第一章 10話『『元』究極メイド、一狩り行く』
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またしても時は正午過ぎ。
手提げのカバンと腰に巻いた革製のベルトに必要なものを詰め込み、街の城門の外へと出た。
外は快晴、気分は上々。
風はそよそよ、雲はのんびり。
青空広がる下、足取りは自然と弾みそうだ。
見渡す限りの緑……は無く、小鳥のさえずりがリズムを添え……てはいない。
しかしながら街の喧騒から離れた世界が目の前には広がっている。
「よし、気合入れましょう」
気合を入れるために初心へ帰って常に敬語を心がける。
やはりメイドの時にやっていた事の方がしっくり来るし、よく馴染む。
街の人に接する時も敬語なのだから、一人の時も敬語を使おう。
背筋を伸ばしてから前を見る。
目指すは未知の素材との出会い。
地図にはない道だって、心がワクワクする方へ進めば、それでいい――柄にもなくそんな気分だった。
ずっと同じ場所にとどまり続けていた反動は、悪い方面ばかりではなかった。
外への好奇心、無知の打破、満たされていく知識欲。
そんなものがこの大陸に来てからは増えてきた。
そう考えれば、あんな可愛い子が来たらすぐ取っ替え引っ替えする領主の所で飼い殺しにされるより、こちらのほうが数倍はマシだ。
「さて、行きますか」
アミナはその第一歩を踏み出し、 街を後にした。
―――
アミナは地図を広げて現在地点を確認しながら進んだ。
現在、アミナは街から東に数時間のところにある草原に来ていた。
その草原は第四大陸にいた時の平和な景色を思い出させるような青々とした草木が生い茂り、懐かしい気持ちを思い出させる。
「あんなに砂漠みたいな荒野を歩かされたのに、街から東に行けばこんなにも爽やかな景色が広がっているなんて、ちょっと損した気分です」
アミナは愚痴をこぼしながら再度地図を確認する。
地図を買った時に気がついたことなのだが、この大陸では紙がとても貴重で高価な物らしい。
それにプラスでアミナの予想通り、本の制作技術が確立されておらず、人手も技術も素材も足りていない状況だそうだ。
土鍋を直してあげた少女がアミナが紙を出したこと驚いたのは、木材から貴重な紙が作られるところを見たからだろう。
幸いにもこの地図は、大きな紙を使用しているが一枚しか使っていないので銀貨4枚で買い取れた。
決して安い買い物ではなかったが、それを買ったのは何も無い荒野だと思い込んでいた私だ。
誰も攻めないであげて欲しい。
「……はっ!もしかして、紙を作ってるだけで大儲けが出来たんじゃないでしょうか……」
アミナは今更、その事実に気がついた。
街に普通に木が生えていることを加味すると、別に木材そのものに困っているわけではない。
やはり紙に変える工程での技術的な問題があるのだろう。
しかしその考えは、この土地の弱みに付け込んでいる感じがして、あまり乗り気にはなれなかった。
誰かに迷惑をかけることはなるべくしたくない。
サルバンやリュウの事を考えると、この世で最も悪な事は『誰かに迷惑をかける事』だと心底思わせられる。
自己の利益の為に必要のない異分子はすぐさま取り払い、理不尽を他人に押し付けることで、自身は理不尽を被らないようにする。
一見合理的なそれは、被害を受ける側としては溜まったものではない。
彼女と同じ立場だった私は、その被害の痛みを知る者として、卑怯な真似だけはしてはいけない。
「……まぁ、この土地の領主や国王がサルバン同様のクズでゲスで最低の人間ならば、紙を大量に生産して経済を狂わせても良いかもしれませんね」
アミナは洒落にならないジョークを言いながら歩みを進める。
確かに需要もあり、街の人の為にもなる。
だがこの言い訳は、他者からの意見を聞かずに一人で納得する為に自分を正当化しているようでならない。
よって、街の人に直接意見を聞いてから実行に移そう。
やるとなったら木材を大量に手に入れるルートの確保やらで忙しくなりそうな為、今やるとしても少しだけ作るといった感じになるだろう。
「……ん?これは……」
そう今後の事について考えてながら歩いていると、道端に見慣れない草が生えているのが気になった。
それは全く見たことがないという訳ではなく、実際に見たり触れたりする機会が少なかった物だ。
「『リヴァルハーブ』でしたっけ。確か回復薬の原材料の………」
そう言って一つ、地面から引き抜いた。
一応、第四大陸にも冒険者ギルドはあったのだが、いかんせん危険な冒険や闘いには無縁の土地で無縁の仕事をしていた。
その為、回復薬の存在もあまり詳しくは知らなかった。
魔物も少なく、基本的に平和な第四大陸では冒険者や酷い怪我を負った人にしか使わない回復薬は流行らなかった。
「流石に回復薬の調合は出来るかどうか分かりませんね……。帰ったら試しに作って売ってみましょう」
確かスターターでそろそろ、フリーの市場のようなものが開かれるハズだ。
誰でも出品出来て、その利益はそのまま自分のところへ入ってくる。
お店の開店には程遠いが、そこで出品してみれば雰囲気くらいは掴めるだろう。
新しい物に心を踊らせながら、アミナはハーブを摘んでいく。
鞄の中に入っている袋の中に一頻り入れ終わると、立ち上がって森の中へと進んでいく。
その森の名は『クヌフ森林』。
資源が豊富な森だと街の中で聞いた。
今日はこの森林の中にある様々な資源が目的だ。
「森は方向感覚が分からなくなるとよく言いますよね。目印を付けながら進みましょうか」
アミナはそう言って地面の土をある程度掬い、掌で包みこんでスキルを発動させた。
そして出来上がったのは小さな土の人形だった。
「これを曲がる時や一定の距離歩いたら置きましょう。そうすれば来た道を見失わないハズです」
自信満々にそう言ったアミナは、近くに静かに佇んでいる岩の上にその土人形を置き、道を歩き始めた。
後方の確認はせず、そのまま真っすぐ進んだ。
彼女が通り過ぎた後にその土人形を脚で潰した影に気が付くこともなく―――
―――
その後もアミナは見慣れない様々な素材を集めて回った。
食料になりそうな木の実や野草、キノコ等は勿論、スキルを使って何かしらに変化できそうな素材も大量に集まった。
街を出た時には小指でも持ち上げられそうな軽さだった鞄が、今は両手を使わないと長距離の移動ができないほどに重くなっていた。
「いくら水とかも入っているとは言え……流石に重過ぎます……」
別に走れなくもないし、片手で持てない訳でもない。
ただ両手のほうが持ちやすい為両手でそれを持って歩く。
気になる素材があれば逐一鞄を降ろしてそれを拾い、収納する。
鞄がパンパンになってもそれを繰り返しているため、ベルトにも色々なものが詰められていた。
「これ以上は持ち運べませんし、野宿をしたら帰りましょう」
アミナは上を見上げた。
まだ空は明るかったが、木々の隙間から見える太陽はそこそこ傾いている。
今から街に帰っては暗い夜の中、荒野を歩かなければならなくなるため、暫くの間森で暇を潰す必要がありそうだ。
「地図では川が森の中を通ってますね。そこに行ってみるとしましょう」
地図を広げて森の中を川が突き抜けているのを確認すると、アミナは地図を仕舞って川を探し始めた。
先程の影は段々とアミナへ近づいてくる。
ジリジリとにじり寄るその姿はまるで、狩りをするハンターのようだった―――
―――
アミナは無事、川を見つけることに成功した。
というのも、川の周辺は土ではなく石で形成されていたため、一部木が剥げていて良い目印になった。
川辺で布を長生きの先端から垂らして地面に固定し、簡易的な風除けを作った。
その後は森から木片を集めてきて、石の上に形良く並べた。
「よし、焚き火の準備もこれでいいですね。まだつけるには早いですが」
魔物が来る危険性も考えられるが、暗い方が危なく感じた為、結局は火を起こすことにした。
「さて、戦利品の確認でもしましょうかね」
そう言って横においてある鞄に手を伸ばした瞬間、何か巨大な影が離れた草むらから鞄目掛けて飛び出してきた。
そしてそれは刹那だった。
ほとんど音もなく、しかも一瞬でアミナの鞄を持ち去った。
「……へ?」
アミナはその影が言った方へ目を向ける。
するとそこにいたのは、アミナの鞄を口で咥えている巨大な猫型の獣だった。
「魔物……ですか」
アミナは立ち上がってその魔物の方へと歩いて接近した。
魔物はと言うと、歩み寄ってくるアミナに警戒し、体の毛を逆立たせている。
「言葉の意味が分かるのならば私の言う通りにしてほしいのですが……私の鞄、返していただけませんか?」
手を差し出して、鞄を返す事を催促した。
しかし魔物は、アミナが手を差し伸べた瞬間に鞄を自分が立っている岩の後ろに放り投げ、アミナから更に鞄を遠ざけた。
「私の言葉が理解できないのか、聞いた上でのその行為なのか……どちらにせよ、貴方を倒さなくてはならないようですね」
アミナは腰に刺してある初めてスキルを使った時の短剣を取り出した。
手入れの方法など知らない為今まで何もしてこなかったが、魔物を倒したり、肉を切ったり等と、雑に扱っている割には刃こぼれしていなかった。
短剣を取り出したアミナに対して、魔物は既に戦闘態勢に入っていた。
川辺の空気が緊張に包まれる。
巨大な猫型の魔物が唸り声を上げ、鋭い瞳でアミナを睨みつけている。
筋肉質な体躯に光を反射する毛並み、牙と爪はどれも一撃で致命傷を与えそうな迫力だ。
「改めてみると大きいですね……ですが、鞄は返してもらいますよ」
アミナは短剣を構え、冷静に体勢を低くした。
魔物は一声吠えると、地を蹴って彼女に飛びかかる。
その速さに思わず目を見張りながらも、アミナは一瞬で動きを読み取り、軽やかに横へ飛び退いた。
「そこそこ手強いですね。ではこれでどうでしょう……!」
足元に転がる石に目を留めたアミナはそれを拾い上げ、スキルを発動。
石の表面が崩れ始め、細かな砂の粒へと変化していく。
それを掌に握りしめ、間合いを詰めようとする魔物の顔に向けて振り払った。
「見えなければどんな攻撃でも速い……なんてね」
砂が目に入った魔物は咆哮を上げながら前足で顔をこすり、動きを鈍らせる。
その隙にアミナは岩場を駆け抜けて距離を取り、周囲を素早く観察した。
「さて、この辺りは素材が豊富ですね。少し、失礼しますよ」
転がる小石の中から適度な大きさのものをいくつか手に取り、スキルを発動。
石の表面を鋭く尖らせると、それを手元に揃えて構えた。
魔物が砂を振り払って再び向き直るのを待つ。
「これで少しは大人しくしていただけますかね」
魔物が跳びかかる瞬間、アミナは鋭く尖らせた石を投げつけた。
石は魔物の足元や体に命中し、そのたびに小さな傷を作る。
動きは鈍らないものの、着実に魔物の動きを牽制していた。
しかしそれでも魔物は怯まず、さらに牙を剥き出しにして迫ってくる。
アミナは短剣を構えたまま岩場を軽やかに駆け抜け、追いかけてくる魔物との距離を計算しながら、次の動きを探った。
「足元が不安定ですね。なら、こちらが先手を取らせていただきます――!!」
魔物が爪を振り下ろしてきた瞬間、アミナはすぐに身を屈めて回避。
そのまま体をひねり、魔物の横腹を短剣の背で軽く叩いた。
「どうでしょう。私も中々に速いと思うのですが」
挑発的な声色ではあったが、その表情には冷静さが漂っている。
魔物が再び咆哮を上げ、さらに激しい動きで攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃を躱しつつ、アミナは足元の石を再び拾い上げた。
石を砂状に砕いて、森の中の土を一握り取る。
そして最後に川の中に手を突っ込み、水と混ぜ合わせる。
そうして即席の泥を作り上げた。
魔物の目の前にそれを振り払うと、泥が飛び散り、視界を奪われた魔物は思わず足を止めた。
「少し落ち着いていただきますよ」
魔物が体勢を崩したのを確認し、アミナは川辺の岩を利用して一気に跳び上がる。
空中で短剣を構えた彼女は、魔物の頭上に迫る影となる。
「これで――終わりです」
短剣の背で魔物の額を正確に叩き、最後の衝撃で魔物の意識を奪った。
倒れ込む巨体を確認しつつ、アミナは静かに息を整えた。
「ふう、少し強引でしたが、何とかなりましたね。これ以上暴れるのはご遠慮願います……。鞄さえ返していただければ、私は十分ですので」
たんこぶの出来た魔物の頭から飛び降りながら、アミナはそう言って、魔物が投げた鞄を取りに行ったのだった。
魔物はピクピクと動きながら、敗北を噛みしめる余裕もなく、気絶してしまった。
そして鞄を拾い終えたアミナは鞄についてしまった土を払いながら言った。
「一狩り、完了です――!!」
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