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第二章 95話『『現』剣豪サーヴァント、仮面を斬る 終』


 喉の奥が焼けるように苦かった。

 足元に転がる破片を見下ろしながら、カルムは呼吸の仕方を忘れていた。


「さぁてどうですか?貴女が罵った相手は貴女の想像を凌駕する程圧倒的な力を持っていた……自分が情けなくなってきましたか?嘘偽りがまるで悪かのような口調だった貴女は、そんな相手に敗走しそうになっているなんて……滑稽過ぎますねぇ」


 嘲笑気味に笑うヒューリーは軽々とした足取りでカルムへと近づく。

 しかしヒューリーの眼前を鋭い赤い刃が通り過ぎる。それは案の定、カルムの繰り出した一閃だった。

 だが、魔力の籠もっていない斬撃で地面を簡単に抉るような腕を斬り裂けるハズも無く、ヒューリーの出現させた腕一本で軽々と止められてしまった。


「おぉっと、これまた驚かされますねぇ。脇腹を貫かれ、自身の攻撃の要すら失ったのに貴女はまだ抵抗なさる……。素晴らしぃ程に献身的で忠誠心たぁっぷりで………実に素晴らしい!!」


 ヒューリーは赤刀を受け止めた腕でカルムを殴り飛ばし、後方にある樹木へと突撃させた。

 「ガハッ」と打ち付けられた事で喘ぎ咳き込んだカルムは、血反吐を吐きながらも赤刀を杖のようにして支えとし、立ち上がろうとしていた。


「あぁぁぁ、なんとまあ見事なものです!貴女は本当に素晴らしい!忠実で、献身的で、誠実で、あぁ実に見上げた存在ですねぇ!そう、貴女程の忠義者は他にいない!貴女程純粋に尽くす者もいない!貴女程真っ直ぐで、貴女程汚れなき者もいないぃ!」


 ヒューリーは両手を広げ、仰々しく笑った。


「――けれど、貴女は嘘をついている!」


 彼は跳ねるように一歩踏み出し、指を振る。


「貴女の忠誠は嘘!貴女の献身は嘘!貴女の誠実さも嘘でしかないぃ!あぁ、どうしてわからないのですかぁ?どうして気づけないのですかぁ?生きている限り、誰もが何かを演じているのです!貴女はただの“忠義を演じる者”!献身的な“役割”を果たしているだけの人形!操られているのに気づかない哀れな操り人形!」


 彼はくるりと回り、舞台の幕を引くように手を振った。


「私は……操り人形なんかなじゃない……!!あの方達と出会ったのだって偶然です!その中で私が誰に忠誠を誓おうが、分かるハズもない……!!」


「いいえ、分かります。何故なら、この舞台を作り出した者が始めからそう台本を書いているからです。貴女は特定の人物と出会い、その人物へと忠誠を誓う。しかし人は何故か、その台本を『奇跡』という奇っ怪で不確かな名で呼ぶのです!!あれだけ鮮明で確定している事象に対してなんたる冒涜……私にはそれが堪らなく辛いのですよ」


「私の……あの方達への忠義は……本心です……!!私が出会い、学び、そこから得た心です!!それが初めから決まっていたなど……あり得る訳がありません!!」


 カルムが思わず怒りを露わにしながら潰れそうな喉で怒鳴る。

 すると話を遮られたヒューリーは先程よりも鋭い目つきでカルムを睨みつけ、腕で彼女の体を握り潰す程の圧力で掴んだ。


「ぐっ――!!」


「それですよ……。貴女達はそうやって、決められた道の上をわざと外れようとする。何故ですか?決められた道を、決められた台本通りに嘘をついて生きていけば素晴らしい人生が待っているのですよ。それなのに何故従わない。何故台本通りだと受け入れない。何故必然を偶然と言い伏せる。――私にはそれが到底理解できない!!!!」


 腕で抑えつけているカルムの耳へ大声で叫ぶ。目を思い切り瞑ってその圧に耐えていたカルムの頭に、激しい痛みを同時にキーンと音が響く。そして耳の穴の中から生暖かいドロっとした液体が漏れ出したのを感じた。


 カルムの耳から口を離したヒューリーは「ふふ、まぁ、いいでしょう」と言ってから再び楽しげに語り始めた。


「何もかもが見え透いている。貴女は忠実な女を演じる事で自分の価値を確かめたいだけ!誠実な者であろうとする事で己の存在を正当化したいだけ!誰かの為に生きる事で、己の生を正しいものにしたいだけなのです!」


 彼の声は跳ねるように調子を変え、時に囁き、時に叫び、狂ったように笑い続ける。


「哀れ、哀れ、哀れですねぇ!私を貶していたのにそんなに演じるのが楽しいのですか?そんなに役割に縛られて、それで貴女は本当に生きていると言えるのですか?いいや、違う!貴女はただ役割をなぞる事に満足しているだけ!それは生ではない!死と同じただの虚無だ!!」


 ヒューリーは顔を覆い、肩を震わせた。笑っているのか、泣いているのか、それは誰にもわからなかった。


「ただ―――私にはそれが堪らない……」


 手で自身の顔の皮を頬の方へと引っ張りながらヒューリーは小さく囁くように呟く。

 笑ってもおらず泣いてもいない。ただ喜びを表現している事だけは確かで、その目は狂気に染まっている。


「嘘の忠義を貫き通し、貴女の主もそれを承認しながら嘘の主を演じている!!本心でない忠誠を誓っている貴女の心中!!想像するだけで頭がどうにかなりそうですよ!!そして仮に本心だと思い込んでいた主が貴女の忠誠は嘘だと知った時、一体どんな反応をするのでしょうか!!人並み以上の忠誠心を持っている貴女だからこそ!!私の心はここまで踊っているのです!!」


 ヒューリーは巨大な腕で握っているカルムの拘束を解いた。急激に緩んだ事でカルムの肺に一気に空気が入り込み、彼女は咳き込んで膝をつく。

 そんなカルムの耳元に、再びヒューリーの大きな口が近づく。


「貴女が死んだと知ったら……メイさんはどんな態度をなさるのでしょうかねぇ……」


 またしても小声で囁くように呟く。カルムは目を大きく見開いた後にキッと顔を向けて睨みつけるが、ヒューリーは逃げない。

 殺せるものなら殺してみろ、と言わんばかりの余裕な表情でカルムを見ているだけだった。


「今回のお仕事では死者は出してはならないと言われていたのですが……こんな状況です。今更殺しても外部の私にクレームが入る事は無いでしょう。……まぁ、契約違反が私利私欲の為とバレれば、私は消されてしまうかもしれませんが……ここで貴女を生きて返しても正体を知られてしまった以上、どのみち魔人会さんに消される事になります。ですので、悪く思わないで下さいね。これも、台本通り、なのですから」


 ヒューリーは腕を数十本、いや100本以上を束ねたものを2つ生成した。

 それは合計200本の腕からなる巨大で強固な拳だった。ヒューリーの拳の延長線上となるかのように連動してそれは動いている。


 空を殴る度に押し出された風が凄まじい威力を持って木を抉り取る。

 瞬間的に繰り出された拳が生み出した風はまさに衝撃波。ただ腕を生やすだけのスキルをここまで昇華させたヒューリーの嘘への執念は悍ましさすら感じさせる。


 素振りをしてカルムを吹き飛ばす用意をしているヒューリーの横で、カルムは再び刀を杖のようについて立ち上がる。死を目の前にして臆したのか、はたまた思う所があったのか、下を向いて俯いたままだ。

 そして――


「……メイ様は……食事を作れません……」


 カルムが小さな声でよろめきながらそう呟く。

 何の話をしているのかさっぱりなヒューリーは間の抜けた顔をしていた。


「は?」


「片付けも……掃除も……お手洗いの鍵や家の鍵を閉めるのだって……最低限のマナーさえも出来ません……。あの人は、1人じゃ何も出来ないのです……」


 次々とメイの自堕落な性格と非常識さが垣間見える発言をする。


「はぁ、だったら、なんなのですか?」


「私は今まで……私が死んではいけない理由を考え続けていました……。私が死んでしまったら、何も出来ないメイ様はどうなるのか……と」


 杖のようにして使っていた赤刀・ダムネスを本来の用途で使う為、震える体で何とか立ちながら構えを取る。

 それを見るヒューリーの顔は称賛を通り越して軽蔑の表情だった。

 だがカルムは言葉を紡ぎ続ける。今まで抱えていた思いを一気に爆発させるように。


「しかし、それは甘えでした。……私の弱さと未熟さが生み出した甘い幻想……。口では死ぬ覚悟など出来ていると言っていた私ですが、その幻想に酔って、死を拒絶する事を正当化してきました……」


 そしてようやくヒューリーの顔を見つめる。呆気にとられている彼の表情と自分の愚かさから笑みをこぼす。


「……貴方に言われて気が付きました。死ぬ勇気も無いのに忠義など片腹痛いですね。貴方の言ったとおりです。覚悟が出来ているという嘘の忠義を、メイ様に誓っていました」


彼女の声は驚くほど静かだった。まるで波一つない水面のように、揺らぎも乱れもない。それが、どこまでも深い決意から来るものだと、ヒューリーはすぐに悟った。


 彼女の握る刀の刃に僅かに映るのは、先程までの自分――迷い、戸惑い、恐れに縛られていた哀れな姿。しかし、それを見つめる彼女の瞳には、もはや迷いの影すらなかった。


「……しかし、今は違います。覚悟してください。私に先程のような隙はありません」


 一歩、踏み出す。

 土の床に敷かれた血の痕を踏み越え、森林の冷たい空気を切り裂く。かつて痛みに竦んでいた足は、もう止まらない。


「……ここからは、死ぬ気です」


 空気が裂ける。風を切る音が耳を劈いた。

 ヒューリーの体から生まれた二本の腕が、異形の蛇のようにうねりながら襲いかかる。関節の有無すら曖昧なそれは、軌道を読ませる気など欠片もなく、暴風のごとき勢いでカルムに迫った。


 カルムは即座に体を捻る。頬をかすめた腕が空を切り、その風圧だけで髪が乱れる。後方へ跳び、間髪入れずに横へ転がる。着地と同時にもう一撃が地面を穿った。


 ヒューリーの腕はまるで独立した意志を持つかのように動き、間断なくカルムを狙い続ける。一本が振り下ろされた瞬間、もう一本が横から薙ぐ。避けた先に追撃が飛ぶ。逃げ場を塞ぐような動きに、完全に狩るつもりだという意志が滲んでいた。


 だが、カルムは止まらない。


 前に出る。攻撃を交わしながら、わずかに距離を詰める。ヒューリーとの間合いは絶望的に遠い。だが、近づかなければ何もできない。攻撃手段の無い自分が唯一できるのは、躱し続けながら間合いを詰めることだけ。


 腕が地面を叩き、瓦礫が跳ねる。破片が肌を裂く。カルムはその痛みすら意識の外に追いやった。


 頭上からの一撃を紙一重で避ける。地面に叩きつけられた腕が土煙を上げた。視界が一瞬だけ曇る。その瞬間、カルムは最速の踏み込みで駆けた。


 ヒューリーの腕が反応する。もう一本が即座に動き、振り払うように横から迫る。

 カルムは寸前で踏み込みを止め、後ろへ飛んだ。

 空を切った腕が横に振り抜かれ、地面を抉る。


 その隙を逃さない。カルムは今度こそ一歩踏み込む。

 ヒューリーの腕が動く。

 カルムはしゃがみ込み、下を潜るように回避する。

 しかし、次の瞬間にはもう一本の腕が振り下ろされていた。


 今度は避けきれない。

 カルムは躊躇なく腕を上げる。

 腕ごと叩き伏せられる衝撃。骨が軋む音がする。


 だが、それでも足は止まらなかった。

 衝撃に合わせるように後方へ跳ぶ。衝撃を逃がし、即座に姿勢を立て直す。

 息を吸う暇もなく、次の攻撃が襲いかかる。


 カルムは低く身を屈め、ギリギリで避けながら更に前へ進む。

 ヒューリーは笑っているのかもしれない。いや、確実に愉悦に浸っているはずだ。執拗なまでにカルムを弄ぶような動き。その動きすら、彼にとってはただの戯れなのかもしれない。


 だが、カルムは応じない。

 応じるつもりもない。

 攻撃をいなす。躱す。削られた体力など知ったことか。終わらせるためには、ヒューリーの懐に入るしかない。


 すると、ヒューリーの口元からふっと笑みが消えた。

 最初は戯れのように、余裕を持っていたはずだった。遊び半分で、余興のつもりで、カルムを弄んでいた。


 だが、カルムは決して崩れなかった。

 どれだけ攻撃を繰り出しても、避け続ける。猛攻を浴びせても、なおも進んでくる。

 ヒューリーの手元が、僅かに乱れる。


――何だ、この感覚は。


 ほんの一瞬だけ、彼の表情に焦りが滲む。

 カルムは、止まらない。

 その姿が、ヒューリーの視界を満たしていった。それと同時に彼女の目を見たヒューリーは驚愕する。


なんだ……!!あの赤い瞳は……!!先程まで濃い緑色だったと言うのに……!!


 灼熱の業火を体現したかのような真紅の瞳は宝石のように輝き、目の前の道化を一心不乱に捉えていた。

 まるで獲物を狙いすました獣のように、本能のままに全てを食らい尽くさんとしているように見えた。


 そして到頭、カルムの赤き刃が届く範囲にまでヒューリーと接近する事が出来た。

 相変わらず見開かれたカルムの赤い目に睨まれ、ヒューリーは初めて演技ではない恐怖を抱いた。 

 しかし――


「無駄だ!!鞘の無いお前が、私の腕の防御を破れる訳が無い!!」


 反撃の隙を突かれて本体を斬られる事を警戒したヒューリーは、腕を体の上に乗せる事で200本分の腕の強度を持つ鉄壁の防御を完成させた。


 対するカルムは右手に持った赤刀・ダムネスを左側へと移動させて振りかぶる動作をした。しかしそのまま振った所で弾かれるだけだった。少なくとも、ヒューリーはそう考えていた。

 ……この場でそう考えていたのは、ヒューリーだけだった。


 突如として血飛沫が2人の間を舞う。

 しかしヒューリーがカルムの攻撃を受けた事で出血した訳では無かった。

 むしろ、ダメージを負ったのはカルムの方だった。


「なっ……!!」


 目の前で行われた行動にヒューリーは思わず目を見開いて驚愕する。


「こいつ……!!自分の腕を鞘の代わりに……!!!」


 ヒューリーの声が震えた。

 信じられないものを見た時、人はこんなにも言葉を失うのかと、自分でも驚く程だった。

 カルムの腕。左の拳を固く握りしめたその中に、深々と赤い刀身が埋まっている。肘のあたりから貫通した長い刃は、滴る血をまといながら、不気味な光を放っていた。


 異様な光景だった。

 何かの冗談かと思った。

 だが、そうではない。カルムは、明らかに意図してこれをやったのだ。自分の腕を鞘にするなど、正気の沙汰ではない。


 だが、正気ではないのはどちらなのか。

 腕を裂かれながらも一切の迷いを見せず、ただ静かに佇むカルムの姿は、ヒューリーの想像を超えていた。


「……魔力が直接流れている体の方が、抜刀時の威力も、当然桁違いに上昇しますよね……」


 淡々と告げられた言葉

 ヒューリーの背筋を、冷たいものが走った。


 息を飲む。

 カルムの目は、静かで、冷たい。


 恐怖――。

 それがヒューリーを蝕む。

 全身を包み込む、圧倒的な不快感。


 カルムが動く。


 ――やばい。


 直感が叫んでいた。

 圧倒的な防御力を誇る自身の腕達を差し置いて、ヒューリーはただ逃げる事だけを考えていた。

 しかし体は決して動かない。空中で身動きが取れずに迫りくる恐怖を受け入れるしかなかった。


 カルムの左腕から、刃が放たれる。

 

「『断魂流居合――』」


 血塗られた刃がヒューリーの腕を直撃する。

 100にまで重なった腕が抵抗すら許されずに安々と斬り捨てられ、ヒューリーの球体のような体から血と臓物を吹き上げさせる。


「『――血染め鞘・宿業』」


 飛び散った血が、床を赤く染める。

 ヒューリーの肉塊が震え、残された腕が虚空を掴むように痙攣する。


「何故……腕を鞘にするなど……正気では無い、事を……」


 破れた皮膚の隙間から、赤黒い内臓がずるりと零れ落ちた。鉄臭い血の香りが充満し、湿った温もりが空間を支配する。


 ヒューリーの瞳が揺らぐ。

 怒りか、驚きか、それとも死への恐怖か。

 だが、それを確かめる間もなく、彼の体は崩れ落ちる。

 どさり、と肉塊が地を打つ鈍い音。


「周りにあるものは何でも使え……私が心から命を懸けて敬愛する主の教え。ただそれだけです」


 カルムの一言でヒューリーの体は完全に崩れ去り、微かな余韻を残しつつ、戦場となっていたザストルク周辺の森林には沈黙が訪れた。



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