。


「いっつつ……ここまで痛かったのは何年ぶりだチクショウ……」


「……ッ!!メイ隊長……!!よくぞご無事で……!!」


「あ?これが無事に見えっかよ。アホが」


 出会い頭に有り得ない程の口の悪さ。メイ本人に違いなかった。

 しかし戦闘での影響か、服がビリビリに破け、ほとんど着ていないような状況だったが、メイはそれを気にしないし、他の連中も今はそれを気にしている場合ではなかった。


「お前が見つけてくれたのか」


 メイはフィーの頬を撫でるようにする。それに対してフィーは彼女の顔の傷跡を舐めた。本来フィーはメイを敵とみなしているが、その裏側の本心がつい出てしまったのだ。


「そういや、お前等どうしてここにいんだ?あそこで座らされてる連中は誰だ?」


 出てきて当然の疑問を口にしたメイに対してイーリルが説明をした。


「実は今、僕等は逃げ遅れた人がいないか探しながらメイ隊長の加勢に行こうかと思っていたんです。あそこで意識を失っているのは、ここに来るまでに救助した人達です。皆疲れていたんだと思います。安心したら気を失うようにして眠ってしまいました」


「なるほどな……。無事ここにいるって事ぁ、お前等も魔人会の連中を一掃出来たみてぇだな。……にしてはやられ過ぎな気もするが」


 メイはベルリオとイーリルの傷の具合を見て言う。


「魔人会の最高幹部の直属の部下が待ち構えてたんだ。それがまぁ、めちゃくちゃ強かったんだよ」


「……そういや、メルナスが体を改造したヤツがいるって言ってたな……。フィーのはメルナスから聞いてたが、お前等もだったのか」


「はい。コルネロ帝国武装騎士団8代目総団長、リグザ・デザルドムでした」


 イーリルはどこか苦い顔をして報告する。

 彼の中にはまだ集収のついていない気持ちがいくつかあった。しかしそれをこの状況で口にする程状況が見れていない訳では無い。それだけを言って、彼はそっと口を閉じた。


 すると今度はベルリオが気になった事を口にした。


「そういやさっきからメルナスメルナス言ってたけどよ、その名前は何なんだ?」


「あぁ、オセ・グラウデ・メルナス。今回のこの襲撃の首謀者で、魔人会最高幹部の1人だ。そいつ殺すのに、ここら一帯の地盤を全部ぶち壊す羽目になっちまった」


「口で言っても実際やってる事は半端じゃねぇな……。それで?そのメルナスってのはどうなったんだ?」


「分からねぇ。ただ、私が両腕くれてやったんだ。死んでてもらわねぇと困るし、私だって埋まって死にかけたんだ。下敷きになってるってのは保証するぜ」


 ベルリオはメイのダラッとした腕を見下ろす。最初に引っ張った時は気が付かなかったが、筋肉のほとんどが千切れ、関節も神経も全てが外れてしまっていた。それでも腕の形を保っているのは、メイの頑丈さ故だろう。

 いくら彼女でもこの傷を治すにはそれなりの時間を食う事になってしまうだろう。


「そのメルナスから、何か話は聞けましたか?」


 イーリルが先程の考えを振り払ってからメイへと問いかける。

 しかし彼女はあまりいい表情をせず、むしろ会話を思い出すのが嫌そうな表情をしているようにも見えた。


「あーー……あんまし良い話は無かったな。自論広げまくって、一方的な価値観と感情を押し付け、気に入らなきゃ全部壊して殺す。そんなガキみてぇなヤツだったな。……あ。あと血と臓物が異様なまでに好きな野郎だったな。終始私の臓物を寄越せって言ってきやがった。相思相愛だの、私を愛してるだの、他にも色々好き勝手言われたぜ」


 辛うじて動く肩をぐるぐる回しながら、メイは言う。

 その様子を見て、特にベルリオは、その戦いの規模や怪我の具合から見て、メイには敵わないと心からそう思ってしまった。


 恐らく自分がこんな怪我をしてしまっては、立っている事も出来ずにただ寝転んでいる事しか出来ないだろう。

 しかしメイは平然のように立って話し、瓦礫の中から動かない腕を肩の力だけで押し出して位置を知らせた。そんな胆力がメイには備わっているのだ。

 歴戦の経験からか、それとも他の何かからか。ベルリオには分からなかったが、途方も無い苦労や苦しみがそこにはあったハズだと推測した。


「とりあえず逃げ遅れたヤツ等を本庁舎まで運ぶぞ。私は肩の上に乗せるくらいしか出来ねぇが、それくらいは出来る」


 まさかまだここから働くのか。とフィーとベルリオとイーリルは驚く。そして思わずイーリルが言った。


「意外ですね。メイ隊長はもっとこう……利己主義な方かと思っていたのですが……」


「お前、くそ失礼だな。……まぁでもあれだ。こいつ等連れて帰らねぇと、アミナに叱られるだろ。悪ぃが、そいつはごめんなんでな」


 フィーも強く激しく頷く。理解できる部分が凄まじいのだろう。2人の反応に聞いたイーリルは苦笑いしながらベルリオの顔を見て、再び笑う。


「やっぱり……あの小娘を特別扱いしてるんじゃん!!!」


 怒号に似た叫び声が一同の耳を突き刺す。聞き覚えしか無い声と言葉遣いにメイは周囲に目を配ってどこからその声がしているのか探った。

 しかし、その必要はなかった。地面から液体状の何かが湧いて出てきたのだ。血に近しい色をしていたが明らかに粘性を帯びている。それが一箇所に集まるかのようにして人の形を成していく。


「ぷっはぁ」


 まるで水中から顔を上げたかのような反応でメルナスは長い髪の毛を振り上げて正面を見る。

 そして当たり前のように服が再生し、髪の毛も二つ結びへと蠢いた。


「メルナス……!!」


 メイの唐突な態度の変わりように思わず全員が身構える。

 そしてベルリオが「あれが例のメルナス……」と呟き、イーリルは「あんな子供が魔人会の最高幹部なのか……」と驚きが隠せない様子で呟いた。


 「はぁ〜い。お姉さん大好きメルナスちゃんだよぉ。いやぁ、お姉さんの口説き文句にはキュンとするものがあったねぇ。……一緒に死のうだなんて……これ以上無いくらいキュンキュンしちゃうよ」


「へっ、そのまま死んでくれてりゃ楽だったんだがよ……」


「アハッ、お姉さんもあのまま死んでくれてたら、このまま瓦礫に埋もれててもいいかなって思ったんだけどぉ、お姉さん元気そうだから出てきちゃった♡」


「そりゃまた、嬉しくねぇ事だな」


 メイが「集え」と呟くと、瓦礫の中から勢い良く何かが飛び出し、彼女の手に収まった。

 それは彼女の使用武器である建と鮫釈であった。それを見た一同は瞬時に臨戦態勢を取る。


「あぁ、勘違いしないでねお姉さん。今回のこの襲撃でやりたい事……1つ残ってるけど、それ以外全部終わったの。……というか、上からの命令でここまでって事になってるの」


「上からの命令……またお前お得意の、改造した肉体がそれを聞き取ったって事か」


「そそ。だからごめんね。お姉さんのお肉はまた今度になっちゃった。……あの小娘をミンチにするのも、また別の機会に設けるとするね。私はこのままやり残した事の回収にでも行こうかなぁ」


 無邪気な微笑みをメイに向け、メルナスは背中から不気味な翼を生やした。

 しかし、それに対して「ちょっと待てよ」と声をかけた男がいた。


「なぁに?私今、こんなでも凄ぉくイライラしてるから、くだらない話だったら爪痕くらい残していくよ?」


「このまま帰らせるとでも思ってんのか?お前はこの国……いや、お前等はこの大陸において有害過ぎる。ここで捕らえて洗いざらい内情を話してもらうぞ」


「はぁ……こっちがどうしようもないからって好き放題言ってくれちゃってさぁ。……そんな満身創痍で私に勝てる見込みでもあるの?お姉さんですらここまで可愛くなっても勝てなかったのに、お姉さんより弱い石ころのお前達が私に勝てるの?今さっき、退けとは言われたけど――殺すななんて言われてないんだからね」


 メルナスの語気が一気に強まる。

 彼女の言っている事は、現状を客観的によく見れていた。相手が退いてくれると言うのに情報に欲をかいた時点で、ベルリオの負けは確定していた。

 息が詰まるような感覚の後、ベルリオの体から汗が滲み出る。それはイーリルもフィーも同様で、それぞれ自身が戦った相手とは格も存在感も段違いに違うと思い知らされた。


「ほぉら、やっぱり腰が引けて戦えない。よわよわのクセに大口叩かないでよね」


「俺が弱いから口出さねぇってんじゃ、他に示しがつかねぇんだよ」


 ベルリオは震える足で凄まじい速度を発揮し、メルナスへと接近した。

 しかし彼女はそれを簡単にいなし、再び半液体状になって瓦礫の中へと潜り込んでいった。


「ばいばぁいお姉さん。次会った時に貴女の血肉が今より凄いものになってるって信じてるよぉ」


 その言葉を残し、メルナスは瓦礫の中へと姿を消した。

 ベルリオは空振って一帯の地面を破壊したが、メルナスの体が弾ける事は無かった。


「くそっ、逃げられた……!!」


 ベルリオが逃げられた事に対しての怒りを露わにしている中、メイは膝から崩れ落ちて息切れを起こした。やはり体力に限界が来ていたのだ。


「はぁ……はぁ……ベルリオお前阿呆か……。逃げたんじゃねぇ。私達は見逃されたんだ……。そんくらい……分かってんだろ」


 ベルリオは何も答えず本庁舎がある西の方を向いた。

 彼が何を考えているのか、どういった考えで動いているのか、イーリルには全て手に取るように分かった。しかしメイの言っている事も最もな為、板挟みの複雑な心境だった。


「みゃうみゃーみゃ」


 フィーが何かを伝えようとしていた。

 彼が顔をやった方向を見ると、そこには逃げ遅れたザストルクの住人達が座らされている。


「そうだな。さっさと街の連中運んでアミナのとこ行くとするか」


 メイのその言葉にイーリルは「はい、今すぐに」と言ってフィーの体の上に住人達を乗せていった。

 メイも加わって乗る人数が増えた事で、フィーは少しだけ体を大きくして走り出した。



―――



 一方、ザストルク本庁舎から少し行った所にある総合倉庫内では、引き続きアミナによって避難民の治療が続けられており、回復薬も残り僅かとなっていた。


治療の合間に探してみましたが……本当に回復薬が全く無いですね……。これでは他の避難所となっている場所も心配です……


 方々から聞こえる轟音が消えた今、新たな怪我人の心配は無いだろうが、既に出てしまっている怪我人の手当を、他の避難所で出来ているのか。アミナの心配はそこにあった。

 本庁舎の中にあったリヴァルハーブと、アミナの持参した数少ないリヴァルハーブで本庁舎とこの総合倉庫はどうにかなったが、他の場所にはそれが行き届いていない。むしろここら一帯だけでその大半を使い果たしている為回す事も出来ない。

 

死人より怪我人……それを弁えているのが、魔人会の厄介な所ですね……


 戦いではよくある戦術を用いた魔人会への恨みの声が漏れつつ、目の前の少年の包帯を巻き終わる。

 回復薬と言えど、完全に治せる位列の薬では無い為、骨折などをしている人にはこういった人の手のいる処置を施している。


「ありがとう、お姉さん。もう走れなくなるのかと思ったよ」


「フフ。安全に、安静にしていれば、また走れるようになりますよ。だから今はゆっくり休んで下さい」


 アミナがそう言うと少年は大きく頷き、母親と一緒にアミナの前からお辞儀をして去っていった。


「……そういえば、近くで鳴っていた戦いの音が鳴り止んだという事は、フィーちゃんやメイさん、ベルリオさんとイーリルさんの戦いも終わったのでしょうか……」


 外の様子が気になり、少しだけ倉庫の扉を開けてみた。

 すると街の西、東、そして北からそれぞれ大きな煙が上がっているのが見えた。特に東なんかは黒い煙が上がっており、土煙やそういったのでは無い様子だった。


「皆さん……ちゃんと無事なのでしょうか……」


 アミナは完全に体を外に出して本庁舎まで向かった。

 もしかしたら誰かが戻ってきてるかもしれない。そう淡い期待を抱いていたからだ。


 総合倉庫まで来た時の道のりをそのまま戻り、ゆっくりと歩みを進めていく。

 そんな時だった。西部の城壁へと続く大通りに出た辺りで、息を切らしたように走る足音が聞こえてきた。

 アミナはすぐさま臨戦態勢を取るが、その足音を警戒する必要がないと、すぐに察した。


「あっ!!いたいた!!おーいアミナさぁーん!!」


 大きな声で自身の名を呼んだのはカイドウだった。

 体力の少ない彼は息切れを起こしているのだろう。そう考えていたが、彼の事だ。この疲労も快楽として受取り、その快楽に対して息切れを起こしているだけに違いない。アミナはそう考察して心配するのをやめた。


「どうしたんですか?カイドウさん。何か本庁舎で問題でも起きたのですか?」


「それがね、ヒューリーさんとカルムさん、あと町長のタットさんがどこにもいないんだ。何回も探したんだけど本庁舎の中にはいなくてさ。もしかしたらそっちに行ってると思ってたんだけど……アミナさんの顔から察するにアテが外れたかな」


「はい、こちらにもお2人は来ていませんよ。一体どうしたんでしょうね」


「僕にも分からないんだ。だからとりあえずアミナさんの所に行こうと思ってた訳だし。……まぁ折角ここまで来たんだから、アミナさんは本庁舎でゆっくりしててよ。あとの事は僕がなんとかしてみせるからさ」


 カイドウはアミナの背中を押すようにして本庁舎の方へと向かわせようとしていた。

 そんな彼に対して「しかし……」と呟くが、「アミナさんは働き過ぎだから少しは休んでくれないと」と屈託のない笑顔で言われてしまった為、断りづらくなってしまった。押しに弱いのは相変わらずらしい。


「それでは……お願いしてしまいましょうかね」


「うん!大船に乗ったつもりで、ふんぞり返って僕を足蹴にしてくれても構わないよ?」


「もう、こんな時にまで意味不明な事言わないで下さい」


 アミナの呆れた声にカイドウが笑った。

 そしてアミナの前を歩くようにして歩みを進めた時だった。


 ――パァン


 静かな夜の街に轟く乾いた音。

 吹き出す血飛沫。

 傾いていく体。


 そして、それは地面に突っ伏すようにして倒れた。


「……え………?」


 目の前に広がる血溜まりにアミナは絶句し、言葉を失う。

 地面には血が広がり続け、その池の中へと身を投げたのは――頭を貫かれたカイドウだった。


 音が鳴り、何かが飛んできた方向を見る気力さえ失せたアミナは、言葉を失ったまま目の前の光景をただ見つめていた。


「あーぁやっちゃったね君ぃ〜。聖騎士なのに罪もない人を撃ち殺しちゃったねぇ〜」


 少女の声が響く。それは男の体から上半身だけを出現させていたメルナスだった。

 男の手には大きな魔道銃器が握られており、その手はカタカタと震えている。


「その額の赤い十字はお飾りなのかなぁ〜?聖騎士の証なのに、教えに背いちゃったね」


「で……でも、これで私の、家族の……妻と娘の居場所を、教えて下さるんですよね、メルナス様……!!」


 男の声は酷く震えている。

 その声色と態度から、本心からやった事では無いと誰でも理解できる。

 しかしこの場にそういった思考を持ち合わせた人物がいなかった。正確には、いるが今はそんな状態では無い、というのが現状正しいだろう。


「うんうん、貴方は私との約束守ったもんねぇ〜。じゃあ私も約束通り教えて上げる。ちょっとお耳貸して」


 そう言われ、男の顔は恐怖と悔恨しか無かったが、少しだけの希望を見出したような顔を見せた。

 メルナスは震える男の耳元へ口をやると、囁くようにして甘い声を漏れさせる。


「貴方の可愛い奥さんと娘ちゃんは…………私のお腹の中だったりして」


「―――ッ!!!」


 その一言で男の顔が一気に引きつり、そして崩れる。

 希望から絶望へと変わる。その表情を見てメルナスはこれまでに無い、頬を赤らめたいい笑顔を浮かべた。


「アッハハ!!アハハハハハ!!!アッハハハハ!!」


 メルナスは笑いながら体を男の内部へと戻していった。蠢きながら消えていくその体は不気味以外の何者でも無かったが、男はそんな事を気にしていなかった。……いや、気にしていられなかったのだ。


「……ごめんよ、リネッタ。すまない、セリアン。私は―――」


 何かを察した男はそう呟き始めた。

 そして、最期の言葉を言い終えるその前に、男の体は内側から破裂し、ただ血肉をその周辺に撒き散らした。

 小さく破裂するような音の後に、重い魔道銃器が地面に落下して音を立てる。そんな中、アミナは地面に倒れたカイドウの前で放心状態となっていた。


「―――――――――」


動けない。動かなきゃ。動かないといけない。でも、動けない。

目の前で起こったことを、理解しないといけないのに。

理解できない。わからない。何が起こった? どうして? 何で? 誰が?

彼はそこにいた。確かにいた。さっきまでいた。喋っていた。笑っていた。立っていた。歩いていた。

今は?


 息が荒くなる。しかし彼女にその自覚はない。どんどん息をする速さが上がり、頭痛や目眩がし始める。


――そこに、横たわっている。冷たくなっている。赤く染まっている。動かない。

動かない?


違う。


そんなわけがない。

だって、さっきまで、いた。話してた。笑ってた。生きてた。

死ぬはずがない。死んでるわけがない。

目を閉じているだけ? 眠っているだけ?

起きて。お願い。


でも、カイドウさんの目は、もうない。

ないないないないないないないないないないないないない――。


何度思い直しても、そこには、何もない。


どうしよう。

どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。


頭が真っ白になる。いや、違う。頭の中は真っ黒だ。何も考えられない。何も理解できない。

でも手を伸ばさなきゃ。私が彼を―――助けなくちゃ。


 助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ―――。


私が彼を―――。



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