第24話「目覚めの地、交差する意志」
目を開いた瞬間、エイラは違和感を覚えた。
――空が、低い。
雲はある。だが、どこか重く、風の流れが鈍い。
胸いっぱいに吸い込んだ空気は、澄んでいるはずなのに、
かつて感じていた“空の呼吸”とはまるで違っていた。
「……ここ……」
声に出した瞬間、自分が地面に横たわっていることに気づく。
背中に感じるのは、硬い土と獣皮の感触。
風裂きの湖のほとりだった。
「気づいたか」
少し離れた場所から、聞き慣れた声がした。
エイラはゆっくりと首を動かす。
焚き火のそばに立っていたのは、ライアスだった。
「……あ」
それだけで、状況の輪郭が一気につながる。
王都。
崩壊。
落下。
そして――助けられた記憶。
「……助けて、くれたんだね」
掠れた声だったが、確かに言葉になっていた。
ライアスは肩をすくめる。
「知ってる顔だったからな。
それに、放っとける状況じゃなかった」
余計な感情を挟まない、いつもの調子。
それが、妙にありがたかった。
エイラは上体を起こそうとして、思わず息を詰めた。
「っ……」
背中の翼が、言うことをきかない。
羽根の根元に、鈍い痛みが残っていた。
「無理すんな」
ライアスがすぐに言う。
「翼、まだ完全じゃない。
再生してるが……時間がいる」
エイラは視線を落とし、自分の翼を見る。
焦げ跡の奥で、淡い白光が脈打つように揺れていた。
「……地上、なんだ」
ぽつりと呟く。
「うん」
「空じゃ、ない」
「そうだな」
短いやり取り。
だが、その間に横たわる現実は重かった。
しばらくして、エイラは意を決したように口を開く。
「……王都は?」
ライアスの表情が、一瞬だけ硬くなる。
「崩れた」
それだけだった。
だが、その一言に含まれるものを、エイラは理解してしまう。
「……私が……」
「違う」
即座に、ライアスが遮った。
「お前一人のせいじゃない。
少なくとも、俺はそう思ってる」
焚き火の火が、小さく爆ぜる。
エイラは拳を握りしめた。
「でも……行かなきゃいけない。
止めないと……このままじゃ……」
「行く?」
ライアスの声が、少しだけ低くなる。
「この状態でか?」
エイラは顔を上げた。
「行く。
逃げたら……意味がない」
「意味、ね」
ライアスは一歩近づき、真っ直ぐに彼女を見る。
「世界の意味より先に、命だろ。
死んだら、何も止められない」
その言葉に、エイラは言葉を失う。
(正しい……)
だが、それでも。
「……生きるために、行くんだよ」
エイラは、静かに言った。
「私がここに来たのは……
見ないふりをするためじゃない」
二人の視線が、ぶつかる。
価値観が違う。
どちらも間違っていない。
だからこそ、簡単に折れなかった。
しばらくの沈黙のあと、ライアスは息を吐いた。
「……今は結論を出す時じゃないな」
エイラは、驚いたように目を瞬かせる。
「ここは安全じゃない。
見られてる気配もある」
「……うん」
「だから移動する。
中立都市がある。多種族が集まる場所だ」
ライアスは続ける。
「そこでなら、
お前の力が何を引き起こしてるのか……
もう少し見える」
エイラは少し考え、そして頷いた。
「……今は、一緒に行く」
その言葉に、ライアスは小さく笑った。
「“今は”な」
二人は、それ以上言葉を重ねなかった。
それで十分だった。
出発の準備が整う。
エイラは地上を歩く。
翼は畳み、風を頼らず、一歩ずつ。
足裏から伝わる感触は、重く、確かだった。
(地上って…この感じ…忘れてた……)
王都から眺めていた世界。
ほんの少しの時間離れていただけなのに。
その隣を、ライアスが歩いている。
守る者でも、従う者でもない。
ただ、今は同じ方向を向く者として。
風が、二人の間を通り抜ける。
空の巫女は、まだ空へ帰れない。
だが――
地上は、彼女に新しい選択肢を示し始めていた。




